第49話 フローレンスへの凱旋

 灰の亡霊ブラウガイストがゆっくりと雲間に落ちていく。立ち直る気配は無い。

 戦闘不能なダメージではないはずだが、衝突の衝撃でホルストが気絶でもしただろうか。


「終わったか……」


『ディート、あの機体を捕獲するぞ。今度こそ死体を確認しなくてはならん』


 トリスタン公が言う。一度出し抜かれているから無理もない。俺としても生き延びされて今後も付きまとわれるのは勘弁だ。

 それにあの騎士自体にも価値がある。謎のステルス機構、ガトリングカノン。調べる価値はあるだろう。


 アクセルを開けようとした時、灰の亡霊ブラウガイストから赤い光が上がった。


【やりますね。流石は手練れ。私がシールドを展開させるのを狙っていたわけですか】


 コミュニケーターからホルストの声が聞こえる。やはり生きてるらしい。


【これを渡すわけにはいかないんでね】


 灰の亡霊ブラウガイストからあがる光が大きくなる。火が燃えている。

 そして火を噴く灰の亡霊ブラウガイストのコクピットからふわりと人影が飛び上がり、空中に浮かんだ。あれはホルストだろうか。黒い防寒着を着ているらしく見えにくい


【やはり邪魔な存在だ、あなたは】


 魔法で飛んでいるんだろうか。地が空に浮いている世界なら空を飛ぶ魔法くらいはあっても不思議じゃないが。


【また会いましょう、ディートさん、トリスタン公】


 ホルストらしき人影が飛び去って行く。


「待ちやがれ」


 アクセルを踏もうとすると胸元に激痛が走った。さっきの衝突の時に怪我したか。

 痛みを押し殺そうとした瞬間に、灰の亡霊ブラウガイストが爆発した。真っ赤な火球が膨れ上がり轟音が響いた。爆風で震電が揺れる。バラバラになった四肢が雲海に落ちていく。

