第29話:再会

「フェリクス、私ラダールへ行こうと思うの」


 ステファニーは、トマトソースのコンキリエを頬張るフェリクスに話しかける。


「じゃあ、僕も行く」


 フェリクスは考える間もなく答えると、続けてパンに齧りついた。


「……そうね。一緒に行きましょう」


 黙々と食べ続けるフェリクスを見ながら、ステファニーはラダールへ思いを馳せる。急に向かう気になったのは、冒険者仲間から、近々カラックが前線へ来るかもしれないと言う情報を得たからだ。

 カラックへの復讐。

 それはステファニーとフェリクス、残された二人が誓ったものだった。

 だが、その目的も、今は微妙に変わりつつある。

 もし、まさるが生きているなら、復讐する意味が無いからだ。

 カラックが出て来るなら、あのゼウスと名乗った男も出て来るだろう。ラダールも、みすみすあの戦力を手放しているとは思えない。故に、今回ラダールへ赴くのは、あのゼウスと名乗った男が、まさるなのか確かめる為の物だった。




 翌日フェリクスは、クラレンスへ暫く学院を休む旨を報告する為、放課後、学院長室へ向かう。


「おや、フェリクス君はカラックと戦うのですか?」

「そうなるかもしれないし、ならないかもしれません」


 フェリクスはクラレンスに自らの過去を明かすと、ステファニーと共にラダールへ戻る事を話した。黙っていてもクラレンスなら、既に知っていると思ったからだ。


「ふむ。それがあなたの選んだ道ならば、私は止めもしませんし、勧めもしません。ただ、全てが終わってその先の道に迷う様なら、私の所に戻ってきなさい」


 クラレンスはチョビ髭を扱きながら、ティーカップを傾ける。


「有難うございます。それでは行ってきます」

「はい、ご武運を」


 頭を下げ、部屋から出て行くフェリクスを見送ると、クラレンスはカップを置き、そのまま扉を見つめる。そして、


「課題も忘れてはいけませんよ」


 と、誰もいない扉に向けて、呟いた。




 学院長室を出たフェリクスは、廊下の先に佇んでいる少女を目にする。

 

「ラウラさん」


 フェリクスが出て来たのを確認すると、心配そうな顔で近づいてきた。


「フェリクスさん、何処か行かれるんですか?」

「しばらくラダールへ行ってきます」

「カラックの件でしたら、私も行った方が……」

「いや、君は残って家族を守って欲しい。まだ刺客が来ないとは限らないから」


 既にアスタフェイはいないので、刺客も何も無いだろうが、それを分かった上で、フェリクスがラウラに告げたのは、無関係な彼女を巻き込みたくなかったからだった。

 

「でも」


 しかし、尚も縋るような顔で、ラウラはフェリクスを見上げる。 


「前に姉さんが言ったように、これは僕と姉さんの問題なんだ」

「……わかりました」


 フェリクスが少し突き放す様に言うと、やっと諦めたのか、ラウラは静かに頷き、とぼとぼと歩き始める。

(ごめん)


 フェリクスはラウラの背中を見つめながら、心の中で謝った。




 東へ走る駅馬車に乗り、ターミナルで一泊した後、ラダールへ向かう駅馬車に乗り換えると、二泊程してラダール帝国内へ入る。

 道中の馬車に揺られている間中、フェリクスは物思いに耽っていた。

 まさるが生きていたら、取り敢えずステファニーへ謝らせるのだが、その後はどうするのか。カラックと戦って勝てるのか、そもそも戦う必要があるのか。人間は魔王より汚いのか、答えの出ない迷宮は、フェリクスの思考をいつまでも捕まえて離さない。


