第30話 初出撃の後

 最初の出撃から2か月がたった。

 この2カ月の戦績を見てみよう。


 2回目。1週間・2機捕獲


 3回目・4日。襲撃無し


 4回目・1週間。1機捕獲、1機撃墜


 5回目・1週間。襲撃なし


 6回目・10日間・1機捕獲、2機逃走


 これ以降は襲撃はぱったりと止んだ。

 おかげで俺は出番がない。



 此方の世界と地球だと文明レベルとか世界の環境自体とか、いろいろな点で違うが、結構同じ点もあって世界が変わっても人間なんてあんまり変わらない、ということを思い知らされる。

 一つは口コミで噂が伝わるスピードは速いということ。

 顔写真をSNSに乗せてるわけでもないのに、なぜか身元が割れる。どういうルートで情報が流れているんだろう。

 そして噂には尾鰭がつくことも同様だ。


「ディートさん。シュミット家の魔女ソーサレス・オブ・シュミット、ディートレアさんですよね。初めまして」


 親指を上げたポーズのままで話しかけてくる、おそらく騎士の乗り手である男を無視して、ソーセージにフォークを突き刺した。


「ほら、魔女さん、呼んでるよ?返事してあげなきゃ」


 一緒にランチを摂っていたフェルがいつも通り面白そうな顔で言う。フェルはもう食事はおわって、カップに入っているお茶をすすっている。


 最近は、定宿にしている機械油亭、騎士の乗り手があつまる有名な店らしいんだが、此処はもうのんびり食事ができる場ではなくなってしまった。

 以前は、女の乗り手は珍しがられる、という程度だったが、2か月で6機の海賊の騎士を狩った、というのはフローレンスの歴史でみてもかなりまれなようで、乗り手として名が売れつつあるらしい。


 裏方のテストドライバーをやっているときは、オフにサイン攻めにあうレギュラードライバーがうらやましいと思ったもんだが、実際にその立場にたつと、うれしい反面、面倒でもある。頼むから落ち着いて食事位させてほしい。

 地球ではサインをねだるタイミングをファンが配慮するものだったが、こっちでそこら辺の遠慮はない。


「とりあえず、その親指上げるポーズは、仕事がおわった時とか、出撃の時にするもんだから。

 今やるのはおかしいから、やめろ」


「そうなんですか、ディートさんはいつもこういうポーズをされる、とい聞いてまして。

 あやかりたいと思ったんですが」


 噂はある種の伝言ゲームなわけで、ゆがんで伝わってるな。勘弁してくれ、ほんとに。

 ついでにシュミット家の魔女ソーサレス・オブ・シュミットという二つ名も頂いた。まあ音速の貴公子とか、プロフェッサーとか、赤い皇帝とか、トップレーサーには二つ名があるのは常ではあるので周りから認められたということでもあるが、自分につくと顔から火が出そうになる。


「自分は自由騎士をしているリカルド・ディオズといいます。

 ぜひディートさんに海賊相手の接近戦の戦い方についてお聞きしたいと思いまして。

 座らせていただいていでしょうか」


 憧れの視線を向けられるのは気恥しいが、やはりうれしさもある。

 実力を認められ、名を上げる。レーサーの時はそう思ってきた。


「いいか?フェル」


「あたしはいいよ」


「ありがとうございます」


 フェルが椅子を譲って立ち上がった。

 リカルドと名乗った乗り手が腰かけると、ほかのテーブルに座っていた乗り手たちも近寄ってくる。


 どうも最近は俺たちの戦術を真似するというか、似たようなことをしている護衛騎士もいるらしい。つまり、一人が前衛役で切り込み、他が船を守りつそれをフォローする、積極的に海賊の騎士を落としに行くやり方だ。

