第15話 それぞれの決別

 テラスから見下ろしていると、視界のうちに先ず入ってきたのはそれなりに巨大な島だった。

 飛行機の着陸態勢の時のように森とおそらく畑、そして小さな家が見える。

 農業の島、という感じだろうか


「思ったほど大きくはないんですね、フローレンスでしたっけ?」


「何を言っておられるのですか、ダイト殿。

 あれはフローレンスの一部に過ぎませんぞ。本島までは今しばらく時間が掛かります」


 テラスに出てきたウォルター爺さんが応じてくれる。アル坊やは一度部屋に入った。

 少し落ち着く時間が必要だと思う。他人にできるのは静かに見守ることだけだ。


 そして、これはフローレンスの一部か。

 まあ確かにこの島だけでは自治領と名乗るにはあまりに小さい。単なる農村だ


「あれをご覧ください。あの路線をたどった先がフローレンスで御座います」


 改めてみると、テラスから見える島には線路が敷いてある。

 道だと思ったが違った。テラスの格子が一部蝶つがいで開くようになっていたので、それを開けて身を乗り出した。


 線路は長く伸び、島の端も超え、橋になって空に伸びていた。巨大な骨組みで組み上げられた橋が見える。

 すごい……が、崩れたら死ぬだろ、あれ。俺は乗りたくないぞ。飛行船ならともかく。


 橋はかなり遠くまでのび、その先には巨大な島影が見えた。あれがフローレンスか。

 飛行船は体感的にはゆっくり、実際は結構な速度で村の上を通り過ぎていく。


 フローレンスが近づくと島の大きさが見えてきた。

 結構巨大に見えるが、どのくらいの規模かは分からない。佐渡島とかそのくらいの規模はあるんだろか。

 フローレンスに近付くに従い次第に飛行船の数も増えてきた。スピードが段々ゆるんでいく。


「港の水先案内人とかいるんですか?」


 地球では港は港湾管理人等がいて交通整理をしていて、動きがとりにくい船はタグボートとかで牽引されたり、というイメージだが、こっちではどうなっているんだろうか。


「見ていれば分かります。多分ディートさんには面白いと思いますよ」


 おや、アル坊やが部屋から出てきた。涙の跡はもうない。


「面白いって?」


「すぐわかりますよ」


 そう言っているところで、格子に何かがぶつかった。

 鳥か何かか?なんだ?と思って見てみると。


「おお!すごいぜ!」


 そこには両手が羽根になった女の子が飛行船に並んで飛んでいた。鷹の羽のような焦茶色の立派な羽根だ。

 髪の毛の一部や頬からも鳥の羽みたいなのが生えている。

 くりっとした目がちょっと子供っぽい、愛嬌のある顔立ちだ。服装は動きやすそうだが、前合わせのあたりとかがどことなく和服っぽい。


 こういうファンタジーとかそういうのに疎い俺でもこういう種族は見覚えがあった。

 確かハーピーっていうんだっけ?昔なんかのゲームで見た覚えがある。

 空飛ぶ島を見た時も思ったが、こういうのを見ると、ああ、異世界にきたんだな、と思わされる。


「もうじき帰港できますから。もう少し待っていてくださいね!」


 そのハーピーはにっこりと笑って飛んで行ってしまった


「彼女達が港の案内人です。見たことないでしょう?」


「そうだな。ああいうの見ると、やっぱり違った世界だな、って思うよ」


「ディートさんの世界には精霊人はいないんですか?」


「あれは精霊人っていうのか?俺たちの世界は人間だけだよ」


「彼らは地水火風の4大神の力を受け継いだ精霊人です。今きたのは風の精霊人ですね」


 ハーピーという区切りではなく、そういう種族がいるとことか。

 しかし、素朴な疑問もある


「ああいう身体だと面倒じゃないか?手が羽根になってたら」


「精霊人には先祖がえりメタモルフォースという魔法があるんです。

 それを使うとああいう風に羽根が生えたりするんです。普段は人間とあまりかわりませんよ」


 なるほど、改めて周りを見ると、風の精霊人が飛び回りそれぞれ船に何かを伝えている。

 顔まで鳥になっているのもいれば、人間に羽根が生えただけ、という感じのものまでいろいろだ。

 先祖がえりメタモルフォースとやらにも効果の差があるらしい


 そのときドアがノッカーでノックされた。テラスまで音が聞こえる。


「どうぞお入りください」


 ウォルター爺さんが返事をすると船員が一人入ってきた。


「もうあと1時間ほどで入港します。下船の準備をお願いします」


 唐突に違う世界に放り込まれ戻る術も思いつかないが、陸地に戻って、さてこれで一つ区切りになるんだろうか。

 ……だが、この後、俺はどうすればいいんだろう。


---


「勿論、ディートさんの身柄については僕が保障しますよ」


 俺の不安を察してくれたのか、アル坊やが言ってくれた。

 そういわれてほっと安心した。16歳の子供に生活を保証すると言われて安心する23歳男もどうかとは思うが。


「ディートさんがいなければ僕たちはどうなっていたか分かりません。そうだろう?ウォルター?」


「勿論で御座います、坊ちゃま。しかし問題がいくつかございますぞ」


 そうなんだ。確かに解決すべき問題がある


「まずどのような名目でダイト殿を受け入れるか、ということですが……個人的に坊ちゃまが養われるので?」


「ちょっと待った。俺はただ飯食う気はないぞ。

 できればアル坊やのシュミット商会とやらで働きたい。騎士の乗り手としてだ」


 繰り返しになるが、巨大ロボのパイロットは男の夢だと断言したい。

 しかも正式な騎士の乗り手になれたら、念願だったレギュラーシート獲得だ、ちょっと方向性は違うが。

 

