第38話:テスト
「それでは、私はこの子を連れて帰る。世話になったな」
母乳を与え終わったアーダはそう言うと、満腹でぐっすり眠っている赤ん坊を背負い、ケシオ山の方へ向けて歩き始めた。
「なんか、エルフにもいろいろあるんだねぇ」
去り行くアーダを見送りながら、ゼウスがしみじみと感想を漏らす。
「種族の主義主張と言うのもありますから。とは言え、良い風習とは言えませんね……」
同様に見送るステファニーの顔も、やるせない表情になっていた。
思った以上にエルフが排他的っぽいので、二人は相談した結果、エルフの森を迂回して南の国カルベナ共和国へ行く事にした。幸い、ここから西へ半日ほど行けば、サイラス、カルベナ間の駅馬車が止まる町がある。
「カルベナって海の食べ物が美味しいんだっけ?」
「その様に聞いてますね。なんでも、生で食べられるほど新鮮だとか」
「おお、刺身もあるのかなぁ」
「ゼウスの世界では、生で食べる文化はあったのですか?」
「あるある、色々あるよぉ。魚に、貝に、お肉だって」
「お肉まで?」
ゼウスとステファニーが和気藹々と話しながら森を抜けている間、遠くから見つめる視線がある事を、二人は気づいていなかった。なにせ三百キロ先からなので。
「面白くない……」
魔導院の食堂で昼食を済ませたフェリクスは、そのままテーブルに突っ伏して愚痴をこぼしていた。初日の、しかも午前中の授業を受けただけで、だ。
「改めて基礎からの講義でしたからね。フェリクスさんにとっては、退屈以外の何物でもないでしょう」
テーブルの向かいに座るエステルが、優雅に紅茶を飲みつつ、微笑みかけて来る。
この見知った顔が傍にいてくれるだけで、憂鬱な気分が和らいでいる事に、フェリクスは密かに感謝していた。
「エステルは凄いなぁ。あんなの聞いてたら魔法撃ちたくならない?」
「
最近のエステルはすっかり優しくなった。昔は何かにつけて難癖をつけて来たものだが、いつからだろう。あれは確か最後の勝負の後ぐらいか……
フェリクスが昔を思い返していると、ふいに肩に手が置かれ、我に返る。
「もう時間ですわよ、あと半分頑張りましょう」
「ん? ああ、有難う」
気が付けば、予鈴の鐘が鳴っている。
フェリクスはエステルに礼を言うと、一緒に教室へ戻った。
そして翌日は昨日と打って変わって実技である。各々が今まで積み上げたものを披露して、何が得意で何が苦手か、得意分野を伸ばすのか、苦手な物を無くすのか、それぞれの専攻分野を決めるテストでもあった。
実技形式は一対一の真剣勝負。もし相手を殺してしまっても罪には問われない。と言うか、すぐに蘇生されるので大丈夫だった。問題があるとしたら、死ぬほど痛い事だけである。
対戦相手は、教師のカルステン・フリングスで、フェリクス達を担当している魔導士だ。
彼は次々に対面する生徒を倒し、その弱点を的確に指摘して行く。長所や得意分野の指摘が無いのは、それらを発揮する前にやられているからだった。
「次!」
「はい、エステル・カレンベルク、宜しくお願いします!」
エステルは元気よく名乗ると、見覚えのある杖を構える。
「アイスシールド!」
開始と同時に、まずは氷の盾を顕現させ、相手の攻撃に備える。
対するカルステンは、右手を掲げるとエステルの足元に土の槍を突出させた。
「アイスジャベリン!」
カルステンの攻撃を予測していたのか、エステルは軽いステップで突き上がる土の槍を躱すと、氷の槍を三本顕現させ叩き込む。
カルステンは掲げていた右手をそのまま水平に薙ぐと、土の壁を眼前に展開して氷の矢を凌いだ。
しかし、壁に激突したのは一本だけで、残りの二本は壁の左右から同時に襲い掛かって来る。
だが、カルステンは慌てる素振りも見せず、両手を左右に広げると、同じく氷の槍を顕現させ、それぞれ撃墜させた。
「!」
かに見えたが、エステルの氷の槍は、撃墜される寸前で水へと姿を変え、カルステンの槍を素通りさせる。そして、
「アイスコフィン!」
エステルが唱えた瞬間、カルステンに頭からかかった水が再び凍り始めた。
「チッ!」
氷に包まれ動きを封じられつつあるカルステンは、この時初めて僅かに焦りを表すと、まだ自由を残されていた手の指を打ち鳴らす。
