第39話 決戦
サーチを起動すると赤いラインが空に向かって伸びた。
今までの海賊との空戦はすべて夜だったから、太陽の下で戦うのは初めてだ。
『やっと出てきましたね。遅い。
これ以上待たされたら飛行船を撃ち落とすところでしたよ、まったく』
サーチのラインの先に夕方の赤みが勝った空に浮かぶ一機の騎士がいた。
空中に静止するようにホバリングしている。
騎士は基本的には前に進むような仕様になっている。俺も試したことがあるがホバリングさせるのはかなり難しい。
こいつは……強い。
『初めまして。私はシスティーナ・ファレイ。
海賊団クリムゾンのリーダーです。貴方はディートレアで間違いないですね』
「そうだが……いったい何を考えてる?」
見た感じ海賊の騎士に取り囲まれている感じでもないし、敵の飛行船がいるわけでもない。
そいつ以外には敵影がない。
『私と一騎打ちをしなさい』
「なん……だと?」
『言葉が分からない人なのですか。
今から私と一騎打ちをしなさい、と言っているのです』
「ちょっとまて、これだけの仕掛けをした理由はそれか?」
『ええ。何か問題でも?』
てっきりホルスト・バーグマンの手引きでの奇襲かと思ったが……たまたま逝かれた海賊団に目をつけられたってだけなのか?
「……ホルスト・バーグマンの手下かと思ったよ」
「手下とは心外です。
依頼主はホルスト・バーグマンなのですが。依頼内容はあなたを倒すこと、手法は好きにしていい、とのことでしたので。
あくまで依頼を受けただけであって、あんなカネ勘定しかできない男の下につくと思われるのは不愉快ですね」
やはりあいつの差し金ではあるのか。
ただ、単に俺を殺すだけなら船の中で俺を仕留める方がいいに決まっている。
俺を騎士に乗せる必要はないが、あえてそう仕向けてきたわけか。
海賊にもいろいろと力関係とか好みとかそういうものはあるようだ。
十羽一絡げのならず者集団というわけではないらしい。
「普通に襲撃してこればよかったんじゃねぇの?」
『それじゃあ集団戦になってしまうでしょう?私は一騎打ちがしたいんです。
私はフローレンス近郊、いや、世界でも最強の乗り手という自負があります。
そうなれるように鍛えてました。そこに現れたのがあなたです。興味を持つのは当然だと思いませんか?』
どこの世界にでもいる腕自慢、というより勝負を楽しむタイプか。
レーサーにもこういうのはいた。
「アンタさ……強いやつと戦いたいなら騎士団のほうが向いてるんじゃねえの?
なんで海賊なんてやってんだ?」
『あんな堅苦しいところはお断りです。それに血を見るのもお金も嫌いじゃないですし』
フェルもいろいろとすっ飛んでるなーとか思うときはあるが、コイツも大概だな。
「お前が勝ったらどうすんだ?」
『申し訳ないですけど、あなたのお仲間の船員は皆殺しにします。
ですから覚悟をきめてかかってきなさい』
恐ろしいことをさらりと言ってくれる。
しかしこいつは多分やるだろうな、と思った。地球に居たら
「俺が勝ったら?」
『どうしましょうかね?負けることなんて考えてませんし。
なにか望みはありますか?』
何か望みか……今話した感じ、こいつはかなり性格がぶっ飛んでいるが、話が通じないわけじゃなさそうだ。
「じゃあこんなのはどうだ?俺が負けても皆殺しはやめろ。んなことしなくても全力で行く。
そのかわり俺が勝ってもあんたの部下を騎士団に引き渡したりはしない」
『……あんまりメリットなさそうですね。
私が負けても部下が船を制圧してることには変わりないから私の敵で皆殺し、という風にしてもいいんですよ』
まあ尤もだな。
イカれた戦闘狂かとおもったけど、さすがに海賊のリーダーだけあって頭が回る。これは交渉材料としては弱い。
「じゃあ、俺が負けたら、あんたの部下になる。これならどうだ?
ホルストに引き渡してもいいし、俺を配下にしてもいい」
『なるほど、それは興味深いですねー、悪くない提案です』
「そのかわり、もし俺が勝ったらホルストの居場所を教えろ」
この件は、あのホルスト・バーグマンをどうにかしないと終わらない。
やみくもに海賊と削りあいをし続けるのはあまりにも不毛だ。いつ終わるか分からない。
コイツはホルストにつながる糸だ。このチャンスは逃がすわけにはいかない。
『ということは……私を殺さずに捕まえるつもりですか?』
「ああ」
『捕まえたあと、私も船員たちも解放する?
海賊ですよ?私の首にはそれなりの値が付いてますよ』
「引き渡したりはしない」
『私はあなたを殺しても構わない、というつもりで戦いますよ?
この私相手に制限付きで戦うつもりですか?』
「その通りだ」
コミュニケーターから沈黙が流れる。どうだ?