 図々しい願いではあると思うが、レーサー時代の経験から言うと欲しいものは欲しいと言わないと絶対に手に入らない。

 向こうから勝手に転がってきてくれるのは、天才的な技術の持ち主か、強運の持ち主か、スポンサーの持ち主のどれかだった。

 いずれにせよ、帰る当てがないなら少しでもこの世界でやりたいことを見つけなくては。


「騎士の乗り手ですか……」


 アル坊やとウォルター爺さんが顔を見合わせる。

 俺が十分に乗れる可能性があるのはさっき見せたと思うが、何か問題があるんだろうか


「如何しましょうか?」


「……それについては海賊に襲われた時に騎士に乗って乗客を救ったから、それでスカウトした、というのはどうだろう?」


「それが最善でしょうか。しかし…ひと悶着あるかもしれませんな」


 なんか懸念材料はあるようだが、俺としてはいい流れ。

 パイロットになりたいというのもあるが、単に食べさせてもらって、ただ生きるだけなんてお断りだ。


「申し上げにくいのですが……クリス様についてはどうしましょう?」


 その名前を聞いてアル坊やが一瞬辛そうな表情を浮かべた。


「海賊の襲撃で僕を守って……死んだ……ということにしよう。そうするしかないだろう」


「……さようですな。船員には因果を含ませておきます。レストレイア工房には私めが」


「……済まない。頼むよ」


 当り前だがまだふっきれるもんじゃないだろう。

 だが俺には何も言うことはできない。


「あとはダイト殿をどういう方として受け入れるかですが」


「頼むから女言葉を使わなくていいようにしてくれ、これだけはホント頼むわ」


「そうで御座いましょうな」


「それに女の振りをしていてもすぐにボロが出てしまうでしょうしね」


 二人がうなづく。


「辺境出身で、男として育てられた女、ってのはどうだ?」


 どっかの小説とか映画で見たことがある設定だがどうだろう?


「ふむ、なるほど、それはよいアイディアですな」


「じゃあそれで行きましょう。それでは、一度船員にまぎれて船から降りて下さい。

 何日ほどしたら迎えに行きます。宿はウォルターが手配しますのでそこでくつろいでください。頼むよ、ウォルター」


「仰せのままにいたします」


 これで当面の身の処し方は決まったか。

 最後に、区切りをつけるという意味で一つやることがある。


「ウォルターさん、ナイフか何か持ってます?」


「ナイフは御座いませんが、刃物でよければ」


 ウォルター爺さんはそういうとステッキをひねり、仕込杖を抜いた。くるりと回して柄をこちら側に、刃を向うにして俺に渡してくれる。

 その刃を少し眺めた。


 どうやって帰るかのあてはまったくないが、帰る当てができるまで俺はこの世界で生きなくてはならない。

 吉崎大都ではなく、この世界の人間として。

 自分のため、という意味では、夢だったレギュラーシートを得るため、そして男の夢であるロボットのパイロット、騎士の乗り手として。

 そして、人のためという意味では、自分を捨ててまで俺に体を譲ったクリス嬢の意思を継ぐため。

 勿論本当の意味で彼女の代わりはできないけど、俺なりに。


 仕込杖の刃をうなじの後ろで髪に当てて一気に引き切った。

 背中の中くらいまであった金髪がさっくりと切り取られる。風に巻かれて何本かの髪が飛んで行った

 アル坊やが息をのむ。


「これは俺の決意表明だ。この世界にいる限り。クリス嬢のために、アル坊や、俺はお前の力になるよ」


 握った髪を差し出す。


「アル坊や、要るか?俺の世界じゃ思い出として髪を取って置いたりしたもんだけど」


 死んだ人の、とは言わなかった。

 少し迷ってアル坊やが髪を受け取った。

 受けとってじっとその髪を眺め、アル坊やは手のひらを開いた。またたく間に髪の束は解けて格子を抜けて行く


「あっ……おい……」


 絹の様な細い金の髪が太陽に輝きながら風に吹かれていった


「いいのか?」


「……良いんです」


 静かに掌を見つめていたアル坊やが大きく息を吸った。


「クリス!大好きだったよ!

 僕は強くなるから!

 守ってもらわなくていいように強くなるから!

 クリスが誇りに思ってくれる男になるから!

 だから見ていて!」


 ……結局のところ、辛くても何処かで別れは受け入れなければいけない。

 涙は見せなかった。ホントに強い奴だと思う。



 はらはらと散った髪がフローレンスの空に消えていった。

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