第83話:奪還

「現れましたわね、下郎」

「……」


(まだ、無茶苦茶敵視してるんだけど、本当に記憶残ってるの?)

『残っておるとも、あと少しで思い出すのじゃが、最後の鍵はお主の愛の深さじゃ』

 ここ数日、エステルのお腹にいるフェリクスとの子を通じて記憶を戻そうとしていたプロメアだが、間に合わなかったのでそれらしい事を言ってごまかす。

(分かった)

 が、あっさりその気になったフェリクスは、杖を構えると人工精霊を顕現させた。


「その杖は……」


 フェリクスの杖が自分の物と同じ形である事に気付いたエステルは、自らも杖を構え人工精霊を顕現させる。


「僕がドワーフのグスタさんに作って貰った物だ。そしてこれは世界に二つしかない」


 フェリクスの言葉に、夢の中で見た光景で彼と戦い、手渡された杖を思い出す。


「そして、その指にはまっている指輪は、僕が渡したものだ」


 杖をに握る左手に輝いていた指輪を指し、フェリクス自身も指にはめている指輪を見せ、言葉を続ける。


「ドワーフの王に作って貰った、これも世界に二つしかないもので、結婚を誓い合った者に送るものだ」


 暖炉の前で薬指にはめて貰い、その後口付けを交わす二人の光景が――


「お待ちなさいっ!」


 顔を真っ赤にして悶えながら、映像を振り払うように手と頭を振るエステル。


「思い出して、エステル。君と僕は四年前、確かに出会って――」


 言葉を続ける前にエステルの放った氷の矢によって遮られる。


「エステル……」

「それ以上話したければ、私を打ち負かしてからにしていただきますわ」


 彼女はそう言うと、ゆっくりと間合いを詰めてきた。




「この先かな?」

「他に道は無さそうですねぇ……あ」


 フェリクスと別れたゼウスとラウラは、石畳の階段を駆け上がり、通路を突き当りに向けて走っていると、奥に立っていたクラレンスと目が合った。


「夜分にご苦労様です。予想より早かったですね」

「今回も見逃してくれると嬉しいんだけど」

「残念ながら、そうそう見逃していると私も怒られますので、今回はお相手をさせていただきます」


 ゼウスはもしかしたらと思ったのだが、期待も空しく、クラレンス自身の周囲に球体を五つ展開させ構える。

 相手は魔術主体なので、ゼウスの剣で吸収しつつ攻めれば、そう苦労はしないだろう。


「ラウラちゃんはサポートお願い」

「はい」


 立ち回りのイメージを済ませると、ゼウスはラウラに指示を出し、剣を抜きつつクラレンスへ向け駆けて行く。

 が、クラレンスは展開している人工精霊からいきなり蒼炎を放ってきた。


「おわっと!」

「チャージ一〇〇パーセント カイホウシュダンヲ センタクシテクダサイ」


 ゼウスは咄嗟に剣で炎を吸収したが、一瞬でゲージが満タンになって警告音声が鳴り響く。

 広い戦場ならば、相手に向けて解放すれば良いのだが、ここは狭い通路、しかも隣の部屋にはステファニーがいるので、迂闊に放出する訳にはいかない。一瞬にして優位を失ったゼウスは踏み込むのを諦め、再び攻め手を思案した。


「私が行きます!」


 後ろからラウラは叫ぶと、ゼウスの前に躍り出て両手を上げ、クラレンスを指の間に収める。

 いかに世話になった先生と言えども、今は敵として立ちはだかっているので、ラウラは容赦しない。その点は誰よりも非常かもしれないが、そうでなければ今まで冥王として生き残ってはいなかっただろう。

