第84話:二つの命
「いやはや、悪魔の様なお方でしたな」
廃墟と化した城の中で、傷一つ負っていないコルネリウスは、呆れたような表情で辺りを見回しながら呟く。
「どうされますか? これから」
もはや動かなくなった扉を蹴倒して現れたクラレンスは、コルネリウスに今後の対応について尋ねた。
兵士達が右往左往する中で僅かな間思案すると、コルネリウスはクラレンスへと振り返り、口を開く。
「取り合えずは、エレンディアにでも行きましょうかねぇ」
「畏まりました。それでは、早速用意を始めます」
返事も早々に、クラレンスは踵を返して移動の用意を始めようとした。
「ああ、クラレンスさん」
しかし、その背中にコルネリウスが声をかける。
「な、なんでしょうか?」
一刻も早く立ち去りたいクラレンスは、首だけをギリギリと回し振り返る。
「ステファニーさんの件、移動しながらゆっくりとお伺いたしますよ」
「あ、はい」
城崩壊のどさくさに紛れて、有耶無耶にしたかったクラレンスの目論見は、まんまと失敗に終わった。
「皆、無事か?」
「おかげさまで何とか」
ゼウス一行を迎え入れたフルメヴァーラは、安堵の表情を浮かべる。
ワルキューレは、ステファニーの元へ駆け寄ると抱きついて再会を喜んだのだが、彼女の変化に気付いて不思議そうな声を上げた。
「あら? ステファニーさん、もしかして……」
「あ、ワルキューレちゃん気付いた?」
少し頬を染めながら、お腹を撫でるステファニー。
「やっぱり、数か月見ない間に太っ……おぶぁっ!」
「太ってませんっ!」
ゼウスに皆まで言わせぬよう、拳で黙らせるステファニー。
「え、って事は、もしかして?」
頬を撫でながら、ゼウスはステファニーの顔を覗き込む。
「はい、赤ちゃん……出来ました」
「マジか……」
はにかみながら囁くステファニーの横で、ゼウスは口を開けた状態で暫く固まっていたかと思うと、突然叫び始めた。
「やったー! おめでとう! ありがとう!」
ステファニーを抱え上げ、ぐるぐる回るゼウスに、周囲の皆が祝福の言葉を投げかける。
そんな中、輪から外れて控えめに祝福していたエステルに、フェリクスが近づいて行った。
「そんな所にいないで、こっちに来て祝ってあげてよ」
「でも、私は……記憶を失っていたとはいえ、皆様に大変な事を、何よりあなたに大怪我をさせてしまいました」
合わせる顔が無い、といった感じで項垂れるエステルを、フェリクスはそっと肩を支えこちらに顔を向かせる。
「僕は生きているし、君の記憶も戻った。それで良いじゃないか。それより問題なのは、思い出す記憶の無い君の家族の説得なんだけどね……」
「それは……」
神の加護で記憶を残している人々以外に、前の世界の記憶は残っていない。故に、また一からエステルの両親を説得する必要があったのだ。それを考えると、今までの戦いの方が単純明快で楽だったかもしれないとフェリクスは思った。
「何にせよ、過ぎた事は何を言っても変わらない。大事なのはこれからだし、これから先を君と生きていける事が僕には幸せなんだ。だから君も幸せを感じてくれるなら、笑顔でいて欲しい」
見合上げるエステルの頭を優しく撫でると、背中を押して輪の中へ連れて行く。
「めでたいついでに、フェリクスとエステルの結婚式もやるか!」
今度はフェリクスとエステルを取り囲み、ゼウス達は祝福の歓声を上げる。そして、そのまま二人は部屋の隅に並べられ、ガロイア神のシスターであるステファニーが進行を務め、略式ながら二人の結婚を祝った。
過酷だった戦いは過ぎ去り、しばし訪れた安息に一行は時を忘れてはしゃいだ。
それから一月程が過ぎた頃、北の大国エレンディアに着いたコルネリウスは、城に入るとクラレンスに新たな命令を下していた。
「えー? それ、ここまで来て言いますか?」
命令を聞いたクラレンスは、露骨に嫌そうな顔で答える。
「もちろん、今回の失態に対する罰を含めての命令じゃからのぅ」
「ぐ……」
それを言われると何も言い返せないといった感じで、クラレンスは黙り込む。
「分かりました! では行ってまいります!」
「ついでに、散らばっておる奴らも連れて来てください」
振り返り出口へ向けて歩き始めるクラレンスの背中に、コルネリウスは追加で命令を出す。
「仰せのままに! 帰って来なかったら、途中で雪に埋もれてると思ってください」
そう言うと、クラレンスは振り返る事無く扉を閉めて、来た道を戻り始めた。
「エステルさんもなの?」
「多分……、夢の中ではそう言われましたので」
日常に戻ったステファニーは、新しい家を見つける前に出産に備えてラウラの迷宮に滞在していた。
と言っても、その他のメンバーも、指名手配を恐れて街には出ず、迷宮の中に居候しているのだが。
「じゃあ、あなたも体を安静にしていないと」
外見では分かり難いが、ステファニーがエステルのお腹に手を添えると、僅かばかりだが膨らみを感じた。
「フェリクスには、もう話してるの?」
「まだはっきりとは分からないので……。もし、話して違っていたらがっかりさせてしまいますし」
不安そうな顔で話すエステルに、ステファニーは落ち着かせようと穏やかな表情で話を続ける。
「慌てる必要はないわ、むしろギリギリまで黙っておいて、フェリクスを驚かしてあげなさい。ただこれからは、もしもの為に無理な運動とかは控える事ね」
「……はい」
悪さをする子供の様な顔でステファニーが言うと、エステルはその日初めて笑顔で答えた。
「女の子二人で何か悪だくみかい?」
買い出しの為に、新たに設置した魔法陣のテストを済ませてきたゼウスが、部屋に入って来て二人を怪しそうに見比べる。
「そんな事ありませんわ」
「ねぇ」
仲良く顔を見合わせて答える二人に、ゼウスも思わず顔が綻んだ。
「まぁいいや、今日は寒いから鍋にしようと思って鶏肉を買ってきたよ」
「それは良いわね」
「大事な奥さんには、元気な子を産んで貰わないとね」
「では、私も料理を手伝います」
立ち上がろうとしたエステルを、ゼウスは手を上げて制する。
「君もだよ、エステル。もしもの事があったら俺がフェリクスに怒られるからね」
「あ……」
「もう、聞いてたのね!」
「ははは、フェリクスには内緒にしておくよ!」
二人の非難の視線を受けながら、ゼウスは厨房へと姿を消していった。
そして、一人になるとその顔から笑顔が消え失せる。
ゼウスにとっては、ステファニーを助け出した時点で戦いは終わりにしたかったのだが、コルネリウスにとっては終わりではない。ステファニーが、転移の儀式において重要な役割を担っているのであれば、必ず取り返しに来るだろう。
奴を倒さない限り、戦いは続くのだ。
負ける気はさらさら無いが、簡単に勝たせてくれる程甘い敵でもないだろう。だから、せめて戦いに赴く前に我が子の顔を見ておきたいと思う。それまでは平和な日常であってくれとゼウスは願った。
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