第49話:忍び寄る影

 洞窟から戻ったカルステンは、魔導院の学長を伴い、聖ガロイア教会のエドガール枢機卿等と協議を重ねた結果、冥王ラウラのサンストーム王国への危険度は低いとみなし、国王へと上申した。

 国王はそれを受諾し、晴れて洞窟への引っ越しが公認されたのである。


「で、これはどう言う事かしら?」


ステファニーが家に帰ると、そこには誰もおらず、一枚のメモがテーブルに置かれていた。

『ちょっと行ってきます。謎の仮面勇者より』


「もぅ……」


 頬を膨らませながらも、仕方ないといった表情でため息をつくステファニー。

 ゼウスの事なので、既にアーダ達の動きを察知して行動を起こしているのだろうが、自分が返ってくるまでは待っていて欲しいと思うのだった。




「最近、この辺で何か物騒な話はないか?」

「お? 兄ちゃん仕事でも探してんのか?」


 サイラスの東にある町、ユティラの酒場で機嫌よく飲んでいた酔っぱらいの男に、一人の男が近寄ってきた。


「ああ。最近、稼ぎが悪くてな、護衛とか募集してたら良いんだが」

「それならサイラスに行きゃあ雇ってくれるんじゃねぇか? あそこは今、カルベナとやり合ってるからな」

「ん? あの国は、この前まで一緒になってエルフの森を襲っていたと思うが……」

「そんなもん、昔の話よ。表向きはまだ仲良しこよしだが、裏じゃどっちがあの森を手に入れるかで血生臭い事になってるぜ。それより兄ちゃん、面白いもん被ってんな」


 酔っぱらいの男は、声をかけてきた男を不思議そうに眺める。こんな場所で仕事を探している事と、腰に下げた剣を見て、傭兵だとは思ったが、その顔は目の部分を隠す様な白いマスクに覆われていた。


「仕事上、顔は見せない方が色々都合が良くてな」

「今日の友は明日の敵ってやつかい? 俺が言うのもなんだが、傭兵ってのは節操がねぇな」

  

 酒臭い息をまき散らしながら喋る酔っぱらいの横に座ると、仮面の男は『ここだけの話』とでも言うように、顔を近づけて囁く。


「金には素顔を見せるんだがな」

「金は裏切らねぇってか。そりゃそうだ! ハハハ!」


 声高に笑うと、酔っぱらいは男の肩をバンバン叩きながら、更に木製のジョッキを煽る。


「ほかに何か面白い話はあるか?」


 仮面の男は酔っぱらいの肩に手をまわしながら、懐から大銅貨をチラつかせる。


「あん? そんだけの価値の情報かよ、そうだなぁ……」


 酔っぱらいの男は辺りを見回し、近くに誰もいないことを確認すると、


「今回はサイラスの勇者が動くらしいぜ」


 と、仮面の男に小声で答えた。

(ほう、そいつは楽しめそうだ)

 酔っぱらいの言葉に、仮面の奥の瞳が、一瞬獲物を狙う狩人の様な輝きを放つ。


「世話になったな。これは俺のおごりだ」


 仮面の男はカウンターから立ち上がると、酔っぱらいに大銅貨を投げて寄越す。


「気前がいいねぇ。有難くごちそうになるぜ」


 出口へと向かう男に手を上げると、酔っぱらいは、そのまま新たな酒を注文する。

(サイラス、か)

 店を出た仮面の男は、翌朝の出発に備え、夜の街へと消えて行った。



「カレンベルク家への伝令は出たか?」

「はっ! 本日、昼過ぎに出発いたしました!」

「よい、下がれ」


 カールした金髪を肩まで伸ばした恰幅の良い中年の男性が、部下らしき兵士を下げさせると、両手をひじ掛けに乗せ、背もたれに体を預ける。


「レスター、これでよいのか?」

「ははっ! アイザック国王陛下、これにて万事、上手くまいります」


 レスターと呼ばれた黒髪、チョビ髭の男が、猫背で手をこすりながら国王に応える。

(どうして、こうなった……)

 アイザックはそのまま目を瞑ると、今までの出来事を振り返る。


 事の始まりは、勇者召喚だった。軍を持たないサイラスは、周辺諸国や魔物に対する防衛力が低い。その為、継続的に経費の掛かる軍を増強するより、一人で大軍を滅ぼすと言われる勇者に頼る事にした。

 しかし、召喚は失敗を続け、三度目に成功する頃には莫大な負債が国にのしかかっていた。何故そんな事態になるまで召還を続けたのかと言うと、原因はこの国の大臣であるレスターの所為だった。


