第四話 一刀両断悪を断つ


 ――システムチェック。

 ――結晶回路の80%を喪失。残存機能による補助回路を形成――成功。戦術判断に問題なし。

 ――未登録の筐体を検出。当機は勇機人の筐体ではない。

 ――戦術判断による繰り上げ。筐体のチェックを保留する。

 ――スペックチェック。

 ――大幅な出力の低下を確認。現在の機体は相転移反応炉の最大出力に耐えきれない。

 ――リミッターを設定――成功。戦闘行動の継続は可能と判断。

 ――ウェポンチェック。

 ――ブレイブソードに該当する装備を確認。エースシールドを喪失。当機の戦闘能力は標準を大幅に下回っている。

 ――外部に未確認の大型生物を認識。

 ――外部に人間の存在を認識。行動様式より親子と推定する。

 ――救難ビーコンより情報を取得。人々が脅威にさらされている。


 ――戦術判断による繰り上げ。ならば今すぐ立て。



「ブレイブエース……」


 己の腕輪ブレスレットをなで、キュレーナは呆然と呟いた。


 ジャ=カイの獣と睨みあう、鋼の巨人の背を見つめる。

 死した騎竜より変じたもの。彼女が持ち出した腕輪はいったい何を喚んだのか。


 機械でできた身体。それはジャ=カイの獣と近く、しかし確実に異なる存在。

 かつて竜の翼であったものが全身の周りを覆い、ロングコートをまとっているようにも見える。

 腰には尻尾が横付けされており、それは剣の鞘のようだ。


 国王サマノト三世は唸る。


「あれはジャ=カイの獣と戦うつもりなのか」


 竜より人の形に変じ、ブレイブエースはジャ=カイの獣に挑む。


「ぎゅぴるるるるるるるる」


 先に動き出したのは獣であった。ブレイブエースへと狙いを定め銃火器を蠢かせる。

 射線を計算したブレイブエースは一度、回避しようと踏み出し。

 しかし何かに気付いて取りやめ、素早く手を伸ばして腰にあった竜の尾を掴んだ。


「ブレイブ! ソォーゥド!!」


 鋼の戦士の手に収まった竜の尾は先端部を開いて光り輝く刃を生じると、剣と化した。

 光の剣を正眼に構えるブレイブエースへと、ジャ=カイの獣が容赦なく攻撃を浴びせかける。


 まるで横殴りの雨のように光条が降り注ぐ。

 城壁すら粉々に砕く破壊の嵐の中、ブレイブエースはその場から動かずただひたすら剣による防御に徹していた。


「なぜ避けないんだ!? やられてしまうぞ!」

「私たちが、ここにいるから……」


 キュレーナの呟きを耳に、ヤンバリガははっとする。

 もしもブレイブエースが回避を選んでいれば、真後ろにいる三人は一瞬で消し炭と化すだろう。


 サマノト王が立ち上がる。その表情は往時の気迫に満ちていた。


「何を呆けていたことか。我らにも戦う道は残っておるというに!」


 三人は急いで走り出した。

 少しでもその場を離れ、ブレイブエースに自由を与えるために。


 人間たちが避難するのをブレイブエースはセンサーで捉えていた。

 十分に離れたことを確かめ、防御に徹していた動きを変える。攻撃をさばき、あるものは弾き消しあるものは受け流す。


 弾かれた光条が地面に突き刺さり炸裂すると、たちまちのうちに周囲が土煙に覆われた。

 立ち込める土煙を睨み、ジャ=カイの獣がいったん銃撃を停止する。自らの攻撃の結果を確かめるべく、一歩を踏み出して。


 瞬間、土煙を突き抜けてブレイブエースが飛び出した。

 全身のスラスターを使い、一気にジャ=カイの獣の頭上まで翔け上がり。


「ブレイブソード! ガンモード!」


 ブレイブソードの刃が消え、柄の部分から折れ曲がる。先端から銃身が現れ、猟銃のような見た目へと変形した。

 放つのは光の弾丸。光が奇跡を描くたび、ジャ=カイの獣の全身にある銃火器が破壊されてゆく。


 ジャ=カイの獣が数多そなえる騎獣たちの首が、苦痛の悲鳴を上げた。


 装甲を翻し、ブレイブエースは建物へと着地。そのまま屋根伝いに駆け抜けながら撃ち続ける。

 ジャ=カイの獣は怒りにかられ、狂乱の赴くまま光条を乱射し、躍起になってブレイブエースを追っていった。


 ブレイブエースは走りながら撃ち続け、冷静に敵の銃火器を潰し続ける。

 そうして傷を受けるほどに、ジャ=カイの獣の狙いはブレイブエースただ一人へと向いていった。

 すでに人間たちの姿など獣の視界に入っていない。


「とぉうっ!」


 頃合いを見たブレイブエースは銃撃を止めるとスラスターを全開で駆動する。

 踏み込みと共に一気に上昇し、街に残った城壁を飛び越えて向こう側へと消えた。


「ぎゅるばああああああああ」


 地響きを立てながらジャ=カイの獣が後を追う。自らが壊し開けた城壁を越えて街の外へと。


「ジャ=カイの獣を連れ出したのか!?」

「あの巨人、俺たちを助けるつもりなのか」


 既に戦いの行方は人の手の中にはなく。

 場所を変えて、巨人と獣の物語はクライマックスへと移る――。



 瓦礫を蹴散らし、ジャ=カイの獣が走る。

 多数ある騎獣の瞳は濁り、意思も感情も読み取れない。しかし激怒しているだろうことは漂う気配から容易に知れた。


「ブレイブソード! ザンモード!」


 ブレイブエースは武器を再び剣の姿へと戻す。

 光の剣を構え、獣と相対し――。


 踏み出したのはブレイブエースだった。