 自爆装置付きとは。余程鹵獲されたくなかったってことか。


『くそ!なんてことだ』


 トリスタン公の声が聞こえる。夜の闇に紛れてしまった人間一人を騎士で探すのは無理だ。

 腹立たしいが……あいつとの決着は持ち越しか。


 ---


 周囲を見渡すとほぼ戦いは終わっていた。レナスが何機か周辺を飛び回っているが、海賊側の騎士の姿は見えない。一度後退した騎士団側の飛行船も周囲に戻ってきている。

 ホルストが拠点にしていた岩場からは幾筋もの煙が上がっていた。あっちも陥落寸前ってところか。


『ディート。帰投しろ。ほぼこの空域は制圧が完了したようだ』


 トリスタン公が騎士団員に状況を確認したんだろう。


「帰投しろって、どこへ行けばいいんです?」


 震電を搭載してくれた飛行船は今どこにいるのかがわからない。

 それ以前の問題として、胸が焼けるように痛む。体力的にも限界が近いし、震電の機体自身がかなり危ない状態だ。操縦桿を動かしても手足の反応が鈍い。


 致命的な直撃弾こそなかったが、何発か被弾はしているし、実質二連戦。最後に灰の亡霊ブラウガイストに最高速でタックルを食らわせている。

 ガタが来てないほうがおかしい。

 この状態でいつものように戻れるのだろうか。最後の最後で帰還に失敗して飛行船に突っ込むような真似はしたくないぞ。


『ならばアクーラに着艦しろ。俺もそっちに降りる』


「アクーラ?」


『ダンテの斜め下にいる飛行船だ。あれなら下りれるだろう?』


 言われた通りにダンテの斜め下を見る。

 そこには、何隻かの飛行船に囲まれた大型の双胴式飛行船がいた。サイズだけならダンテより大きい。

 速度を落としながら全体像を伺う。大きめの気嚢を離れて配置し、その間をフレームでつないでいる。そしてその気嚢の上に甲板を渡してある。飛行船空母って感じの船だ。

 甲板にはたくさんの篝火がたかれていて大きさや侵入コースがわかるようになっていた。真ん中らしき場所には広いスペースを囲うように四角く篝火が置かれている。


『あの火の真ん中に着艦しろ』


「あそこに降りるんですか?」


 騎士には着陸用のタイヤ付きの足なんてものはついていない。足はただの足だ。

 速度を落として降りても、甲板が割れるか、脚が逝かれるかのような気がするんだが。


『何を考えているかはわかるが安心しろ。大丈夫だ』


 トリスタン公が言う。どういう仕組みか分からんが大丈夫というなら大丈夫なんだろう。

 スピードを下げながらゆっくり甲板に近づく。飛行機の着陸のように斜めに下るように高度を下げる。

 痛みと疲労で速度の調整は無理だった。アクセルを抜き四角く置かれた篝火の中心に落ちるように着艦する。もう少し華麗に下りれればよかったがもう体力的に限界だ。


 衝撃と痛みに備える。が、予想していた衝撃は来なかった。かわりにやわらかいマットに突っ込むように震電が沈む。

 隣に戦乙女ヴァルキュリエも着艦する。ぼよんという感じで震電がはねた。

 多分柔らかい素材、ウォーターマットのような素材を敷き詰めているんだろう。


『震電を立たせろ。あとは船員の誘導に従え』


 コミュニケーターからトリスタン公の声が聞こえる

 言われた通りに震電を立たせると、船員がランプを振ってこちらに合図を送っていた。

 多分前に出ろ、と言いたいんだろう。なんとなくそのくらいは分かるもんだ。言われるままにフットペダルを踏み込み歩かせる。振動が響いて傷が痛む。


 何歩かあるくと、船員がランプの振り方を変えた。あかりを前に出してこちらを制するようにする。止まれってことだな。

 船員がしゃがむようなジェスチャーをしたので、震電をしゃがませる。船員が手で大きく丸を作った。これでいいらしい。


 しゃがんだらすぐに、がくんと衝撃が走り景色が沈んでいった。何か思ったらリフトだ。大掛かりだなこれ。

 リフトがゆっくりと降りたところは、たくさんのランプに照らされた広い空間になっていた。


 ---


 きしみ音を立てながらリフトが下がりきる。

 すぐに足場が運ばれてきた。待っていると船員が上ってきて装甲版とひび割れたキャノピーが開けられた。


「ご無事で何よりです」


「ありがとな」


 痛みをこらえながらシートベルトをほどく。シートから立ち上がろうとして手に力を入れたら再び激痛が走った。


「大丈夫ですか?」


「すまん……手を貸してくれ。立てない」


「えーと……いいんですか?」


「何を言ってんだ。いいから、早くしてくれ」


 こっちは痛みで脂汗が出そうだっていうのに。


「あー、はい、わかりました」


 なんか遠慮がちに船員が手を伸ばしてきた。

 フォーミュラカーのシートから引きずり出されるドライバーのように、両脇を抱えられてシートから引っ張り出される。

 足場につけられた階段を下りて周りをみわたして、ようやく戦闘モードのテンションから解放された。自然に安どのため息が出る。

 横を見ると戦乙女ヴァルキュリエもリフトで降りてきていた。


 震電の周りには破損した騎士が駐機姿勢で待機していたり、修理を受けていたりする。たくさんの船員が騎士の間を歩き回り何かの作業をしている

 クレーンや予備部品らしき装甲版やアームなどが整然と置かれていた。


「どうだ、ディート。これが我が騎士団が誇る工房飛空艇アクーラだ」


 戦乙女ヴァルキュリエから降りたトリスタン公が声をかけてきた。


「すごいとは思うんですが……それより医者を呼んでくれませんか……」


 空母らしき船を観察したい気はあるが、今はそれどころじゃない

 痛みをこらえつつ背中のボタンをはずして防寒着の上半身を脱ぎシャツをまくる。

 予想通り左の脇腹に真っ赤な内出血の筋が走っていた。最高速で騎士に衝突してるんだ。怪我しない方がおかしい。

 以前に事故った時にも同じようなことになった。その時も同じような跡が出来ていた覚えがある。シートベルトが食い込んでアバラが折れたんだろう。


「……医者はいないんですか?」


 とりあえず鎮痛剤かシップが欲しい。しかし誰も返事をしてくれない。

 周りを見渡すと、トリスタン公は目をそらし、騎士団員は頬を赤くしてうつむいていたり、口を開けていたり、ガン見してたりと、様々だ。

 どうした?


