第37話:ダークエルフ
その場で一夜を明かした二人は、朝から歩き続けケシオ山の麓を迂回して森の入り口まで差し掛かっていた。
「ここからエルフの森に入りますので、注意してください」
「わかった」
と言いつつ、ゼウスの顔は注意どころか、期待に満ちて爛々と輝いていた。
鬱蒼と生い茂る森に一歩入ると、日の光が遮られ一瞬で辺りが暗くなる。
それは、この森自体を魔法で夜に変えているのではないかと思う程に、神秘的な光景だった。
暗がりの中、天罰の杖の明かりを頼りに、森を進んでいた二人に、複数の男の声に交じって、赤ん坊の泣き声が聞こえて来る。
やがてその声はこちらへ近づいて来るとともに、影を現した。数にして五人、全て男で、何処からどう見ても賊だ。
その内の一人が布切れを抱いており、鳴き声はそこから聞こえていた。
「こらこら、赤ちゃんを泣かしてはいけません」
「赤ん坊は泣くもんだよ!」
「確かに!」
ゼウスは男の返答に納得しつつもも、腰の短剣を抜いて両手に構える。
何故なら、赤ん坊を抱いている男以外の四人が、既に武器を構えて二人を取り囲んでいたからだ。
問答無用で襲い掛かって来る賊の攻撃を、ゼウスは短剣で受け止めると、もう一つの短剣で的確に首筋を薙いでいく。
そして、赤ん坊を抱えている男の前に来る頃には、他の四人は既に事切れて地面に突っ伏していた。
「て、てめぇ、このガキがどうなっても良いのか!」
「その子がどうなろうと、俺には何の影響もないな」
「確かに……がっ!」
自分の言った事がおかしい事に気付いた男は、見えない壁に後ろから殴られ、気を失った。
崩れ落ちる男から赤ん坊を取り上げると、ゼウスは優しく揺らしてやる。
中々泣き止まない赤ん坊に、ふとゼウスは思いつくと、ステファニーへ振り替える。
「もしかして、おっぱ――」
「出ません!」
速攻で拒否されてしまった。
どうしようか悩みながら赤ん坊をよく見ると、まだ小さいが微妙に耳が尖っている。
「あ、この子、もしかしてエルフかも」
「にしては、少し黒いですね。でも可愛い。ちょっと抱かせてください」
ステファニーが赤ちゃんを抱きかかえ、ゆらゆら揺らしていると、徐々に泣き止み始めた。覗き込んでいる彼女の顔もデレデレで非常に可愛い。
「赤ちゃんは何人くらい欲しい?」
「そうですねぇ、最初は男の子が良いとして……って何言わせるんですか!」
顔を真っ赤にしながらも、ステファニーは心配そうな顔に変わると、言葉を続ける。
「でも、この子が攫われたのなら、ご両親の元へ帰してあげないといけませんね」
「そうだね、じゃあ引き続き進んでみようか」
赤ちゃんはそのままステファニーに任せ、二人は更に森の奥へと進んで行く。
少しすると、人影が二つ倒れているのが見えた。
一つは一見冒険者風の男で、先程の賊の仲間だろう胸に矢を受けて既に死んでいる。
もう一人は、動き易そうな皮装備を纏った細身の身体に、銀色の髪が腰まで伸びている女性だが、この辺りでは見かけない褐色の肌で耳が尖がっていた。
外傷はないが、こちらも既に事切れている。
「この子の母親かな?」
「どうでしょう、蘇生を試してみますので、この子をお願いします」
ステファニーは赤ん坊をゼウスへ預けると、倒れている女性へ近づく。
体に両手をかざし魔力を注ぎながら、ガロイア神へ祈りを捧げる。
蘇生魔法は、死後の経過時間によって成功率が下がってゆくので、時間との勝負になるのだが、賊に遭遇してからそれ程時間は経過していないので、望みはありそうだった。
「かはっ!」
暫くすると、女性の肌に血色が戻り始め、呼吸を取り戻した。
「そのまま大きく深呼吸を続けてください」
ステファニーの指示に女性は素直に従うと、肺の中に空気を取り込む為、深呼吸を繰り返す。
