第55話 (アル坊やの奢りで)フローレンス料理を食べに行こう・下

「お待たせしました。

 古典料理アンティーカスの一皿目は野菜のスープ煮込みグロジュラーナ炒め米添えリーゾブリテッラです」


 一品目はキャベツのような葉野菜やニンジンとかのような根菜を皿の周りに盛り、真ん中はまさかの米らしいものが盛られていた。


「まずは野菜からどうぞ」


 早速米を食べたいが……はやる心を抑えてナイフで野菜を切る。

 何も味がついてないように見えるが、口に入れると野菜から染み出したスープの香りが口いっぱいに広がった

 多分、コンソメスープとかのようなもので煮込んで味を浸みさせてあるんだろう。柔らかすぎず野菜の歯ごたえが適度に残っていて美味い。


 真ん中の盛られた米らしきものをスプーンですくって口に運ぶ。

 さっくりぱらりとした口当たり、忘れられない味だ。オリーブオイルのようなものでチャーハンのように炒めたっぽい。


「どうしたんです?」


 無言で米をかみしめる俺をアル坊やがいぶかしげに見る


「いや、米の味が懐かしくてさ」


「ディートさんの故郷では米をよく食べたんですか?」


「ああ。国民食だよ」


 この感動はアル坊やには理解できまい。まさか異世界で米が食べれるとは。

 海外での遠征が続くとやはり恋しくなるのは和食だ、というか米のご飯。

 今は割と海外でも和食屋があって有難い。高い割には微妙なケースが多いが。

 個人的は餃子ライスが好きだった。ああ懐かしい。


「これってどこで買える?」


「買うのは難しいでしょうね。

 収穫量が少ないからなかなか出回らないんですよ。今日食べられただけでもついてます」


「……そうか」


 残念な返事ではあるが、買うことができないわけではないらしい。

 農業ギルドにコネはないが、エルリックさんあたりに口をきいてもらおう。


 幸いにも見た目は日本のコメと似ている。きっと白米として炊けるはずだ。それに釜も必要だ。釜でご飯を炊くなんてしたことは無いがなせばなる。

 懐かしい米の味を堪能して、一皿目が終わった。


 ---


 2品目に運ばれてきたのは魚料理だった。二匹の魚大きさが違う魚が皿に並べられている。

 魚を丸ごと焼いたらしく、腹にはなにかのペースト状のものが詰められていた。


「雲飛魚の香草詰めオーブン焼きエルビオ・アロスティーレトです」


 ウェイターがナイフで器用に切り分けて、皿に盛りつけてくれる。


 フォークで刺して口に運ぶと、腹に詰めたペーストから出たオリーブ油っぽいなにかが白身魚のあっさりとした身に回ってたまらないうまさだった。

 秋刀魚も腸を取らずに塩焼きにすると身に油が回るというけど、そんな感じなんだろうか

 ただ疑問なのは、二匹の魚はサイズや顔の形を見る限りどう見ても違う種類だが、どっちも雲飛魚というくくりなのか。


「魚の名前とかないのか?」


「魚は魚ですよ。ディートさんの世界では違ったんですか」


「俺の故郷じゃ何十種類も名前があったぜ」


「覚えられませんよ、そんなの」


 アル坊やがあきれたように言う。日本が細かすぎるだけか。

 雲の海を飛び回る魚を取るのは結構大変そうだし、魚を食べること機会自体があまりないのかもしれない。

 普段の食事でもたまに焼き魚とかが出てくるくらいで、あまり魚料理は見かけなかった。

 一般性が無ければあまり細分化しないで、魚というひとくくりになってしまうのかもしれないな。


「魚を状態とかを見て、ハーブの配合や油の量を調節するんです。

 それが料理人の腕の見せ所なんですよ」


 たしかに、両方とも身の味も形も違うんだが、どっちも実にうまい。

 しかしこの魚の区分の適当さでは刺身を食べるっていうのは期待できそうにない。

 醤油もわさびもないし、これはもう仕方ない。


 料理を食べ終わって一息ついたところで、ウェイターが入ってきて皿を下げて口直しの水を置いて行った。


「次がメインディッシュとなります」


---


 ここまでのクオリティを考えると、メインもかなり期待できる。

 冷たい水、多分井戸からの汲みたての水とかなんだろうけど、それを飲みながら待っていると、ウェイターが大きめの皿を携えて入ってきた。

 テーブルにいかにもステーキ用っぽい、ギザギザしたナイフとフォークをセットしてくれる。


「こちらが本日の古典料理アンティーカスのメインディッシュ。

 大角牛のステーキ、芯肉焼きフラットゥーラレア仕立てダルサングエです」


 ルービックキューブのようなサイズの正方形のステーキが大きめの皿に鎮座している。