 アイザックはまつりごとに疎かった為、昔から腰巾着であったレスターの言うとおりに施策を行ってきた。

 今回もレスターは「勇者さえ手に入れば、エルフの里の遺産を手にする事が出来る」と国王をそそのかし、召還を続けさせたのだ。そして、何処からそんな金が出て来たかと言うと、この国の経済を支えてきた商人達からだった。

 レスターは国内での特権を餌に、町の商人達を牛耳ってきた。そしてその商人達から国に借金をさせ身動きを取れなくさせたのである。


 そうなると、国はもう商人達の言いなりで、彼らは借金を返済して貰う為、あらゆ手段を提案し始めた。

 カルベナと共謀し、エルフを奴隷にしようとした事件を始め、勇者を使いエルフの森を制圧進めたり、金策の為に未婚の第二王子を、サンストームの名門貴族カレンベルク家の三女と婚姻させる事など、おおよそ正しい国の施策とは思えないようなものばかりである。

 商人達からの提案を上申するレスターに、ただ頷くのみとなった国王は、この国の行く末が長くない事を自ら感じ取っていた。

 



「エステルが帰省?」

「はい。新たな婚約者が決まったと連絡がありましたので」


 まるで人ごとの様に表情を変えず話すエステルに、フェリクスは少しムッとすると、突っかかる様に問いかける。


「エステルはそれで良いの?」

「良いも悪いも、父が決めた事でございますので」

「ぐ……」


 ステファニーに釘を刺された事も関係があるかもしれないが、自分の気持ちをはっきりさせた今、フェリクスは焦りを感じていた。現にエステルは結婚しようとしているのだ。もはやなりふり構ってはいられない。 

 あくまで冷静に返す彼女に、フェリクスは増々頭に血が上り、思わず自らの心中を声にしてしまった。


「平民の僕が、どうしたら、エステルをお嫁さんに貰えるんだ!」

「なっ!」

 

 さすがのエステルも、この直球には顔を真っ赤にして狼狽える。

 しかし、既に決まっている事。今更、覆されるはずも無いので、心を落ち着けると、フェリクスに諭すよう話を続けた。


「お気持ちは嬉しいですわ。でも、もう既に婚約の話は、決まっておりますの」


 そこで話を終わらせようとしたのだが、僅かの間思い詰めると、エステルは続けて口を開いた。


「もし、それを覆そうと言うのであれば、双方の婚姻によって得られる利益以上のものを、フェリクスさんが用意できれば、あるいは可能かもしれませんわ」


 自分でもあり得ないと思う事を口にしながら、何故フェリクスにそんな事を言っているのか。

 もしかして自分はそれを待ち望んでいるのか?

 エステルは、自らの行為に困惑していた。


「……分かった」


 無理な事を理解したのか、本気で何とかしようと思ったのか分からないが、フェリクスはただ一言返すと、その場を立ち去っていく。

(そのお気持ちだけで、私は……)

 その背中にそっとお辞儀をすると、エステルは迎えの馬車へと向かった。





「残党がいないか、周辺を探索せよ!」

「はっ!」


 エルフの森に戻ってきたフルメヴァーラ達は、遺跡の調査に来ていたカルベナの一行と遭遇戦を行い、これを撃退。領地の確保を開始していた。


「北と南の森の入り口に見張りを出せ、他の者は簡易の物でいい、住居の作成を。私とアーダは遺跡に入り、使えそうなものが残っているか確認してくる。地上はラムスが指揮を執れ」


 フルメヴァーラは矢継ぎ早に指示を出すと、アーダを伴い遺跡へと向かい、他のエルフ達は指示に従って慌ただしく駆け巡った。




「レスター様! エルフの森に動きがあったようです!」

「よし、勇者達を向かわせろ」


 詰所にいたレスターは、駆け込んできた兵士に命令を出すと、国王への報告の為、寝所へ向かう。


「陛下、魔王が森に入りましたので、勇者を差し向けました。もうすぐ森は我々の物となります」


 国王の寝所にも拘らず、ノックの確認もせず入ったレスターは、用件だけを伝える。

 寝付けないのか、部屋の中で酒を飲んでいたアイザックは、虚ろな瞳をレスターへ向けると、


「お前に任せる」


 とだけ呟き、再び酒を煽る。その顔はもはや、一国の王と言うには余りにも窶れ果てたものだった。


「かしこまりました。今後の事は、このレスターめに委細お任せを」


 にやつく顔を隠す様に頭を下げると、レスターはアイザックの部屋を後にする。

(これで、後は商人どもに金を返せば、この国は私の物。あと少し、あと少しだ!)

 国王の腰巾着から口先だけで大臣にまで上り詰めたこの男は、分不相応な野望の成就に興奮を隠しきれなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る