 脚部が、背が開き多数のスラスターが露わとなる。前だけを見つめ、倒すためだけに進む。


 爆発的な推進力をもって間合いを一気に詰めて。


「ぴゅごおおおおおお」


 ジャ=カイの獣は全身から光条を放ち応じる。

 圧倒的な破壊の暴威はしかし、ブレイブエースの機動力を捉えきれない。

 肉薄すればそこは剣の間合い。


「はぁっ!!」


 光の刃が一閃するたび、ジャ=カイの獣の肉体が深く斬り裂かれてゆく。

 獣は手足を振り回すが尽く宙を切り、影すら捉えられない。


 取り込んだ騎獣たちの肉体がズタボロになってゆく。ダメージは無視しえないほどに積み重なり、ついに限界が訪れた。

 体内から赤黒い光が湧き起こる。機械部品が脈動し、傷を負った部分がメキメキと音を立てて再生をはじめ――。


「力の流れが見える。貴様の悪は既に見定めた」


 ブレイブエースの目が、静かに獣の内部を走査スキャンしていた。


 ジャ=カイの獣を支える莫大なエネルギーを供給している、小さな

 エネルギーの流れをたどり、巨大な肉体の中心に存在する種の位置を特定したのだ。


「終わりにする。ブレイブソード、マキシマイズ!!」


 ブレイブエースに力を与える相転移反応炉が、全力で稼働を始める。

 胸に位置した竜の貌が顎門あぎとを開放する。動力炉から伝わったエネルギーが波動となって放たれた。


 エネルギーを受け取ったブレイブソードが、その真の姿を露わとする。

 光で作られた刃が天を貫くほどに伸びる。その威力たるや圧倒的で、余波だけで大地を揺らし嵐を巻き起こした。


 ――それは異なる世界において、強大なる機界魔王を倒すために史上最強の力を与えられた斬魔の聖剣。


 迸るエネルギーの反動に耐え、ブレイブエースがジャ=カイの獣を睨む。

 今の今まで破壊の意思のみを貫いてきたの獣が、この時初めて怯えたように後ずさった。

 その胡乱気な知性ですら理解できたのだ。己に終わりの時が近づいていることを。


「ゆくぞジャ=カイの獣。貴様の悪徳、この一刀にて断つ!」


 ジャ=カイの獣が吼えた。それはただ終わりを近づけまいとする、怯えた鳴き声。

 恐怖は攻撃衝動へと転化され、残る銃火器が必死に光条を撃ち放つ。


 しかしいかなる抵抗も、斬魔の光の中に吹き散らされた。


「天地! 両断! ブレイブフィニッシュ!!」


 天を衝く刃が振り下ろされ、大地と共に獣の身体を真っ向から両断し。

 その中心にあるジャ=カイの種を、影も残さず消滅させたのだった。



「おお……何ということだ」


 人々は見た。天へと伸びる光が下り、ジャ=カイの獣を滅ぼすのを。

 魔法など歯牙にもかけず、城壁すら打ち砕く悪夢の獣。それはもはや動くことなくボロボロと崩れ去ってゆく。


 後に残ったのは取り込まれた騎獣たちの屍と、陽炎を揺らめかせたまま立ち尽くす鋼の巨人。


「ジャ=カイの獣が滅んだ……」

「助かった……俺たちは助かったんだ」

「勝利だ。鋼の巨人が勝利したぞ」


 だがそこに激しい歓喜の言葉はない。人々の間には未だ緊張と警戒心が漂う。

 確かにジャ=カイの獣は滅んだ。だがそこには獣を上回る力を持つ、人ならざる存在が残っている。


 戸惑いに満ちた空気の中、進み出た者がいた。バイマジヤ王国国王サマノト三世である。

 第二王子ヤンバリガと第三王女キュレーナも後に続く。


「父上……大丈夫でしょうか?」

「わからぬ。だがあれは人の言葉を備えていた。ならばまず話し、感謝するが礼儀であろう」


 ヤンバリガは大地に刻まれた深い傷跡を覗き込む。

 こんなものを喰らえば、王都ツンデルモウですら城壁ごと消し飛ばされるだろう。

 我知らず震えが彼を襲う。


「恐ろしいほどの力……本当に味方のままでいてくれるだろうか」

「大丈夫です。きっと」


 ヤンバリガは訝し気な表情を浮かべた。何故そんな確信を抱けるのかと。

 キュレーナは身に着けた淡く光る腕輪を見つめて頷く。


「なぜなら彼は……」


 ――それは勇者の新たなる物語。かつて世界を救った機械の戦士は世界を越え、今再び戦いの舞台に立った。

 それはワンダジス大陸全土を揺るがす戦いの、始まりの狼煙となるのだった。






「ああんっヒャァ!! ジャ=カイの種がぁぁぁん!?」


 王都ツンデルモウより少し離れた空の上、支えもなく浮く影がある。

 まるで道化のような装いをした、しかし明らかに人ではない存在――魔族。


「グゥレイトォ! ビィーストォ! ごとまっぷってブリッブリにヤバいってやつでございますですねぇっ!? いや大神官サンマにブッころころされちゃうかも」


 口では言いつつも、そこに何かを恐れる気配などない。

 顔は奇怪な笑顔に固定され、まるで被り物をつけているかのようである。

 それの真意を、感情を示すものなど何ひとつとしてないのだ。


「フゥー! とにかく、ご報告に上がるしかございますん! それでは人族のミミズ野郎様がた、またお会いする日までしばしのお別れでっござんまーっす!」


 一方的な言葉を残し、それは宙に溶けて消える。

 魔族。ワンダジス大陸にある人族を滅ぼさんと蠢く絶滅の使者。


 それらもまた勇者という存在を前に動き出す――。

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