 ラウラは視界に収めた物体を消去すべく、魔力を込める。

 しかしその瞬間、ラウラの視界は石の壁に塞がれ、消えるはずだったクラレンスの代わりに四角い穴が穿たれた。


「シアリス神のオリジナル魔法は、視界に捕らえないと通りませんからね」


 ラウラが何度か打ち込むも、クラレンスは余裕を見せるかのように説明を始めると、悉く壁を出して攻撃を防いだ。


「え、そうなんですか?」


 ラウラは知らなかったらしい。

 数少ない攻撃手段を封じられたラウラは、為す術もなく後退する。


「その程度では、混沌王には敵いませんよ」


 クラレンスは期待外れの様に言うと、右手を掲げ魔力を収束させる。


「ゼウスさん!」


 ラウラが危険を感じ叫ぶ中、クラレンスは次の瞬間、通路一杯に広がる青白い光を放った。

 眩い光は通路の壁を舐める様に溶かしながら蹂躙していくと、突き当りの壁をも溶かして突き抜けて行く。後には赤熱した通路から白い煙が上がっていた。


「期待外れ……と言う事は無さそうでしたね」


 クラレンスは通路の床に空いた四角い穴を見つめて呟くと、視線を右の部屋へ向け、徐に扉を開く。


「どう、言い訳しましょうかねぇ」


 部屋の床に空いている穴を見つめて、クラレンスは困った様な顔で呟いた。




「どこまで私を愚弄する気ですの!」


 ゼウスとラウラがステファニーを救出した頃、白い煙が充満する空間でフェリクスとエステルの戦いはなおも続いていた。

 エステルが繰り出す氷の魔法を、フェリクスは悉く炎で溶かしていく。

 フェリクスから攻めてくる事なく、こちらの攻撃は一方的に消される状況に、エステルは悔しさ、腹立たしさと共に、懐かしさを感じ始めていた。

 自分は、この男と確かに戦った事がある。

 魔法を繰り出すごとに、夢で見た光景が記憶として脳裏に焼き付く。

 そして、その記憶は次々と繋がり、あと少しで全てを思い出そうとしていたその時、エステルの視界は黒い影に阻まれた。


「がはっ!」


 視界が開けると同時に見えたのは、両手に短剣を持った男の姿と、その短剣の一つが腹部に深々と突き刺さり、血を流しているフェリクスの姿だった。


「いやぁっ!」


 悲鳴のような叫びと共に、目の前の男に氷の槍を撃ち込むエステル。

 男はフェリクスから短剣を抜くと、振り返る事無く飛び退って氷の槍を躱した。


「今のは、俺を狙ったのか?」


 黒に染めた皮装備に身を包んだ男が、エステルに殺気を込めた視線を送る。

 その視線に、金縛りにでもあったかの様に身動きの取れないエステルは、無言で男を睨み返すのが精一杯だった。

 短剣を構えたまま、エステルの元へゆっくりと歩く男の先に、炎が立ちあがる。


「エステルに近づくな!」


 出血している脇腹を抑えながら魔法を放つフェリクス。


「フェリ……」


 その姿にエステルの視界は、涙で溢れて見えなくなっていた。


「死にぞこないが」


 男は立ち止まると、再びフェリクスへ体を向ける。

 そして、腰を落とすと踏み込む。立ちはだかるまさおの魔力障壁を切り裂き、フェリクスを短剣の射程にまで捕らえた瞬間、

 男の上半身が消えた。

 断末魔の叫びも、苦悶の呻きも無く消え去り、後には血しぶきを上げる下半身が残っているだけだった。


「よくも……、フェリクスさんを!」


 殺意増し増しの視線で睨んでいたラウラが両手を下すと同時に、血しぶきを上げていた下半身も崩れ落ちる。

 ラウラの後ろにいたステファニーが、フェリクスへ駆け寄り介抱を始める中、呆然と立ち尽くしていたエステルが、よろよろと近づいて来た。


「フェリクス……ごめんなさい」


 苦痛に歪むフェリクスを抱きしめると、そのまま涙を流し続ける。


「記憶、戻ったんだね。よかった……」


 泣きじゃくるエステルの顔を見て、フェリクスは安堵の吐息を漏らした。


「さて、感動の再会は帰ってからだ。フェリクス、もう動けるな?」


 ゼウスの言葉に、フェリクスは体を確認して頷く。


「よし、じゃあ帰るか!」


 一行が城から出ると、ゼウスは剣に溜まっていた魔力を放出し、半壊だった城を全壊にして去っていった。

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