「お前な……ディート。気分は男なのかもしれんが、周りから見ればおまえは女なのだ。もう少し慎みをもて。周りが迷惑だ。

 誰か、女の医官を連れてこい!」


 そう言えば今は女の体なんだよな、と改めて思いだす。つい昔の癖が出た。昔は気にする必要もなかったんだが、こういう時は面倒な話だ。

 シャツを着なおして医官を待った。


 ---


 暫くして連れてこられた医官とやらは、ネコミミを生やした俺より背の低い地の精霊人だった。金色がかった髪に幾筋かの黒髪が混ざっていて、何となくキジトラ風味だ。

 船員の制服に白衣のようなちょっと長めのコートのようなものを着ている。手には救急箱のようなものを持っていた。


「診せてください」


 言われるままにシャツをまくった。周りの騎士団員がこっちをちらちら見ている。チラ見してるのは案外わかるもんだな。

 医官が怪我を一瞥すると何かを口の中で唱え始めて手を傷にかざしてきた。

 傷のあたりが一瞬熱くなり、痛みがとけるように引いていく。


「どうですか?」


 うなづいて返事を返す。これはいわゆる回復魔法ってやつか。

 魔法なんてものをかけてもらうのは、ゲームの中以外では勿論初めての経験だ。希少であるらしい魔法使いが常駐しているところも、流石は騎士団というところだろうか。

 腕をまわしてみるが、文字通り魔法のように痛みがなくなっていた。これは便利だ。


「ありがとう。助かりました」


「傷跡までは消せないんです。すみません」


 ぺこりと頭を下げる。確かに内出血の赤いあざは残っているがこれはぼちぼち治るだろう。


 その後は湯浴みをさせてもらって汗を落とした。普通に考えれば飛行船の中でお湯のシャワーを使うなんて贅沢の極みだが、一応今回は活躍したと思うのでありがたく頂いた。暖かい湯をかぶると堅いシートに縛り付けられてこわばった身体がほぐれていく。


 湯浴みが終わると、冷たい水と、ハムやチーズをのせた焼いたパンと新しいシャツが準備されていた。

 着替えて食事をして、ようやく人心地着いた。


 ---


 軽食をもらってから、震電が置いてある騎士の格納庫に戻った。

 最初は空母かと思ったが、たくさんの騎士を搭載して戦闘を優位に運ぶ、というたぐいの運用をされているわけではないようだ。どちらかというとこれは浮きドッグ的なものってことらしい。レーサー的にいうならサポートカーってところだろうか。


 ちょっと考えればこういうものはあって当然である。

 ウイングやアームに被弾して、墜落はしていないが戦線離脱した騎士は通常の方法では飛行船に戻るのは難しい。だからといって見捨てていくわけにもいかない。

 そういう騎士を収容するために広い甲板を持ち着艦しやすいこういう船は必要になってくるだろう。

 それに被弾した騎士がそのまま戦線離脱というのでは継戦能力に問題がある。

 修理してもう一度戦線復帰できるような修理用の施設はやはり必要だ。


 勿論こういう船はどんな騎士の乗り手にとってはとてもありがたいものではあるが。これだけ巨大なものを建造し維持することができるのは軍隊組織ならではだ。個人商会程度ではとてもじゃないが無理だろう。