「フェリクス、着いたわよ」


 ステファニーの声に顔を上げると、ラダールの駅馬車ステーションに着いていた。

 二人は荷物を纏め、馬車を下りると、宿屋を探す。一泊して明日の朝から集合地のダンブルへ行く予定だ。


「やっぱり、十二月にもなればここも寒いわね」

「そうだね。あと、八月に来た時よりちょっとだけ賑やかになってる」


 口から白い息を吐きながら、ステファニーが感想を漏らすと、フェリクスもそれに答える。

 前回、カラックの軍勢を撃退した事による、押せ押せのムードと、今回は総力戦と噂されているので、各国から傭兵が押し寄せている事も町の賑わいに貢献していた。

 安宿は傭兵達が既に借り切っており、少し高級な宿に入ると、二人は食事を済ませて、明日に備えすぐに就寝した。




「ッ!」


 どんな夢を見ていたかは覚えていないが、飛び起きたフェリクスの身体はびっしょりと汗に濡れている。

 外は今にも雪が降りそうな程冷え込んでいるが、それなりに高級な宿で暖房が効いるので、室内はそれほど寒くない。とは言え、この尋常ではない汗は、それなりの悪夢を見ていたのだろう。フェリクスは濡れタオルで体を拭くと、服を着替えた。


「フェリクス、大丈夫?」

「姉さん、おはよう。大丈夫だよ」


 物音に気付いて、ステファニーが目を覚ますと、心配して声をかける。

 外が徐々に明るくなり始めていたので、二人はそのまま出発の準備を始めた。

 ダンブルの町までは、ラダールの首都エッジワースより、東へ馬車で二日かかる距離だ。

 今回、ステファニーは休暇届を出して来ている。聖ガロイア教会専属のシスターではない為出来るのと、勇者召喚はひと月に一回が限度なので、出番は暫く無い。

 寄り合い馬車に揺られていると、戦いに赴くのであろう傭兵や冒険者達の話が聞こえて来る。


「今回の戦で終わりになるのかよ」

「お偉いさんは総力戦だって言ってたぜ」


 見たところ、新人とベテランの戦士だろうか、装備の状態からそんな感じが伺われる。


「でも、ダンブルに向かってる数、なんか少なくねぇか?」

「ああ、それは『あっち側』に本体を割いてるからだろうな」

「あっち側って?」

「お前知らねぇのか、北のコルトバードとカーリアが組んで、ラダールに攻めようとしてるらしいってんで、それの防衛に向かってるって話だ」


 ベテラン風の戦士がしたり顔で、新人らしき戦士に話を続ける。

 ステファニーもその話は初耳だった。前回の正規軍の少なさもそれを聞くと納得できる話だ。

 それにしても、魔王軍と連合軍、二つを相手にしなければならないとは、ラダールも災難である。当然、この機会を狙ってコルトバードとカーリアは連合軍を組んだのであろうが。火事場泥棒と言えば聞こえは悪いが、勝てる確率が高い所に勝てる確率を高くして攻めるのは正しい判断だ。


「おいおい、それじゃあ、こっちの防衛は傭兵と冒険者の寄せ集めかよ」

「まぁそうなるが、今回もゼウスが参加するって話で、皆は楽観視してるな」

「ゼウスって誰よ」

「お前それも知らねぇのかよ! この前のダンブル戦で魔王の手先を討ち取った奴だぜ? 奴が魔王軍を止めたお陰で、前回はコルトバードの侵攻が中止になったって話もあるくらいだ」


 ゼウスが参戦する。その言葉にステファニーとフェリクスは、ひとまずほっとした。そうでなければここに来た意味が無いからだ。

 その後、途中一泊して次の日の夕方にはダンブルの町に入る。前回の勝ちと今回で戦いが集結するかもしれないと言う期待が、町の人々に活気を与えているようだ。

 到着して早々、二人はゼウスの所在を調べて回った。話によれば、既に前線の砦に入っているらしい。戦いに入る前に確認しておきたかったので、二人はそのまま前線へ向け、歩いて行った。


「ゼウス? ああ、あいつ等なら指令所にいると思うぜ」


 すれ違う正規軍の兵士に居場所聞いたステファニーは、はやる気持ちを押さえつつも、足早に指令所へ向かう。打ち合わせが済んだところだろうか、二人が着いた時に、丁度兵士達が指令所から姿を現し始めた。