 ただし、遠距離戦に慣れた騎士の乗り手がスタイルを変えるのは容易じゃない。うまくいかないケースも多々あるようだが。


 武装もカノン一辺倒から、エーテルシールドとエーテルブレードを装備した近接戦対応の騎士が出てきている、とガルニデ親方から聞いた。

 レストレイア工房は仕事が増えて大変らしい。


「俺が先日参加した護衛任務でですね、うまく敵の騎士を追いきれなくて……」


 まあそりゃそうだろうな。


「俺たちの真似をするんなら、前衛と後衛の連携を重視しな。

 お前さんの騎士が敵よりよほどスピードで勝ってない限り、一対一じゃ追いきれないだろ。

 後衛は射撃で敵のラインを制限し、前衛がその隙に距離を詰めるんだ」


「ディートさんはどうやっているんです?」


「俺の震電は高速戦闘用に組んでもらってあるからな。単騎でも詰められる。」


「そこですよ。一体どうやってそのスピードに耐えれるようになったんですか?」


 こことは違う世界でレーサーやっていて、その時のトレーニングで慣れた、などといってももちろん理解されるはずがない。


「なんでだろうな。生まれつきかな。スピードには耐性があったんだ」


「シュミット商会に入社すれば、ディートさんに稽古をつけてもらえるんでしょうか?」


 最近は複座に改良した練習機で、ローディとグレゴリーの耐G向上訓練をしている。

 ローディはまだ若いから、今後どういう乗り手になるにせよ、Gへの耐性は高いに越したことはない。

 グレゴリーはすでにベテランで遠距離戦特化タイプではあるがこちらも同様だ。


 何度か戦ってわかったが、空戦で最も重要なのは一撃必殺の火力じゃない。スピードとそれをコントロールできることだ。

 現状ではおそらく乗り手のほとんどは騎士の最大船速を出せていない。乗り手を鍛えれば、騎士を乗り換えなくてもスピードの底上げができるわけだ。


「さあな。はいれるかどうかは店主に聞いてくれ」


 商会に加入希望の騎士の乗り手もいるらしいが、飛行船の数以上に騎士を増やしてもしょうがないわけで、今はお断りしている、と先日にアル坊やが言っていた。


「そろそろ行こうよ、ディート。仕事の時間だよ」


 延々と続きそうだった話をフェルがうまく切ってくれた。


「じゃあそういうことで」


 まだ何か言いたそうな乗り手たちをその場において俺たちは席を立った。

 食事代は全部商会にツケなので払わなくていいのは便利である。


「あの子、きっとディートに気があるよ」


 ドアを開けて外に出たあたりで、フェルがからかうような口調で言ってきた。


「それだけはやめろ、マジで。俺は男だ」


「でも、見た目は女の子だもん。好きになられてもおかしくないでしょ」


 想像してみるが……フェルとキスするのはギリギリありだが、男とキスするのは嫌だ、断じて。


「あたしが恋人になってあげようか?そうすればよってこないかもしれないよ」


「調子に乗るな」


 ---


 この世界と地球の共通点のもうひとつは、商売にも何事にも流れというものがあることだ。

 レースでもそうだが、負けが込むとチームの雰囲気も悪くなる。スポンサーも離れてしまう。資金が乏しくなればますます結果が出なくなる。まさしく負のスパイラル。

 一方で、結果が出ればチームの雰囲気も良くなる。シーズン中にスポンサーが増えたりはなかなかしないが、オフにはいいスポンサーがついたりする。雰囲気が良くなればツキも案外ついてきたりするもんだ。こっちは正のスパイラル。


 正のスパイラルは商会のホールに表れている。

 今はグレゴリーとローディとトレーニングを終わらせてシュミット商会の1階でくつろいでいるところだが、初めて商会に来た時には閑散としていたホールは、今は何人も商会関係者や飛行船ギルドの関係者でにぎわっている。

 海賊を返り討ちにしている商会、という名声は結構なもののようだ。

 セリエがホールの客にお茶を出して回っている。


「お姉さま、お茶です。」


 最近はセレナは俺のことをお姉さまと呼ぶ。うーん。


「お客様がいっぱいです。

 お姉さまのおかげです。ニキータ様もあんなんですけどとても感謝されてますよ」


 ニキータの対応はこの2カ月あまり変わらないのでさっぱりわからんが、そういうもんか。


「では、アルバート様、ニキータ様、よろしくお願いいたしますよ」


 お茶を口に含んだところで、2回の応接室から二人の男性と、アル坊やといつも通りある坊やに付き添うウォルター爺さん、ニキータが出てきた。


「おあ、こちらが例の……シュミットの魔女、ディート様ですな」


 二人が頭を下げてくる。


「店主。こちらは?」


「エルム商会の店主さんと経理係さんだ。

 エルム商会は先日の仕事で騎士を一基失ったそうで、今後は業務の提携の話をしに来られた」


 かつてのシュミット商会がそうだったように騎士を失えば飛行船の数も減らさざるを得なくなる。


「今後は飛行船はシュミットの2隻と、エルムの2隻の4隻体制になる。それで……」


 アル坊やが意味ありげに笑って俺たちを見回した。


「新規の騎士を建造しようと思う。乗り手は……」


 そこで某クイズ番組のように、勿体ぶって一呼吸おく。


「ローディ、君だ。今後もよろしく頼むぞ」


 おお。

 あの副ギルドマスターに半年で3機目を、などといったが、大幅な前倒しになったな。

 しかもついにこいつにも自分の機体が与えられるのだ。

 ここ2カ月地味なランニングや飛行訓練にも腐らずについてきた点は本当に評価する


「よかったなぁ。ローディ!」


「おめでとう。明日からのトレーニングもますます気合が入るだろ?」


 グレゴリーがローディの肩をたたく。

 この2カ月、商会への加入を希望する騎士の乗り手も少なくなかった。

 あまり表には出さなかったが、思うところはあっただろう。


「ディートにも感謝するように。

 資金の問題をクリアできたのはディートのおかげだぞ」


 ローディがキッと俺の方をにらむ。というか、なぜ睨む。そこは感謝の涙の一つでも流すべきところだろう。


「……俺はてめえの下になんかつかねえ。必ずこの恩は倍にして返すぜ‼」


 俺を指さして言うと、そのままドアを開けて走り去っていった。

 意地っ張り坊やの精一杯の感謝だ。ありがたく受け取っておこう。

 走り去るあたりは若い。


「ローディのお父さんは騎士の乗り手だったんだ。

 海賊との戦いでなくなってしまったが」


 俺の方を向いてアル坊やが説明してくれる。なるほど、それなら喜びもひとしおだろうな。


「しかし、建造費が良く捻出できましたね、店主」


「ギルドから借財をした。皆、一層頑張って働いてほしい。頼むぞ」


 思い切ったな。なんとかまた一機捕獲して借金返済と行きたいところだな。


 ---


 新規の騎士の建造を宣言した日から1カ月ほど、初出撃から3カ月目ほど。

 シュミット商会3機目にしてローディの騎士、フレアブラスⅡが完成した。


 俺のものより少し大きめで、左手には震電と同じくブレードに切り替えられるシールド、右手にはカノンを装備した、中距離近距離のどちらもこなせる汎用機になった。

 ルーキーにこういういろいろできる機体を任せるのは若干不安を感じるが、編成的には汎用機を置いておきたいのは確かだ。


 全体に赤の炎を象った赤い塗装が施されている。

 親父さんの機体のデザインそのままらしい。

 本人はご満悦だが……地球を知る俺的にはゾクのバイクのカウルのフレアラインにしか見えないのであった。



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