 震電はしゃがんだ姿勢で、周りには修理用の足場が組まれている。戦闘は山を越えたからなのか、震電の修理は後回しのようだ。

 改めてみると、震電は右肩の装甲は被弾で捲れ、タックルを食らわせた左肩の装甲も歪んでずれている。

 ガトリングを受けた左手も装甲ボロボロ。ブレード転換型のシールドも多分壊れている。

 キャノピーもヒビだらけ。全身の装甲に焦げ目のようなカノンの被弾あとがある。


 ……こうして見ると、手軽に修理できれるレベルじゃないな、これ。後回しというより手が付けられない、という感じだろうか。

 よくまあここまでもったもんだ。こいつが居なければ俺は死んでいた。まっさらなのを見た時とは違う。改めてわが愛機に愛着がわいた。


「ディート。一杯どうだ?」


 震電を見上げているとトリスタン公が後ろから声をかけてきた。琥珀色の酒の入った瓶とロックグラスのようなグラスを二つ持っている。


「いただきます」


 グラスを受け取ると、なみなみと酒が注がれた。団長殿自ら酌をしてくれるとは光栄だ。


「今回は見事な働きだった。礼を言う」


「お役に立てて良かったですよ」


 グラスを手にしながらトリスタン公がまじまじと俺を見た。


「どうかしましたか?」


「あれほどの騎乗をするのにな……こうしてみると、ただの町娘のような見た目であるな、と思ったのだ。許せ」


「きれいな花には棘があるっていう言葉があるんですよ、俺の国ではね」


「なるほど。お前のはさぞかし鋭い棘だろう。では」


 トリスタン公がグラスを掲げたので、地球と同じようにグラスを軽く触れ合わせて乾杯した。

 少し口に含むとハーブか何かの癖のある味がする。なかなか悪くない味だ。飲みやすいジンという感じだな。もう少し冷えてると美味しいと思う。氷が欲しくなるが、冷蔵庫のない世界ではそれを望むのは無理ってもんだろう。

 トリスタン公はグラスを一息で飲み干す。洋画とかでよく見かけるシーンだが、ちょっと真似できない。


「ディート、お前騎士団に加入する気はないか?」


 トリスタン公が二杯目をグラスに注ぎながら口を開いた。

 騎士団に加入する、か。パーシヴァル公がなんかそういう話をしてたので、唐突感はなかった。


「無論、震電と同クラス、同タイプの騎士を用意する。六騎隊長待遇だ。

 お前の力をフローレンスの平穏の為に使ってほしい」


 力を認められてまっとうにオファーがもらえるのは嬉しいことだ。しかも騎士団長じきじき、というのは、それこそトップチームのオーナーからの直々のお誘いみたいなものである。

 俺がレーサーなら喜んでオファーを受けていただろう。だが。


「そういうのも悪くないのかもしれないですね。でも俺はシュミットから離れるつもりはないんです」


 俺がこの世界にいるのはなぜなのかはいまだに分からない。

 だがこの体はクリス嬢のもので、彼女はアル坊やの側にいることを願っていると思う。


「すみません……」


「なぜだ?」


「まあいろいろありまして」


 トリスタン公がこっちをじっと見つめる。そして、仕方ないと言わんばかりに首を振った。


「そうか。お前がそういうのなら余程の事情があるんだろうな」


 権力を振りかざして入隊を強要することもできるだろうに。この辺は好感が持てる人だと思う。

 フローレンス屈指のお偉方のはずなのに、偉ぶった感じがしない。若いからだろうか。


「だがお前を諦めるわけではないぞ。それは覚えておけ」


「過分な評価を有難う御座います」


 こちらとしても、もう協力しないとかそういうわけじゃない。シュミット商会に迷惑がかからない範囲なら求められれば手を貸すのは吝かじゃない。


「残りの掃討戦はパーシヴァルにまかせて問題ないだろう。

 ホルストも逃亡したし今日の交戦でかなりの騎士を落とした。飛行船もな。

 お前は飛行船で先に戻っていい。一休みしたら他の飛行船に移れ」


「震電は?」


「震電はアクーラでフローレンスに運びレストレイア工房に搬送しておく。安心しろ」


「あまり言いたくなんですが……修理代は?」


 トリスタン公があきれたように笑った。


「当然我々が負担する。心配するな。お前の大事なシュミットに迷惑はかけん」


 まあ今更修理代をこちらに持てなんてことは言わないだろうが、一応確認しておくに越したことはない。


「……これで戦いは終わりだ。あらためて礼を言うぞ、ディート」


 トリスタン公がグラスを一息であおる。そして肩をたたいて歩み去って行った。

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