「あの、すみません」


 ゼウスらしき人影を確認したステファニーは、近寄って声をかける。


「ステファニー姉様?」

「え? ……アリシアなの?」


 横から聞こえて来た声に顔を向けると、面影を感じさせる懐かしい少女が立っていたので、ステファニーは思わず呟く。


「やっぱり、姉様だったのですね。取り敢えずはこちらへ」


 再会を喜ぶ事もなく、周りに気を遣う様に小声で話すと、アリシアは二人を案内した。


「ここなら声は洩れません」


 煉瓦造りの個室に案内すると、四人は各々椅子に座る。

(この人がまさる……)

 フェリクスは座りながら、正面の灰色の髪の男を見つめると、過去の思い出と今までの想いに複雑な顔をしていた。


「さて、何から聞いて、何からお話したら宜しいのでしょうか……」


 最後に椅子に座ったアリシアが、最初に話始める。


「私は、その人がまさる様かどうか知りたいだけ」


 アリシアの言葉に被せる様にステファニーが続けると、視線を受けたゼウスが


「俺はゼウスだ」


 とだけ答えた。


「この御方は多分、姉様が言うように勇者まさる様なのだと思います。ただ、この世界に来てから、一度死ぬまでの記憶が無いんです」


 縋るような眼差してゼウスを見ていたステファニーが、そのままアリシアに顔を向けると、絶望の表情へと変わっていく。


「そんな……」


 その後、アリシアがゼウスの護衛として過ごして来た日々を語り、ステファニーは親子の縁を切って出た後の事を語る間、フェリクスはじっとゼウスを見つめ続けていた。




「そう、あの人は相変わらずなのですね」

「はい。姉様が親子の縁を切ってまで家を出た気持ちは、よく分かります」


 二人は、ゼウスとフェリクスを置いて外に出ると、二人きりで話をしていた。


「姉様は、やはり今でもゼウス様、いいえ、まさる様をお慕いしているのですか?」

「多分……いえ、そうね。今でも愛しているわ」

「そうですか」


 アリシアはそうだろうとは思っていたが、どうしても言葉で聞きたかった。それは、自分へのけじめだったのかも知れない。そして、俯きながらも更に話を続ける。


「私も勇者の護衛を父様から命令されていたので、当然、あの御方に迫りました。そうしたら断られたんです。それで、意地になって何度も迫ってるうちに、いつの間にか本当に好きになってました」


 恥ずかしそうにはにかむと、ステファニーへ笑顔を向ける。しかし、その瞳には涙が溢れていた。 


「アリシア……」

「あの人、記憶がないのに『愛した人がいる』って拒み続けたんですよ」


 とめどなく流れ続ける涙を気にもせず、アリシアは言葉を続ける。


「だから姉様は諦めないでください。様の想いに応える為に」


 なおも涙を流し続けるアリシアを優しく抱きしめると、ステファニーは涙声で応える。


「有難うアリシア、ごめんね。私は諦めない」


 二人の姉妹は暫くの間、涙を流しながら抱き合っていた。




「まさる」

「ん?」

「……」


 フェリクスは、ゼウスの顔をじっと見つめる。


「やっぱり、まさるなんだ」

「いや、俺はゼウスだ」

「さっき返事したじゃないか」

「俺にも分からんが、さっきのは無意識に出た」


 いたって真面目な顔で、ゼウスは答える。


「本当に覚えてないの?」

「すまん」


 また暫く二人の沈黙が続いたかと思うと、フェリクスが口を開いた。


「どうしてゼウスなの?」

「それが私の名前だからな」

「サトウ、ゼウス?」

「やめろ」

「どうして? 違うの?」

「俺の名はゼウス。それ以上でも以下でもない」

「さとう・まさる」

「なに?」

「サトウ・ゼウス」

「やめろ!」

「ゼウスまさる」

「意味が分からん!」


 二人はそんなやり取りを、ステファニー達が戻ってくるまで延々と続けていた。

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