『噂通り、面白い人ですね。いいでしょう。
ただし腑抜けた動きだったらお仲間皆殺しにしますから。
私を満足させるように全力で戦いなさい』
「言われるまでもねぇよ」
円を描くように飛びながら、相手の機体を観察する。
敵の機体は真っ赤に塗られていて、夕方の赤く染まった空で戦うには若干厄介だ。だが、どうせ射撃戦をするわけじゃない。何とかなる。
機体は赤のカラーリングが派手ではあるが、割と小柄で装甲も簡素な感じだ。
武装は、右手に機体の大きさ並みに長い剣を持っている。エーテルブレードじゃなく、実体型の剣だ。
左はエーテルシールド。
他の隠し玉があるかは分からないが、機動力重視でオーソドックスな近接タイプの震電に近い仕様だろう。
バカ長い剣のサイズを考えれば小回りが利くとは思えない。
初太刀をかいくぐって超至近距離まで飛び込めれば震電のほうが有利とみた。
「しかし、俺以外に近接戦タイプの強襲型に乗っている奴がいるとは思わなかったぜ」
『これはスカーレット。私のとっておきです。
普段は使いませんよ。というより使う必要がないですからね。どいつもこいつもどうしようもない雑魚ばかり。
これを出すということは貴方を買っているのです、失望させないでくださいね。
では始めますよ、いいですか?』
海賊に、腕を買っているのです、と言われてもあまりうれしくない。
だが、この勝敗は文字通り仲間の命がかかっている。絶対に負けられない。
「ああ、来い!」
---
『では行きますよ!』
その言葉を引き金にしたように、ホバリングしていたスカーレットがはじかれたように飛行を開始した。
速い。震電と比べてもおそらく遜色はない。赤いだけに機動力も高いのか。
機体もそうだが、あの速度に耐えるのだから乗り手も相当な腕だ。
速さで優位に立つ、という俺の強みはこいつに対しては無い。
この世界にきて初めて戦う、対等の能力の相手だ。
「速いな。通常の三倍速ってか?」
「流石の私も三倍まではいかないですねぇ」
大きく弧を描くような軌道で突撃のタイミングをうかがう。
機動力ではほぼ互角だ。だがお互いが近接戦仕様である以上、あいつも必ず距離を詰めてくる。
どっちが有利なラインに載せれるかが勝負か。
エーテルブレードはエーテルシールドで防げるが、実体系の武器はエーテルシールドでは防げない
一方あいつの実体系の剣では俺のエーテルブレードは防げない。
リスクはあるが、実体系の剣をもっているあいつの右側を取れるかがカギだ。
膠着していてもしょうがない、先手必勝。
軌道を変え左から回り込むようにして距離を詰める。
スカーレットも応じるかのようにこちらに向けて飛んできた。
剣を構えたのが見える。タイミングを計る。
スカーレットが猛スピードで近づいてくる。
ここだ!左足をひねって右にスライドする。
強烈な横Gが斜めからきてシートに体が押しつけられた。
スカーレットの剣をかわす。右の位置を取った。狙い通り!
「くたばれ!!」
剣が振られて無防備になった右腕とウイングが見えた。左右のエーテルブレードを振る。
完全にとらえたと思ったが、不意にスカーレットがくるりと回転した。
空中で体を入れ替えるようなうごきで、左手のエーテルシールドがブレードの軌道に割り込んでくる。
スピンムーブとか、騎士であんな動きができるのか。
エーテルブレードとシールドが反発し合い震電が後ろに飛ばされる。
「くそっ、なんて動きしやがる!」
『あなた、やりますねぇ。見込み通りです』
仕留めきれなかったか。
アクセルを踏んで上昇する。
仕切り直しだ。
『逃がしませんよ!』
突然コミュニケーターから声が響く。
嫌な予感がして、反射的に左足をひねった。震電の軌道が変わる。
その瞬間キャノピーに一瞬影が映り、コクピットに衝撃が来た。
震電が大きく揺れる。キャノピーを覆う装甲の一部が切断されたように飛び、ガラスにも大きく傷が入った。
何が起こった?
スカーレットの方を見ると、距離はどう見ても剣が届く範囲じゃない。
隠しの飛び道具を持っているのか?
