第64話 一日目第一区間 start your engine!

 翌日。

 参加者の騎士は騎士団の小型飛行船に搭載された。参加者もそれぞれの飛行船に乗り込む。

 港湾地区の沖合に出て、そこからスタート、ということになるわけだ。


 騎士を搭載した飛行船の下層部から周りを見渡す。

 絶好のレース日和だ。青い空がどこまでも続き、下には見慣れた白い雲海。

 フローレンスが次第に離れていく。

 遠くから花火の音が聞こえてきた。


「そろそろ準備いいですか?」


「ああ、いいよ」


 船員が声を掛けてくる。いつも通り防寒着を着こみ、頭巾をかぶり、震電のシートに身を沈めた。準備万端だ。

 上から船員が覗き込んでくる。


「行けるぜ。閉めてくれ」


「では健闘を!」


「ああ、ありがとな!俺に賭けとけよ!」


 親指を立ててGJポーズをしてみる。船員が笑ってキャノピーと装甲版を閉めてくれた。

 コクピットに装甲版の影が落ち、少し暗くなる


 いつも通りのコクピットだが、普段と少し違うのは、サーチを改良した設備らしいものが支給されていることだ。要はチェックポイントの方向を示してくれるものらしい。ただ、単にまっすぐのラインを示すものだから方向補助程度にしかならないだろう。


 一応空図も持ってきているが飛行中に悠長に見ている暇はない。コースのレイアウトは昨日頭に叩き込んだ。

 コ・ドライバーのようなポジションの人が同乗してくれればいいが、ここでは一人だ。自分で覚えないと話にならない。


 左足をフットレバーのベルトに通して固定し、シートベルトを締める。

 今回は右手の武器はいつものシールド転換型ブレードだが、左はシールド転換型カノンになっている。エーテルの弾を飛ばす分ブレードよりも弾切れが早い、と聞いているから無駄撃ちはできない。

 まあ俺はカノンなんてほとんど撃ってないから、使っても当たるかどうかは怪しい。できればつかわずに済むならその方がいい。


 アームレバーを握るって目を閉じるとレーシングカーのステアリングを握っていた時を思い出す。

 海賊と戦うときもアドレナリンが出るが、このレース直前の雰囲気はやはり別格な気がする。異世界まで来て、危険な戦いも経験したしたが、なんだかんだ言いつつ俺はレーサーなのかもな、と思う。


『……さて、全員聞こえるか』


 コミュニケーターからトリスタン公の声がして、現実に引き戻された。


【おお、聞こえてるぜ!】


 誰かの声がコミュニケーターから聞こえた。どうやら今回のコミュニケーターはそれぞれの乗り手同士でも話ができる仕様らしい。

 レースじゃ他チームののドライバーと通信できるなんてあり得ない仕様だが、ピットとの作戦通信があるわけじゃないから不都合はないのかもしれない。これも駆け引きの小道具ってことだろう。


『威勢がいいな。すばらしい。

 勇気ある乗り手の諸君に敬意を表する。正々堂々と戦い栄光を掴んでくれ。では……』


 間を置くかのように沈黙が下りる。演出が上手いな。


『……準備はいいか。さあ始めよう。トリスタン・メイロードの名において宣言する。

 メイロードラップ、開幕だ。

 10!!』


『9!』


『8!』


『7!』


 レースのスタートシグナルがないから目を閉じてイメージする。

 頭の中で縦に並んだ赤ライトが点灯する。


『6!』


『5!』


『4!』


 赤いシグナルが並んでいく。


『3!』


『2!』


『1!』


『ゼロ!健闘を!』


 赤のシグナルが消える。

 トリスタン公の声と同時に係留索がほどけて震電が落下を始めた。

 行くぞ!


