第14話 朝日と涙
暫く飛行船の周りを周回するように飛んだが、新手がくる気配はなかった。
さすがに海賊団が2機も3機も抱えられるものではないのだろう。
それに2機目がいるなら、一緒に来るほうがいいに決まってる。これで終わりと考えるのが妥当だろう。
『船の下に回り込んでくれ。難しいとは思うがスピードを絞って、船の速度に合わせるんだ。
ぶつからないように頼むぞ。後はこっちで収容する』
「了解」
船の下部に回ると係留用のワイヤーが何本も垂らされ、それぞれにそれとは別の足場を付けたワイヤーで吊られた船員が2人待機していた。
命綱をつけてはいるが、下は雲の海だ。高所恐怖症だったら背筋が凍るどころじゃすまない。
騎士のスピードは飛行船よりかなり早い。
アクセルをコントロールしてサポートカーと並走するような感覚で速度を併せる。
ちょっとでも操作を間違うと飛行船に突っ込んだり、船員にぶつかってしまう。
最後にクラッシュは格好がつかない。慎重に……
少しづつ距離を詰めていくと、肩の装甲部分に船員が身軽に飛び乗ってきた。
見てるこっちが冷や冷やする光景だが…慣れた手つきで、その船員はワイヤーを引きよせ、肩の装甲につけられた係留用の金具にフックを引っ掛ける
「1番係留フックOKです!」
「2番も取り付け完了!」
手際良く肩、背中の翼の付け根、鎖骨あたりつけられた金具にフックをかけていく。
片方の船員がガラスのキャノピーをバンバンと叩いてきた。健闘をたたえる、という感じだろうか。
俺も右手の親指を立てて返す。ちょっと不思議な顔をされたが同じように彼も親指を立てて返してくれた。
いつか、このしぐさを流行らせてやりたいぜ
「ペダルから足を離して!吊りあげます!」
完全にアクセルから足を離すと、荷重がかかったためか一瞬船が傾いたがすぐに立て直した。
ワイヤーが多分ウインチの様なもので引き上げられていき、出撃の時と同じ場所に戻ってこれた。
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「無事で何よりです!ディートさん」
「どういうつもりだ、あんな無茶しやがって!」
キャノピーを開けて船員に桟橋に引き上げられ……アル坊やが駆けよってきたと同時にアヴァロン、というこの機体の本来のパイロットに怒鳴られた。
向こうにはウォルター爺さんや船長の姿も見える。
しかし船を守りきったのに怒鳴られるのはあんまりじゃないだろうか
「あんな無茶な飛び方して、気絶したらどうするつもりだったんだ?」
「ちょっと待てよ、じゃなくて待って下さいよ。
こんなに飛べるんだから、あのくらいみんなやってるでしょ」
「異常な飛び方だっての!あんなスピードはあり得んぞ」
そうなのか?アクセルベタ踏みという程にしたつもりはなかったが。
「それに足止めなのに、敵とすれ違ってどうすんだ。
あれで船が一撃くらったら大変なことにだってただろうが」
それを言われると全く返す言葉もない。
機体の速度の把握ができなかったのもあるが、速度の快感に酔ってしまった俺のミスだ
「それは……申し訳ない……です」
アヴァロンがため息をつき…そして肩に手をおかれた。
「だが、驚かされたよ。こいつはあんな飛び方ができるんだな。
あんたみたいなお穣ちゃんができるんだから、俺も修行が足りないって思うぜ。すごかったよ」
アヴァロンが右の拳が差し出してくる。
これはこの世界の挨拶か?どう応じればいいんだろう
「右の拳をあわせてください」
気を利かせたアル坊やが教えてくれる。
右の拳を差し出すと、コツンとぶつけられ、そのまま右の拳を左胸につけるようなしぐさをされる。俺も同じようにまねをしてみた。
「俺も負けないように腕を磨くよ。助けられた。感謝する」
「騎士が右手に持っていた剣で切り合っていたころの名残です。
健闘をたたえる、乗り手の挨拶ですよ」
アル坊やが補足してくれる。なるほどね。
「クリスティーナ様、でしょうか、ディート様でしょうか、助けられました。
船員、お客様、全員が無事でしたのは貴方のおかげです。船長として感謝します」
アヴァロンに代わって船長が進み出て深々と頭を下げる。
感謝されるのは悪い気分じゃない。
「夜が明けるころにはフローレンスに着きます。
