第100話:ただ平和を願う

「お母さん! 賢治は何処に行ったの?」


 奇麗に整理された賢治の部屋から、慌てる様に出てきた乙女は母親に賢治の所在を聞く。


「賢治なら、健康診断受けるまで父親の所に行くて、今朝はよお出たで。先に別れの挨拶しときたかったんじゃろう」

「そんな……」


 膝から崩れ落ちると、両手をついて項垂れる乙女。

(私……)

 任務を失敗した焦りもあったが、それ以上にもう二度と賢治に会えない事が彼女の心を締め付けるのだった。




「特に何か変わった事はありませんね」

「あ……」

「まぁ我々は歴史の上に居座ってる存在ですから。問題はその他の人々や国がどう変わったかなんです。最悪、エルフの森に戻った直後、射殺されるかもしれませんよ」


 楽観的なゼウスに釘を刺すクラレンス。不安そうな顔のステファニーが何かを言いたそうだったが、一行はもしもの為に武器を手にすると転移の魔法陣へと乗った。


「え?」

「ふぁっ?」

「なに」

「これは」


 一行が転移した先はお約束の空の上だった。

 繋がっていた魔法陣が消えれば、それは一方通行の転移となり、出現先に正確性は無くなる。しかし、すっかり慣れてしまっていたラウラがシールドを出すと全員無事にエルフの森へと着地した。


「お、帰って来たか。ご苦労だったな」


 無事帰ってきた一行に、労いの言葉をかけるフルメヴァーラを見て、ステファニーは安堵の吐息を漏らす。


「ほーら、お母さんが返ってきたぞー」


 抱えていたハルカをステファニーへ託すと、フルメヴァーラは森に起こった変化を皆に伝えた。

 朝起きた時には、既に変化は起こっていたらしい。住人はユハを始め元ダークエルフ排斥派が生存しており、驚くべき事にダークエルフもその中で共存しているのだ。

 そして何故かフルメヴァーラの事を皆知っており、温かく迎え入れてくれた上に、寝ていた住居をそのまま提供してくれた。

 現在認識しているのはそこまでで、それ以上は更なる情報収集が必要との事だった。

 ゼウス達は、取り合えず迷宮をラウラの家にする為、エルフ達と交渉を行おうとしたのだが、それもあっさりと了承されるのだった。


「実はね、私、聖王じゃなくなったの」

「え、そうなの?」


 その日の夜、迷宮の整理を済ませたゼウスとステファニーは森で話をしていた。


「朝、ガロイア様が『この世界の聖王は別の人みたい。ごめんねぇ~でも心配しないでぇ~』って言ってね」

「じゃあ誰が聖王になったんだろ」

「分からない、けど私たちの事、色々便宜を図ってくれているのを邪魔しない所を見ると、良い人なんじゃないかな」

「そうだと良いね。と言うか、クラレンス先生が何も言わないって事は、予定通りに進んでるんだろうし、これでやっとのんびり生きていけるんじゃないかな」

「そうね、これからはハルカちゃんの為にも働いてもらわないとね」

「あー……魔王退治の報奨金、この世界には残ってないかな……」


 落ち着いたらサンストームを探索しようとゼウスは決意するのだった。




 翌日、エステルを残して来ていたフェリクスは様子を見る為早々にエルフの森を立つと、カルベナに帰り衝撃の光景を目にしていた。


「お湯をもっと沸かして!」

「タオルももっと!」

「もうすぐ生まれるわよ!」


 自分の家で大勢の女性が叫びながら右往左往しているのである。

(これって……)


「旦那はまだ帰らないの?」

「は、はいっ! こここ、ここにいます!」


 入り口の扉を開け突っ立っていたフェリクスは、思わず返事をする。

 あと一日遅かったら、父の威厳丸潰れ……というか、エステルに何と言われたか。フェリクスは戦々恐々としながら部屋へと連れて行かれた。


「フェリ……クス?」


 部屋の扉を開けると、そこには生まれたばかりの子と共にベッドに横になっているエステルが居た。

 エステルに記憶が残っていた事、無事に子供が生まれた事、諸々の感情が込み上げて来てフェリクスは思わずエステルを抱きしめる。


「良かった。有難う」

「この子にも挨拶をしてあげてくださいな」


 エステルに促され、ひとしきり泣き終わって眠りにつき始めていた子供を愛おしそうに見つめると、フェリクスはそっと声をかけようとして言葉に詰まる。


「……」

「カナタよ」

「男の子か」


 候補に挙がっていた名前のうち、男の子だったらと決めていた名前をエステルが教えてくれる。


「カナタ、よく生まれて来てくれた。有難う」


 フェリクスは本当は男の子であれば『たろう』にしたかったのだが、エステルは断固拒否。ゼウス達との繋がりを意識してハルカに対しカナタと名付けたのであった。


「ところで……」


 エステルに事情を聴いたフェリクスは、世界の変化について考えを巡らせていた。

 カルベナにおいても、エルフの森同様フェリクス達の名前は皆が知っており、変化前同様、同じ家に住まわせてもらっている。問題は何故皆が彼らを知っており友好的なのか、だ。

 しかし、その原因は翌日にはあっさりと種明かしされるのであった。




「フェリクスさん、聖王様が赤ちゃんの祝福に参られました」

「聖王?」


 エステルの横で仮眠していたフェリクスは、扉の外から聞こえる声に寝起きのぼやけた思考のままドアを開けると、眠気が一瞬で吹き飛んだ。


「おまっ!」


 そこには、転移したはずのコルネリウスが立っていたのである。


「初めまして、あなたがフェリクス殿ですか。お噂はかねがね妻から伺っております」

「え? あ、はぁ……って、妻?」


 事態が呑み込めないままフェリクスが困惑しているところへ、コルネリウスの後ろから女性が姿を現す。


「お久しぶりです、フェリクスさん。お元気そうでなにより。といっても、あなた達からすれば数日ぶりですね」


 旧知の仲なのか、女性は温和な表情で話しかけてきたのだが、当のフェリクスは目の前の女性に見覚えは無い。

 コルネリウスよりは少し若い様だが、元は奇麗な黒髪だったであろう頭髪には白いものが混じり、肌には年輪を感じさせるしわが刻まれている。フェリクスは失礼とは思いながらニコニコと微笑んでいる女性をじーっと見詰め記憶をたどっていくのだが、どうにも一致する顔がなかった。ないのだが、何故か心に引っかかるものはあった。

 その引っかかるものを確認する為、フェリクスは恐る恐るその名を口にする。


「わ……、ワルキューレ……さん?」

「今は乙女おとめと言う名前ですけどね」


 かつてワルキューレと呼ばれた女性は、満面の笑みを湛えたまま頷いた。

  

                                     完

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異世界勇者が、主人公になれるとは限らない世界。 萩原あるく @astyRS

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