 ---


 いつもの感覚で落下していたら、周りの騎士達が猛スピードで前に飛びだしていった。

 あわてて俺もアクセルを踏みつける。よく考えればいつものように10数える必要なんてないのだ。

 第一区間はのどかなパレードランかと思ったがそこまで緩いものではないらしい。

 第一コーナーでの位置取りはレースでは大きな意味を持つがこのレースでは関係ないのは幸いだった。


 フローレンス本島に向けて、騎士団の旗をひらめかせた飛行船や一般の客船がコースを作るかのように並んでいる。

 客船からはたくさんのギャラリーが手を振っているのが見えた。さながらメインストレートの観客席ってわけだ。


 その即席コースを猛スピードで騎士たちが駆け抜けていく。

 近い位置に飛んでいた飛行船が風圧で揺れている。ギャラリーが近くで見たがるあたり、ラリーっぽいな。


 後ろから眺めると、やはり風精ヴァーユの速度は頭一つ抜けているようだ。集団の先頭を悠々と飛んでいる。

 辞めとけとは言われたが、できればアレッタの行くコースを追いかけてみたい。そのためにはここで遅れるわけにはいかない


 すこし震電を上に飛ばしアクセルを開ける。

 シートに体が押しつけられ、視界の下で騎士の集団が俺の後ろに下がっていく。そのまま一気に先頭に近いところまで来た。

 昨日みたマリクの槍騎兵ランツィラーは集団中央とでもいうような位置に居る。

 盾が目立つからよくわかる。まだ様子見って感じだな


 しかし、空戦レースはサーキットと違ってラインどりの自由度が圧倒的に高いのがいい。ラインの奪い合いで接触ってことにはまずならないだろう。

 逆にラインを潰して抜かせないようにするってことはできない。ここは地球のレースとは少し違うところだな


 メインストレートのような区間はあっというまに過ぎ去り、フローレンス本島まで来た。

 いつもの港湾地区の大型の倉庫や飛行船の桟橋、広場では観客が旗をふったりしている。

 瞬く間に後ろに飛んでいく視界の端でシュミットの旗が見えた気がした。


 そのまま猛スピードでフローレンス上空を飛ぶ。

 フローレンスの真上は普通は騎士では飛べない。メイロードラップの時のみの特別コースだ。


 ヨーロッパの空撮映像のような高い尖塔。

 レンガ造りの高い建物も今は箱のように見える。ごちゃごちゃした路地は谷間の様だ。小さく見えるトラムのような路面汽車もおもちゃにしか見えない。

 この景色が見れるのは参加者の特権だな。



 フローレンスの本島はかなり広い島だが騎士の速度なら横切るのにそう時間はかからなかった。

 本島を抜けたところで一度高度を上げる。

 パノラマのように広がった視界に、観客席用の飛行船がいくつも飛んでいる。少し派手目に塗られた気嚢が空の青に映える。


 雲海からは農業地区に行くときに使った櫓のように組み上げられた線路が生えている。

 少し前に白い雲を引くように飛ぶ風精ヴァーユの機影。そして、遠くには農業地区の広い島影。


 線路を辿るようなコース取りで、広々とした農業地区の上空に入った。

 緑の絨毯のような畑が広がっている。畑の麦が騎士の風にあおられて波のように揺れる。

 麦畑を区切る道で子供たちが手を振りながら走ってくのが見えた。


 まだここまでは小手調べって感じだ。

 前を飛ぶ風精ヴァーユもかなり飛ばしているが、それでもその後ろ姿からは余裕が感じられる気がした。後ろから強引に仕掛けてくる騎士もいない。

 騎士同士の戦闘ではまっすぐ飛び続けることはあまりないが、俺としてもまだ速度的には余裕がある。


 農業地区が終わった。陸地が切れて、白い雲海が視界一杯に広がる。

 遠くに4隻の飛行船が見えた。青い空に映える赤く長い旗をはためかせている。これが旗門フラッグゲートってわけだ。


 少し下向きに角度を変え、旗門フラッグゲートめがけて真っすぐ突き進む。風精ヴァーユが真っ先にその間を駆け抜けた。続いて俺の震電。


 チェックポイントを受けたとたん、風精ヴァーユが一気に加速した。

 俺もアクセルを踏む。シートに体が強く押しつけられる。

 こっからが本番だな。

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