部屋を用意いたしましたので、アルバート様ともどもおくつろぎください」
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とりあえず最上層の空き部屋をあてがわれた。
俺たちの元の部屋はガラスドアは割れてるは、鏡台はめちゃくちゃになってるわで、とても使える状態じゃない。
運ばれてきたサンドイッチやスープなどの軽食を取って、ようやく一息ついた。
「ダイト様」
食後に勝利の美酒でワインを飲んでいると、ウォルター爺さんが立ち上がった。
「命を顧みず、我が主の危機を救っていただいたこと、心より感謝致します」
腰を90度曲げる最敬礼だ。
「いや、そんなことはいいですよ。
危ない場面もありましたけど、どうにか勝てて良かったです。
それに黙ってれば俺だってどうなってたか分かりませんしね」
違う世界に飛ばされたあげく、運を天に任せるのは性に合わない。
アル坊やを守るため、とかそういうのもあったが、自分が生き延びるためというのもあった。
「そうであっても、このウォルター、恩はいずれ必ずやお返し致します
もう此処まで戻れば騎士団の守護空域です。安心しておくつろぎください。
私は茶でも手配してまいります」
そういってウォルター爺さんは出て行った。
「もうじきフローレンスが見えますよ。外に出ませんか?」
アル坊やの勧めに従いテラスに出てみる。
テラスは105号室と同じような装飾が施された格子があり、それ越しに上り始めた太陽が見えた。
嵐のような時間だったがようやく朝が来て、無事次の日に行けたようだ。
「ディートさん、すごい戦い方でしたね。あんな攻撃は初めて見ましたよ
「そうなのか?どこら辺が?」
「あんなふうに一気に敵に近付いて撃ち合うなんて。僕は見たことないです」
この世界の騎士の戦闘は距離をあけての撃ち合いが主で、至近距離の撃ち合いや剣での切り合いは想定していないんだろうか。
だが思い返すと、さっきの俺の機体にも敵の機体にも剣とかそういうのはついてなかったな。
しかし、何とか無事切り抜けて、アル坊やも守れた。
何が何だか分からない状況は相変わらず変わりはないがひとまずよかった。
「あ、フローレンスが見えてきましたよ、ほら」
アル坊やが指を指すと、登り始めた太陽に照らされて真っ赤に染まる水平線、というべきか空平線というべきか分からんが、その向こうにかすかに島らしき影が見える。
「クリスと一緒にこの船に乗ったのが4日前でしたけど……なんか随分昔みたいな気がします」
クリスか。この身体の持ち主。なんで俺はここに来たのか……
「あのさ、アル坊や」
「なんですか?ディートさん」
「さっきさ、騎士を倒して戻るときに、ありがとう、って言われたんだ。
あのアーロンか船長が言ったんじゃないかと思ったんだけど、そうじゃないっていわれてさ。
それに、この世界に来る時にも、守ってやってくれ、と言われた気がするんだよな、今から思うと」
「そうなんですか?」
「誰のことだかさっぱりわからなかったんだけど、あれってクリスって子の声だったんじゃねぇかって思うんだわ。
こうなることがわかったから、俺にこの体をくれたのかもしれない。
自分じゃ守れない、と思ったのかも。お前を守るために」
もしそうならば、たとえ自分が消えてしまってもこうなることを望んだってことだ。
自分の命よりも大事に思うものがあったってことだ。俺にはまねができない。
「だからさ……お前を守れてよかったよ」
「そうですか」
風がテラスに吹き込んできて後ろで押さえていた髪が舞いあげられた。
相変わらず鬱陶しい。バサバサとはためく長い髪を抑えて横を見た。
アル坊やが泣いていた。声を殺して。
俺は慌てて目をそらした。
男が黙って泣いているときは、見なかったことにするのが男のマナーだと思う。
それに、こんな時に何か言ってやれるだろうか。男だろうが女だろうが。
好きな人が自分を守っていなくなったときに。
何を言えばいいんだろうか。
多分何も言えやしないのだ。
風の音と、飛行船のプロペラが回る音だけが響いていた。
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