第98話:帰還
「コルネリウスを……二度とこの世界へ?」
クラレンスが何を言っているのか分からなかったゼウスは、言葉を反芻する様に口にする。
「そうです。彼を倒す手段がないので、最善の策として『彼が来なかった』事にするのです」
「倒す手段がない? 来なかった事にする?」
増々混乱してあわあわするゼウスの横で、ステファニーは疑問に思った事を問いかけた。
「手段が無いと言う事は、先生はもう何度か試されたんですか?」
「ええ。私を含めゼウスさんやフェリクスさん達、それにステファニーさんでさえも、それこそ数えきれない程奴に挑みましたが、ついに倒す事は出来ませんでした」
「え、俺も? それってもしかして――」
自分の記憶にない自分の話をされた時、ゼウスはある可能性に思い当たった。
「――先生、タイムリーパー?」
「そういう事になりますね」
タイムリーパー、時の流れを肉体ごと移動する者もいれば、精神だけ移動する者もいる時間跳躍者。圧倒的な知識量に先読みなど、今までのクラレンスの行動がタイムリープによるものだと言うならば、全て説明はつく。
「でも何でそんな事が出来るんですか?」
「私は時を司る神『クロノウス』の代行者ですから」
「なるほどー……」
死んだ人間すら蘇生できる世界なのだから、今更と言えば今更である。
「もしかして、俺が死んだ世界もあるの?」
「ええ、勿論。ゼウスさんはおろか、皆さん死亡の最悪なバッドエンドもありましたよ」
「う、聞かなきゃ良かった……」
話を聞く内に徐々に現実味が湧いて来る。そして、今までのクラレンスの行動は今日今まさにこの瞬間の為にあったのだと分かると、全てを納得せざるを得なかった。
と言うか、彼のおかげで全員生きてこの時を生きているのだ。むしろ感謝である。
「それでコルネリウスがこの世界にいない間に、向こうの世界で倒すのか」
「そうです。彼には転生の原因となった戦死以外の原因で死んでもらいます」
「でも、どうやって向こうの世界へ?」
今しがた魔力を供給していた魔術師達は揃いも揃って魔力枯渇で気絶している。いかに代行者や勇者とは言え、たった三人では賄いきれる魔力ではなかった。
「それは、ほら、来ましたよ」
あれからちょうど三分、フェリクス達が入り口に姿を現す。
三人はクラレンスの正体に半信半疑の顔だったが、時間が無い今、詳しい説明をしている余裕は無かった。
「皆さんの魔力を合わせれば、十分賄えますので問題ありません。しいて問題があるとすれば、誰が行くかなんですが……」
「それは俺が――」
「私が行きます!」
ゼウスが手を上げるより早く、ワルキューレが前に出て来る。
「戻って来れる可能性は無いんだぞ」
「だから私が行くんですよ」
止めようとするゼウスの言葉に被せる様に言うと、更に理由の説明を始めた。
「皆さんには、家族や友人が沢山います。だから、帰って来ないと悲しむ人もたくさんいます。私は元々帰る予定でしたから、帰って来られなくても何の問題もありません」
「でも時代が違うだろ」
コルネリウスが戦死したのは第二次大戦中だ。ワルキューレが生きていた時代とは八十年程昔である。せっかく戻ったとしても、誰一人知り合いはいないのだ。
「だから良いんですよ」
俯き加減にぽつりと言い返すと、静かに話を続ける。
「正直、皆がいる元の世界に帰ってもどう接していいか分からないんです。それならいっその事、誰も私を知らない所でやり直したいんですよ。だから、お願いします」
「……本当に良いのか?」
ゼウスはワルキューレの両肩を叩くと、真剣な眼差しで見詰める。
「うん」
「分かった。じゃあ、この世界の平和はお前に任せる」
「え? あ、そそそ、そう言われると、何だか壮大な話ですね……急に緊張してきました」
もう一度肩を叩かれたワルキューレは、事態の壮大さにアワアワし始める。
「じゃあ、俺の家庭とフェリクスの家庭の平穏の為、あとラウラちゃんに良い男を見つける為に行ってくれ」
「えぇっ? 私関係ないですよぉ」
「急に所帯じみて来ましたね……何だか落ち着いてきました」
後ろの方でラウラが顔を真っ赤にして何か言っているが、聞こえないふりをしてゼウスは用意を進める。
次元トンネルの構築から補強はステファニーが、転移先の時代と座標設定はクラレンスが担当し、後は各々の魔力供給のタイミングを合わせる。
コルネリウスが転移してからまだ一時間と過ぎてはいないが、いつ変化が表れ始めるか不明なので、整い次第ぶっつけ本番で始める事になった。
「じゃあ、元気でね」
「東京と広島と長崎には行くんじゃないぞ」
「うちの子を見せる事が出来なくて残念です」
「もし、また来ることがあったら
各々に最後の言葉をかけられたワルキューレは、込み上げる涙をこらえ皆に感謝を伝えると、転移用の魔法陣へと歩き始める。
「準備は宜しいですか? では始めます」
魔法陣の中心に立つと、クラレンスが開始の合図を出す。ワルキューレは高鳴る鼓動を押さえる様に、胸の前で手を組み合わせ目を瞑る。
魔力の流れを感じ輝く魔法陣の光が瞼越しに見えると、体が浮いて来るのを感じた。
そして最後の光景を目に焼き付けようと再び目を開き、皆の顔を見た瞬間、押さえていた想いが涙と共に溢れ出す。
「みんな! 有難う!」
優しい顔で見送る皆に手を振るワルキューレは、その数瞬後に光の消滅と共に姿を消していた。
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