二種類の物語 光と闇

 昔からライトとダークは同じ村で暮らしていた。

 幼馴染として共に遊び、夢を語り合った。

 けれどもダークは意地悪でいじめっ子気質でもあった。弱い者を見ると追い詰めずにはいられず、そのためにライトが注意して回った。

 転機が訪れたのはある日のこと、ダークが貴族の家からペンダントを盗んできたことだ。当然のようにライトは止めた。返すように求めた。だけど、ダークは素直に従わなかった。

 その日は代わりにペンダントを返したが、自分が盗んだと勘違いされて、殴る蹴るの暴行を食らった。

 それからもライトとダークの関係は続いた。けれどもどうにもぎくしゃくしていて、違和感がある。亀裂を無理やり繋ぎ止め、ごまかしているようでもあった。

 そしてある日、彼は言う。星の流れる夜のことだった。

「俺は無理だ」

 ポツリと零す。

「無理って、なんで?」

 首をかしげた。

「俺はどうあがいても善にはなれない。俺には悪の心が巣食っている。どう取り繕っても俺は黒でしかないんだ」

 そんなことはないと否定はできない。

 彼は悪だ。それはいままで彼を見てきたライトが証明している。

「今でもお前を殺したくて仕方がないんだ。誰かを傷つけたくて仕方がない」

 そんな自分を抑えられないのだと彼が言う。

 途端に胸がざわついた。背中に戦慄が走る。冷気があたりに立ち込める気配がした。

 やがてダークはゆっくりと立ち上がる。

「もう無理だぜ、俺たち」

 かすかに笑った。

 それは別れを切り出す顔だった。

「俺は行く。どうせなら悪に染まりきってやる」

 誰にも止められない。

 彼は行ってしまう。

 そうしてダークは村から去った。

 彼を追いかけ、ライトもまた村を旅立つ。



 今でも思い浮かぶ彼のはなった言葉が。

「俺はどうあがいても悪にしかなれない。だったら成り上がってやるよ、悪の帝王にな」

 そう彼は堕ちたわけではない。自分の意思でそれを選んだ。

 支配される側から支配する側へ。

 頑なな決意を固めて。

 彼を止めなければならない。そのために彼は旅を続けている。


 しかし一番の目的は英雄を目指すこと。

 彼はヒーローに対する憧れを持っていた。

 できるわけがない。お前なんかが。

 口々に言われた。

 旅をしている最中も、何度も。

 誰に対しても認められることはなかった。

 それでもただ剣技を磨いて、戦い続けた。


 ダークと出会っては戦いを挑んだ。

 けれども太刀打ちできず。

「お前にゃ無理だ。またの機会に預けよう」

 そう言って彼は剣を収める。

 その態度がとても悔しくて歯噛みをした。

 雨の中、何度も何度も拳を地面に叩きつけた。

 なぜ自分は弱いのだ。

 嘆き悲しく、怒り狂った。


 やはり自分では無理なのかもしれない。

 そう甘くはない。

 分かってはいた。

 それでも手を伸ばすことはやめなかった。

 前に進むことしかできない。

 それ以外は許されていないとでもいうように。

 ただそれしか、できなかった。


 それからまた経験を積んだ。

 その時にはお尋ね者を倒せるくらいには強くなっていた。

 それでもまだ足りない。

 英雄と呼ぶには、まだ。


 そんなある日のこと、魔王が台頭した。

 ライトもまた魔王軍の一味と戦った。

 彼らに戦いを挑んでは勝利を収め、次第に目を付けられるようになっていく。

 名声は上がっても彼は一人だ。

 味方はおらず一人で戦い続ける日々。


 そうした中、ダークが自ら姿を現した。

 荒野の出来事だ。

 夜、月に照らされた彼の姿は迫力があり、怪人のようだった。

「手を組め」

 彼は突きつける。

「いきなりなにを言い出すんだ」

「いいから。さっさとしろ。俺の命令には逆らえんぞ」

 有無を言わさぬ態度。

 事情は分からない。

 ただ、従わざるを得ない状況なのは確かだ。

 なにせライトは一人。このままでは袋叩きにあって潰されてしまう。そうなる前に仲間を集めなければならない。

 ただ、それがよりにもよってダークとは。


「俺は世界一の悪になる。そのためには魔王が邪魔なんだ」

 承諾した後に彼は心の内を打ち明けた。

 結局、彼は改心しないようだった。

 それはそれで彼らしい。

 絶対にブレないし、動かない。そんな安心感すら覚えた。


 そして、彼らは共に戦う。

 時には背中を預け、またあるときは食事をし、キャンプを張った。

 あるとき彼は口にした。

「お前は強い。だからこそ、俺はお前にふさわしい相手にならねばならん。そのために一番よい場所へ行かねばならん」

 それは確固たる意思。

 決して止められるもの。

 それが分かっているからこそ、ライトも口出しをしなかった。


 そしていよいよ城に突入。

 四天王を倒し、魔王と対面。

 戦いを挑んだ。

 連携攻撃を仕掛け、追い詰める。

 敵の強大な攻撃もライトが防ぎ、ダークが特攻を仕掛ける。

 戦いは一瞬だった。

 だが彼らにとっては永遠にも似た長い期間、戦っていたような気がする。


 そして止めの一撃。

 振り上げた剣が魔王を切り裂いた。

 今、目の前で血を流して倒れる固まり。

 魔王だったもの。

 それは跡形もなく霧散し、煤と化した。


 決着。


 魔王は討伐された。

 邪魔者は排除。

 それは同時にライトとダークの協力関係が断たれるということ。


 塔の中に風が吹き荒れる。

 空が曇ってグレーに染まる。

 不穏な空気が流れる中、彼らは共に口を開かなかった。


 互いにとっての唯一無二の相手。

 ただ一度切りのライバル関係。

 それ以上はない。

 だからこそ決めなければならない。決着を。


「しかるべき場所でお前を待つ」


 最後に残された塔の中でダークは言った。


「ああ」


 ライトも答えた。

 そして二人は荒野で再び出会う。

 鋭い風が吹き荒れる中、彼らは戦った。

 結果はライトの敗北。

 倒れる前に、ダークは言う。


「お前の最大限の幸福を祈る」


 それっきり。

 風がやんだ。

 ここに因縁は断たれた。

 本当の意味でライトの冒険は終わりを告げたのだった。

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