その瞬間、周囲に炎が巻き上がり、カルステンを捕縛していた氷が解けて失せた。
「?」
相手を封じて終了と油断していたエステルは、次の攻撃を考えておらず、そこに生じた隙に容赦なく攻撃が開始される。
次々に地面から突き出す石の槍。エステルはそれをステップで躱し続けるが、石の壁がそそり立ち、その行く手を遮る。それを何度か繰り返すうちに、気が付けばエステルは逃げ場を失っていた。
そして上空から無数の石の槍が、止めを刺さんと飛来して来る。
周囲をアイスシールドで囲いガードするが、止む事の無い攻めは徐々にシールドを削り、エステルの魔力障壁も削り、やがてはエステルをも貫き始める。
「がっ!」
血を吐きながら尚もシールドを展開し続けるエステル。勝敗はとっくに決しているのにカルステンの攻撃の手は緩まる事が無い。
「もういいだろ!」
その光景を見ていたフェリクスは、無意識に飛び出していた。
飛び交う石の槍を炎で巻き上げると、軌道を逸らす。
「ふん」
カルステンは邪魔が入った事に苛立ちを見せながらも、攻撃の手を止めると、怪我人の回収を指示する。
「術中の形状変化を制御できるのは大したものだ。ただ防御の方は、攻めを絡めないとジリ貧になるので、もっと鍛錬が必要だな。あと、戦い方も競技じみているから甘さが生まれる。もっと本気で戦う事だ」
担架に乗せられ運ばれていくエステルに、カルステンは冷静にアドバイスする。
しかし、傷に魘されているエステルには、その声は聞こえてはいなかった。
「次」
「フェリクス・エリオット」
カルステンの冷静な声に、フェリクスは若干の苛立ちを交えた声で応え、杖を握り締める。
「君がクラレンスの推薦して来た子か」
感情を表さない銀色の瞳が、フェリクスを見据えるとおもむろに指をさす。
「その精霊も戦うのか?」
「はい」
「なら、それ相応にさせてもらおう」
感情を乗せない声で呟くと、カルステンは自身に魔力を集中させる。
「全開で行くよ」
「おうよ、流石の俺っちもちょっと怒ってるからな」
「女性をいたぶる不埒者は許しませんわ」
まさおとえりこの二人(?)も、フェリクスの怒りを感じ取って、やる気満々であった。
審判の振り上げた手が下がると同時に、カルステンが両手を掲げ石の槍を宙に舞わせる。
しかし、その槍の地面から炎が巻き上がると、片っ端から溶かしていく。
(流石に炎特化、石をも溶かすか)
魔力障壁をも侵食し始める高熱の中、カルステンは冷静に分析すると、大きく息を吸い、左手を横に薙ぐ。
すると、今まで燃えていた炎は一瞬で消え去り、再び石の槍が湧き上がって行った。
「?」
「ありゃあ、空気を遮断したな」
フェリクスの動揺に、まさおが背中から説明をする。
「じゃあ、えりこ宜しく」
「おまかせぇ」
飛んでくる石の槍はまさおの障壁に任せ、フェリクスは杖を掲げると、上空に竜巻を発生させ、そのままカルステンへと落とす。
(あの障壁の強度はなんだ……上?)
上空の竜巻に気付いたカルステンは石の壁を頭上へ巻き上げると、横っ飛びに躱した。
瞬間、竜巻は石の壁に激突すると共に炎を巻き上げ周囲を溶かしていく。
爆風に煽られ転がりながらも、アイスベールを展開したカルステンは、立ち上がると同時にアイスシールドを展開して、防御を固めた。
(風の精霊も従えているのか)
戦力を見誤ったカルステンは、戦術の変更を余儀なくされ、攻撃の手を止めてしまう。
(あの障壁の正体が分からん事には手が出せんな)
攻めあぐねているカルステンの向こう、フェリクスの周りに魔力が収束している事に気付いた時には、既に遅かった。
「!」
フェリクスの杖の先から放たれた蒼い光は、一筋の線となってアイスシールド諸共、カルステンを横に薙いでいく。
「がはっ!」
痛みとも熱さとも感じる衝撃が、腹部を焼きながら通り過ぎて行くと、支えを失った上半身は重力に従い落ちて行く。そして無意識に自らの下半身を掴もうとする左手が空しく空を切りながら、そのまま地面へと打ち付けられる。
(なんだ、これは……)
自分の身に起こった事が理解できないまま、見上げる視界が徐々に暗くなってくると、カルステンの意識はそこで途切れた。
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