やがて意識がはっきりして来たのか、辺りを見回すと口を開いた。
「私はどうなったのだ?」
「ここで死んでました。あの子のお母さんかと思って蘇生しましたが、違いますか?」
ステファニーはゼウスが抱く赤ちゃんを指し示し、尋ねる。
「蘇生? ああ、私は賊の放った毒にやられて……。私はその子の母親ではないが、その子を保護しに来た」
「保護?」
「ああ。その子はエルフの里から捨てられた子だ」
女性はやるせない表情で答えた。
「しかし、こんなところで
「ガロイア神にも感謝しといてくださいね」
ステファニーはそう言うと、念の為に女性に解毒の魔法もかけておいた。
「重ね重ね済まない。私の名は、アーダ・ラッシラ。フルメヴァーラ様の命により、エルフの森から捨てられる赤ん坊を保護している」
「いきなりそんな事、話しちゃって良いんですか?」
ゼウスが魔王の名を聞いて、少々身の危険を感じつつも尋ねる。
「自分と赤ん坊、二つの命を救ってくれた恩人に、隠し事はできん。もし問題があるなら、私がフルメヴァーラ様に命を捧げる」
アーダと名乗った女性は、ゼウスに向け真剣な表情で答える。義理堅い人物の様だ。
しかし、フルメヴァーラと言えば、暗黒の神エレンボスに祝福された代行者、『魔王』である。何故、その魔王がエルフの捨て子を保護するのか、気になったゼウスがアーダに聞こうかどうしようか迷っていると、察したのだろう、アーダが自ら話始めた。
「貴公は何故魔王がその様な事を、と思っているのだろう。しかし、勘違いするな、フルメヴァーラ様はとても心優しい御方、何の罪もない赤ん坊を捨てる様な奴らの方が、余程愚劣極まりない」
アーダは憎々し気に言い放つと、エルフ達がいるであろう方角を睨みつける。
「奴らは少し肌の色が違って生まれただけで、忌み子として里から排除して来た。そうした中の一人がフルメヴァーラ様なのだ」
(ああ、ダークエルフって事か)
ゼウスは、昔読んだ小説を思い出していた。
「でも、なんで肌の色が違うだけで捨てられるんだろう」
「奴らは自らを『純潔の種族』と謳っている。それで少しでも『混ざりもの』がある事を嫌うのだ」
「それで赤ちゃんを捨てるなんて、酷すぎるわ」
ゼウスから赤ちゃんを受け取り、再びあやし始めるステファニー。もう赤ちゃんにメロメロである。
「だからフルメヴァーラ様は、同じ境遇にある赤ん坊を保護しては、自らの森で育てる様になったのだ。今日も指令を受け保護に来たのだが、何故か賊が入り込んでいて不覚を取ってしまった。いつもは里の奴らが配置している森の見張り番が睨みを聞かせているはずなのだがな」
「森の見張り番って?」
ゼウスは、ちょっと嫌な予感がしつつも、アーダに尋ねる。
「アイスドラゴンだ」
「ほ、ほほう……」
ゼウスとステファニーは、お互いの顔を見合わせる。
「た、たまたま通りかかって良かったわね、あはは……」
ステファニーの焦りが伝播したのか、赤ちゃんが急に泣き始める。
「長い事放置されていたのだ、お腹が空いているのだろう。貸してみろ」
アーダが赤ちゃんを受け取ると、おもむろに自分の乳房を露出し始める。
「いだだだだ! ステファニーさん?」
視線が一点に釘付けになっていたゼウスの首を、力ずくで後方へ回転させるステファニー。
「アーダさん、母乳出るんですか?」
「ああ。その為に回収役として配置されている」
余程お腹が減っていたのであろう、赤ん坊は力いっぱい母乳を飲んでいる。
その姿を優しそうな瞳で見つめるアーダ。魔王の配下とは言え、その光景はステファニーには尊いものに見えた。
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