第82話:強行突破

「と、言う訳で、ワルキューレちゃんはお留守番ね」

「……はい」


 自分が役に立たない、むしろ居る事によって足を引っ張っている自覚があったワルキューレは、ゼウスの言葉に大人しく答えると、部屋の隅で膝を抱える。


「お供は、やっぱり勝手の分かるラウラちゃんかな?」


 ラウラも頷いて同意しようと口を開くが、そこにフルメヴァーラが手を上げて割り込んできた。


「私が残るとしよう。援護ならここからでも出来るし、むしろ近接だと足を引っ張りかねないからな」

「あ、じゃあ迷宮の扱い方教えておきますね」


(迷宮の使い方って……、誰でも使えるものなんだ)

 ラウラの言葉に驚きを感じつつも、ゼウスはフルメヴァーラの気遣いに感謝する。

 残るのがラウラより一緒にいた期間の長い彼女の方が、ワルキューレも安心するだろう。


「そうだね、それでお願いします」


 全員の配置が決まったので、ゼウスは改めて戦術を練っていく。


「戦士、魔術師、僧侶に遠距離支援まであるとか、バランス良いパーティーだな。後はこれがこうなって……」


 ゼウスは王城へ乗り込んだ時に見た間取りを記しつつ、侵入経路を思案する。


「姉さんはどの辺だろう」


 フェリクスは、間取りを覗き込みながら幽閉されているステファニーの場所を予想していた。


「厚遇されてるみたいだから、牢屋って事は無さそうだったね」

「であれば、構造的にこの辺りではないか?」


 フルメヴァーラが指す位置を見てゼウスは腕を組んで唸ると、真逆の位置を指した。


「うーん、逆に居そうにない所を狙えばいいか」

「そうだな。では、そこへ向けて打ち込むとしようか」


 大まかな指針を決めると、次は細かい部分を詰めていく。全てが纏まる頃には、夜はすっかり更けていた。




「おわあぁぁぁぁ!」

「流石に三回目ともなると、慣れるね」

「あ、ゼウスさん走ると落ちますよ」


 ラウラの迷宮から魔法陣で飛んだゼウス、フェリクス、ラウラの三人は、サンストーム郊外の上空からシールドに乗って降りてくると、森の中に身を潜める。

 前回、街に入るとすぐに取り囲まれたので、見張りを警戒して遠くに降りたのだ。


「ほろっほー」

「うわ、びっくりした!」


 突然、気配もなく後ろで鳴いた梟に、心臓が止まりそうになりながらゼウスは振り返る。


「もー、フルメヴァーラさん少しは手加減してくださいよ。あ、もう行っちゃって大丈夫ですんで」


 使い魔の梟を通してタイミングを確認したフルメヴァーラは、迷宮の反対側の出口(以前フェリクスが突入した方)に姿を現すと、弓を構える。

 一度目を瞑り、深く呼吸をすると、大気と大地に宿る魔力と精霊の力を呼び寄せ収束させていく。

 矢を番えて引き絞ると、彼女の周囲に集まった濃密な魔力と精霊力が光となって弓へと収束し、矢自体が眩い輝きを放ち始めた。


「ワルキューレ、伏せておけよ」


 フルメヴァーラが振り返る事無く声をかけると、洞窟の入り口から顔を覗かせていたワルキューレは慌ててしゃがみ込む。

 ゼウスのそばから飛び立った梟が、城の全景を把握するように空を舞うと、リンクした視界がフルメヴァーラの前に広がっていく。

 予定通りの場所に狙いを定めると、彼女は一瞬呼吸を止め、矢を撃ち放った。

 瞬間、凄まじい風圧が辺りの木々を巻き上げながら広がっていく。


「あいたたた!」


 しゃがんでいたワルキューレの元にも、石や小枝が暴風と共に叩きつけられ、思わず情けない叫び声を上げる。

 指の隙間から空を見ると、放たれた矢が光の軌跡を残して、遥か彼方へと飛んで行くのが見えた。


「お、来た来……た?」


 彼方より飛来した光の筋は、寸分たがわず(と言っても暗闇なのでゼウス達には分からない)目標を貫き、周囲を巻き込んで崩壊させていく。


「すご……いけど、アレ大丈夫なの?」

「ステファニーさん、大丈夫でしょうか」


 実に城の三分の一が、轟音を立てながら崩壊していく様を眺めながら、三人は呆然として立ち尽くしていた。




「ぎゃー!」

「何の攻撃だ!」

「誰か! 誰かー!」

「助けてくれ! 腕が、腕があぁぁ!」

「何事ですの?」

 悲鳴と怒号と懇願と、ありとあらゆる絶叫が響く中、煙に包まれた部屋で一人の女性が悪態をついていた。


「エステル様、御無事で!」

「私は問題ありません、何があったのですか?」


 血相を変えて飛び込んできた男にエステルは無事を伝えると、事の次第を問いかける。


「分かりません。が、突然城の一部が破裂したようで、大勢の負傷者が出ています」

「負傷者を救護しつつ、敵襲に備えて動ける兵を纏めなさい」

「ははっ!」


 カレンベルク家の代表として、昨今世間を騒がせている反逆者を討伐するため城に来ていたのだが、運が良いのか悪いのか、フェリクス達の襲撃に居合わせる事になったエステルは、男に指示を出すと自らも装備を纏い始めた。


「すごい音ね、何事があったのかしら」


 その頃、眠りについていたステファニーは、轟音に叩き起こされ見張りの兵士に問いかけていた。


「いや、私はこの場を動く事が出来ぬから分らぬが、一体……」

「お迎えが来たようですよ」


 不安そうに答える兵士の後ろから、クラレンスが現れる。


「この場は私が見張りますので、あなた達は負傷した兵士の救護に当たってください」

「しかし、それでは……」

「適材適所と言うものです。貴方がここに残っていても、彼らを防ぐことは出来ないでしょう。それに、私は救護作業に向いてませんから」


 そう言うと、見張りの兵士を現場へと向けさせる。


「彼が来たのですか?」

「そうですね。思ったより早かったですが」


 問いかけるステファニーにクラレンスは答えるが、今回は流石に扉を開く事はせず、覗き格子から顔を見せるだけに留めた。


「危ないですから、先生も中に入ってはいかがですか?」

「そうしたいのですが、私まで入ってしまうと、もしもの時にあなたをお守り出来ませんから、ご遠慮しておきます」


 彼女が入っている部屋は一見普通に見えるが、一切の魔術が行使できない仕掛けが施されている。それは現在敵であるクラレンスに対しても発動するので、いざと言う時に守れないと言うのは、あながち嘘ではない。

 ステファニーの誘いをやんわり断ると、クラレンスは扉の前の壁にもたれかかって腕を組み、来客の到来を待った。




 右往左往している兵士から人数分の兵装をすると、三人は予定通りの場所へ侵入を始める。城内は外以上に混乱していて、誰もゼウス達に気付く者はいない。

 と、思われたその時。


「そこの兵士三人、お待ちなさい!」


 喧騒の中においても、なおよく通る声がフェリクスの足を止める。

 本来であれば無視して突破するところであったが、その聞き覚えのある声に抗う事が出来ず、振り返ってしまう。


「エステル……」


 愛しい相手が向けてくる敵意むき出しの視線に心を痛めながらも、フェリクスは彼女を見つめる。


「あー……、ここは若い二人に任せて行きましょうか」


 無言で見つめ合う二人を見て、ゼウスはラウラを連れて先へと進む。

(私も若いですよぅ)

 と、心の中で思いつつも、ラウラはエステルの記憶が戻る事を背中越しに祈った。

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