第69話 一日目夜 因縁の再会・上
気分的にはヘルメットならぬ頭巾を壁にたたきつけたくなるところだったが。湯浴みをさせてもらうと少しイライラも落ち着いた。
「終わられましたら食堂へお越しください。食事の支度が出来てます」
濡れた髪をタオルで拭いていると外から声を掛けられた。ここら辺の待遇はしっかりしている。経験の蓄積なんだろうな。
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広い食堂室には乗り手たちがいて、思い思いに食事をとっていた。
地球のレースではドライバー同士それなりに談笑したりするもんだが、同じチームのチームメイトが存在しないためか、こっちでは割と静かでそれぞればらばらにって感じだ。
「お疲れ様です。ご自由におくつろぎください」
ウェイター役であるらしい騎士団の団員が挨拶してくれる。
バイキング形式で食堂の壁沿いにテーブルが置かれていろんな料理が皿に盛られている。
さすがにあの祝勝会の時と違って質素な感じではあるが。この世界ではF1にあたるようなトップレースのはずだがケータリングの質はいまいちだな。
まあテストドライバー時代のことを考えれば十分有り難い待遇だが。
適当に皿に肉や野菜を盛り付けるが、一人で食べるのもなんだか寂しい。
見回すと見知った顔はアレッタしかいなかった。
「ここ、いいか?」
「あ、どうも、ディートさん」
アレッタが挨拶してくれる。別に俺たちは殺し合いをしているわけじゃないから、親睦を深めてもいいだろう。
彼女の前には肉だの野菜を焼いたものや、パンやチーズが山のような料理が置かれていて、俺にあいさつしながらも大きく切ったステーキを口に運んでいる。隣にはすでに何枚かあいた皿があった。
……あの細くて小さい体のどこに入ってんだ。
精霊人は胃袋も大きい、っていわけではない。フェルの食事量は俺と大して差はないしな。
「……今日はいっぱい体動かしましたからエネルギー補給しないと」
俺の視線で言いたいことを悟ったのか、ちょっと恥ずかし気にアレッタが言う。
「……そういえば、聞いていいですか?」
「ああ、いいぜ」
俺も切った肉を口に放り込む。塩気がちょっと強めだがなかなか美味い。
「どうやってあの雨雲を抜けたんですか?
「震電は
「へえ。そうなんですね。すごいです」
アレッタがチーズとパンを頬張りながら感心したようにいう。この辺の理屈をわかってないのだろうか。
「その辺考えてないのか?」
「……私はおじさんの指示と
レーサーが本当の意味で早くなるためには機械というか車体に関する知識がなければいけない。だからレーサーもプロレベルになればちょっとしたメカニック並みに車に関する知識を詰め込まれる。
俺はさすがに騎士の動力や構造に関する知識はそこまで多くはないが、ある程度構造については勉強した。
しかし、アマチュアにはたまにそんな知識なんて全くなくても化け物じみて早い奴はいる。
機体や車に愛されてるとしか思えないタイプ、いわゆる感覚派ってやつだが。アレッタもそうなんだろうな。
話をしているうちに皿の上に置かれていた料理は綺麗になくなった。ここまで食べるとなんというか壮観だ。
最後に大きめのカップに入ったお茶にたっぷりと砂糖を入れる。
俺としては甘すぎるものは好きじゃない、というか胸やけがしそうな量だが。糖分は疲労回復に効くから合理的な食べ方かもしれない。
「……普段は砂糖なんてあまり食べられませんので、この機会に飲まないと」
幸せそうな顔をしてアレッタが笑う。どうも単なる甘いもの好きらしい。女の子らしいといえばそうかもしれないな。
「ごちそうさまでした。また明日もよろしくお願いします」
ぺこりと頭を下げるとアレッタが食堂を出て行った。
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ちびちびとワインを飲みながらパンをかじっていると食堂に一人の女が入ってきた。
皿に少しの料理を盛り、ワインをボトルごと取り上げる。そして、くるりとまわりを見回すとまっすぐこっちに歩いてきた。
にこやかに笑いながら俺の向かいの席に座る。誰だ?
「やあ、ディートレア。あなたと会いたかったですよ」
「誰だアンタ?て言うか……お前がさっきの騎士の乗り手か?」
俺の質問に意味ありげに笑って否定はしなかった、というかそうなんだろう。
湯浴みあがりだからなのか、濡れたとび色の長い髪をゆるく束ねている。
ちょっと垂れた目の柔らかい感じの雰囲気の女だ。美人ってわけではないけど、優しそうでいい奥さんになりそうな感じだ。30ちょい前ってところか。
しかし、フローレンスではあった覚えはないが……
「なんのつもりだ?あんなところで絡みやがって」
ルール違反では勿論ないが、こいつのしつこさのお陰で順位を落とした感はある。あのまま行ければ2位には入れただろうに。何の恨みだ、この野郎。
「私を忘れたのですか?……ってそうか、直接会うのは初めてでしたね」
女が言うと、すっと顔を寄せてきた。
「……そういえばホルストを叩きのめしたそうですね。
実に痛快です。あの小知恵の回る輩の泣き面を私も見たかったですね」
小声で言われた。こいつはホルストのことを知っている。
というかどこかで聞いたぞ。この声、まさか……
「お前……まさか、シス」
思わず声に出そうになったところで、唇に指を当てられた。
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