 こんな創作料理みたいなのを異世界で見ることになるとは。

 ほとんど赤くて生のように見えるが、ステーキと言っていた以上まさか生肉ではあるまい。超レアな焼き方なんだろうか。

 ナイフで切って口に入れると、ほとんど生に見えたけどしっかりと火が通っていた。


「肉の塊を焼いてその真ん中だけ取り出したステーキです。

 古典料理アンティーカスの看板料理ですよ。食べれてラッキーです」


 アル坊やが教えてくれる。

 生のようなのに全体にきちんと火が通りほんのりとあったかいのはそういうことか。

 しかしなんとも贅沢な肉の使い方だ。

 こんなの地球でもあまりお目にかかったことはないぞ。最高級というだけある。


「どうです?美味しいでしょう?」


「すげー美味い。胡椒の味が久しぶりでいいわ」


 柔らかい歯ごたえが最高にいいが、岩塩と胡椒の刺激が効いた肉汁とハーブのソースもまた美味い。

 それに胡椒の味もなんとも懐かしい。香辛料を味わうのは随分久しぶりな気がする。


「胡椒は魔導士領でしか取れないかなり変わったものですから。

 普通のお店じゃまず見かけないですね」


「地球でも、昔は同じ重さの金貨と交換してたくらいだぜ。今はどこでも売ってるけどな」


「そうなんですね、凄いな。僕も一度行ってみたいですよ」


 適度に酒も回ってほろ酔い加減、アル坊やもなんとなく嬉しそうだ。

 美味しい食事はやっぱり楽しいもんだと思う。


 ---


 しばらくしてウェイターが入ってきて、ステーキの皿が運ばれて行った。

 部屋をどこかで覗いているんじゃないかってくらいに、きちんと間を取って入ってくるのは大したもんだと思う。


「これで終わりか?」


 量もさることながら、ゆっくり食べたせいか結構満足感がある。


「いえ。デザートがありますよ」


 水を飲みながら話していると、ウェイターが入ってきた。


「お待たせしました。

 本日の締めくくりは、刻み氷グロッターラギアットレモンシロップ掛けスクリッポリモーネです」


 テーブルに置かれた涼し気な白い皿には、氷の破片のようなものが盛り付けられている。

 ウェイターがガラスの水差しのようなものから金色の液体を氷にかけた。

 氷がパキパキとちいさな音を立てる。かき氷みたいだな。


「これは?」


「氷室に保存した氷にレモンシロップを掛けたものですね。美味しいですよ」


 わりとこってりした料理が続いたのでさっぱりしたデザートは有難い。

 しかし、冷凍庫もない世界で氷を使ったデザートが出てくるのは驚きだ。というか値段が怖い。

 値札の無い寿司屋で食べているような気分になる。銀座とかの。まあ俺は行ったことは無いんだが。


「……今更聞いてもしょうがないんだが。これってさ、高いんじゃないか?」


「値段を聞くのは野暮ですよディートさん」


 アル坊やがいたずらっぽく笑う。


「気にしないで。さ、食べましょう」


 アル坊やがスプーンで氷をすくって口に入れ、かき氷を食べた子供の用に口をすぼませる

 スプーンですくって、ちょっと大きめの氷を口に入れた。

 冷えたさわやかなレモンシロップが、氷の表面で解けかけの氷のような感触で覆っている。

 舌に触れる半分溶けたようなシロップのレモンの香りと氷の冷たさがたまらん。

 この触感のために氷の破片を大きめにしてあるんだろう。細かい氷にするとシロップが氷を溶かしてしまって単なるかき氷だ。

 体温が下がり酒で少しぼんやりした頭がさえる

 しかし……


「これ作った奴は俺と同じ転生者じゃないだろうな?」


「……うーん、どうでしょうね。わかりません。

 もうフローレンス建国から200年は経ってますから調べるのも無理ですし」


 なんというか、あまりにも手間がかかりすぎている気がする。文明レベルを超えてないか?それとも時代を超える料理の大天才だったのか

 いずれにせよ、どの材料も希少っぽいし料理も手間のかかるものばかりだ。贅沢極まりない。権力者じゃないとできないレシピだな。


 食べ終わったタイミングを見計らったようにウェイターがワゴンを押して部屋に入ってきた。ワゴンには酒瓶とグラスが並べられている。

 金のトレイを恭しくアル坊やに差し出す。上には紙が置かれているようだ。


「ほんとに奢りでいいんか?」


「もちろんですよ」


 アル坊やが紙にサインしながら言う。

 これは請求書にサインしたとかそんな感じなんだろう。

 ウェイターが酒瓶とグラスを机に並べて頭を下げて出て行った。

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