「
「……お前さんがわざわざ叫んでくれたおかげでね。あとはカンだ」
レーサーにとって動物的な感覚は大事だ、コンマ一秒が生死を分けるときもある。
何が起きたかは分からないが、回避しなければ危ないところだっただったとうのはわかる。
改めてみると、キャノピーには縦に長い切り傷のようなものが入っている。切り傷か。
まさか……
「……その剣、伸びるのか?」
『へぇ、初見で見破った人はあなたが初めてですよ。まあいままで戦った乗り手の8割は初弾で死んでるんですけどね。
何処かで見たことがあるんですか?』
アニメの中でね、といってもしょうがない。
見ると、スカーレットの剣がばらばらに分かれて蛇のようにうねっていた。
ロボットアニメや映画ではおなじみの多節剣だが、異世界で実物にお目にかかるとは。
『破損した
スカーレットが腕を振ると長く伸びた刃が雲を切り裂き此方に迫ってきた。
速い。
「くそっ」
軌道を変えて
実体剣での攻撃はエーテルシールドで防げないから、よけるしかない。
戻り際に飛び込もうとしたが僅か二秒足らずで元の長さに戻った。
斬撃は速いわ、戻りも速いわでは、うかつに飛び込めない。
『どうしました!』
再び伸びてきた剣をかわそうとしたら、切っ先が蛇のように変化する。
刃節がとっさに上げた右手の装甲版を切り裂いた。
右手を取られたら終わってたが、操縦桿にまだ手ごたえはある。助かった。
近づこうにも切っ先が早い上に変幻自在だ
多節剣というより鞭のようだ。
一度下がって刃圏の外に出るべきか。
『まだまだぁ!』
下がろうとしたら、スカーレットが間合いを詰めながら
切っ先をかろうじてかわしたが、その隙に距離を潰された。傷ついたキャノピー越しに真っ赤な騎士が迫ってくる。
伸ばした刃節は一瞬で縮み、距離が詰められたときには元の剣になっていた。
速すぎるだろ、このチート武装。
『遅い!』
「クソが!」
震電を斜めに傾けて避けたが、
慌ててブレードを振るがその時にはすでにスカーレットははるか遠くだ。
間髪入れず伸びてきた
『もう終わりですか?』
余裕綽綽という感じの声がコミュニケーター越しに聞こえてくる。
機動力は同レベル。だが距離を詰めなければ機能しないエーテルブレードと
チームで戦うことを前提にして中距離戦を完全にグレッグに依存した弊害が出ている。この距離では何もできん。
空中戦では位置取りの主導権を奪われると圧倒的に不利だ。
襲い来る刃節を避け続ける。今のところはかろうじてかわせているが。
主導権を奪われたまま中距離に釘づけにされていては、ただ削られていくだけだ。
なにか逆転の糸口はないか考えてみたが、反撃のナイスアイディアなんてものは都合よくは出てこない。
この状況を引っくり返すには……気が進まないが、バクチにでるしかないか。
武装の性能差が大きい相手に対して、ローリスクで逆転することはできない。
仕方ない。覚悟は決めた。
「……いや、まだ終わってないぜ」
『この状況でそう言えるのはなかなか大したものですが、何もできないでしょう』
「そうかな!行くぞ!」
アクセルを踏みつけて無防備に突進する。
狙いは一つ。あとはあいつが俺の思惑通り動いてくれるか。
『打つ手がなくて特攻とは興ざめです。死になさい!』
今度は避けない。
あえて刃に向けて突撃する。狙うは刃そのもの。
右手の手のひらで
衝撃がつたわり、刃が鉄を切り裂くすさまじい金属音がした。
右手の操縦桿がびりびりと震える。
「くそったれがぁ!」
もし腕を切り裂き、肩の装甲も切り裂き、そのままコクピットまで切られたら賭けは俺の負けだが……
『終わりですね!』
「いや、まだだぜ!」
右の二の腕まで刃が食い込んで、そこで
流石に手のひらから腕を縦に真っ二つにするほどの破壊力はなかった。
読み通り。
「もらったぜ!」
震電が右から引っ張られる。
だが、右手の装甲に刃が食い込んだこの状態なら剣の形には戻せない。
『わざと切らせた?』
「俺の故郷の言葉だ!肉を切らせて骨を断つ!」
このチャンスを逃せば終わりだ。
アクセルを踏んでスカーレットに向けてまっすぐ突進する。
「ショットガンモード!」
新しく追加されたトリガーを引く。
レストレイア工房謹製のエーテルショットガン。
至近距離なら騎士の装甲は十分に吹き飛ばせるという話だった。
ショットガンモードは確か最大で4連射。エーテルシールドやブレードを使っていた今なら、おそらく撃てて2発。
それで決める。
『させるかぁ!』
震電の右側からバキンという音がして衝撃が伝わってきた。
視界の端で
引きちぎられたか。
だがもう遅い。赤い機体が目の前に迫る。
「くたばれ!」
ショットガンモードでトリガーを引いた。
エーテルの光弾の束がスカーレットの右肩に突き刺さった。
装甲が吹きとび、内部構造がえぐられパイプや骨格が飛び散る。
もう一発!
「くらえ!」
『こいつ!』
さらに距離を詰めての二発目が右手の付け根に命中する。
右腕が根元から吹き飛び、被弾した右のウイングがゆがむのが見えた。
同時にコクピット内にある武装の状態を示すコアが真っ赤に染まった。
こちらの左のエーテルブレードの機能が停止した証だ。
ショットガンモードで2連射したのは負荷がきつすぎたか。
2発被弾してきりもみのような動きでスカーレットが吹き飛んでいく。
が、雲海に落ちる間際に姿勢が戻った。
だかもう今までのようには飛べまい。
だがこちらも被害甚大。
右手は根元から切り飛ばされている。バランスが崩れているから今までのようには飛べないのはこちらも同じか。
それ以外にも被弾多数。左手の武器も機能停止。
お互いに攻撃能力を喪失して、満身創痍だった。
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