復讐から始まる物語

 月が浮かぶ闇夜に叫び声が響き渡る。

「やあああああ!」

 鬼のような形相で剣を振り上げる。

「なんだいきなり」

 攻撃を避けて、退く男。

 女は果敢に挑みかかる。

「待ってくれ。俺にはなにがなんだか」

「とぼけても無駄よ。お前なんでしょ? 私の弟を殺したのは」

「はあ!?」

 とぼけているのはそちらのほうではないか。

 なにがなんだか分からない。

「許さない。私はお前を絶対に許さない!」

「俺はそんなことは知らない。人なんて殺したこともないし」

「嘘よ。だって私はこの目で見たのよ。雨の日の夜、去っていく影を」

 噛み付くような勢いで主張する。

 けれども彼にとっては知らない。なにも分からない。ただこの状況に置いてけぼりを食らっていた。

 さすがに彼女も気づいたらしい。殺人鬼にしては覇気がない。邪気も感じない。

 仮に自分の弟を奪った犯人であれば本性をあらわに煽るはずではないかと。

 やれやれと首を振る。

「分かってくれた?」

 声をかける。

「ええ。そうみたい。お前は無実だったってわけ。それはいいけど」

 ツンと引き締まった顔を相手に向ける。

 すると急に青年は罰が悪そうに口をすぼめる。

「なによ」

「それは、その」

 目をそらす。

「別になんでもないんだ。本当に」

 なにかを隠していることは明白だった。

 そうした中、不意にポケットからなにかが落ちる。

 それは銀のコイン。売ればまとまった金が手に入る代物だ。

「それ、うちから盗んだものでしょ?」

「え、ああ……偶然じゃないかな」

 汗をかき、目を泳がせながら、ごまかそうとする。

「嘘。お前、私のところに入ったでしょう?」

 睨みつける。

 これは言い訳ができない。

 そもそもなぜ彼女が彼に狙いを定めたのか、それは家の近くを徘徊していた影があったからだ。それが殺人鬼の正体ではないかと踏んだのだが、外れ。だが、ここに来て盗人の犯人は分かった。

 始末をつけるか否か。迷っていると急に彼が口を開く。

「俺もお前が追ってる奴には興味があるんだ。あいつ、俺から大切なものを奪っていったしよぉ」

「それ、盗品なんじゃないの?」

「そんなことはない。列記とした宝物だ。そうだな売れば億はくだらない。国宝とも言えるぜ」

 高らかに言う。

「へー、つまり、目的は同じってわけ」

 釈然としないが納得はした。

「分かったわ。組みましょう」

「え、本当?」

 ため息まじりに言うと、彼は食いついてきた。

「別にあたしはお前を許したわけじゃない。だけど、組んだほうが都合がいいでしょ」

「そうだな」

 彼も肯定するようにつぶやいた。

「俺もあんたに従うよ」

 決して許されたいから協力するのではない。

 自分がやるべきだと思ったことをやる。ただ、それだけだ。

 彼女にとって自分は単なる悪人であり、盗人でしかない。許されないことをしたという自覚はある。それはそれとして、動かない理由にはならない。むしろ、やらかしたからこそ積極的に解決に挑む必要があるのだ。


 それから二人は旅を進める。

 しばらくはギスギスとした空気感だった。なにせ彼女が心を開かない。相手を絶対に許さないと決めていたし、絶対に認めるわけにはいかなかった。

 けれどもそんな空気に嫌気が差したのか、ついに彼は次のようなことを口に出す。

「もっと仲良くしようぜ」

「嫌よ」

 きっぱりと断る。

「そんなことを言わずにさ」

 苦笑いをしつつ訴える。

 けれども彼女の反応は変わらなかった。

 そうしてしばらく経って、二人は河川敷にやってくる。草むらの上に座り込んで、上を見上げる。

 それから彼は徐ろに語りだした。

「金がなかったんだよ。病気の妹がいてさ。そいつを守るために盗みが必要だった。俺は普通に生きてもどうにもならないから、それで」

 相手にも事情があったのだ。

 そうと分かっていた。

 そうでなければ罪は犯さない。

 分かってなお、彼女の心境は複雑で、もやもやとした感情が流れ込む。

「愛していたんだ、本当に。唯一そこにあったのは宝物らしい。売れば億というには言い過ぎだが、それは確かに売れるものだったんだ。だけど、そいつはどうしても渡せなかった。妹にとっての大切なものだったからな」

 淡々と口に出す。

 太陽が陰った。

 その肌に影が差す。

 どこか寂しげな横顔だった。

「俺は宝物を失ったよ。一夜にして、二つも」

 口に出す。

「帰ってきた時、そこは惨劇の後だったんだ。ベッドは血まみれ、金品はまるごと盗まれていた」

 唇を噛む。

 その顔が曇っていく。

「後で分かったんだ。俺のせいだって。俺が厄介なものと関わったから。そいつと出会っちまったから、目をつけられた。それから俺は奴を追った。あいつが大切にしていたもんを取り返さなけりゃならねぇんだって」

 噛み締めるようにつぶやく。

 そこで気づく。

 彼は自分と同じだったのだと。

 よくよく考えると罪を犯そうとしているのはこちらも同じだ。それも殺人という名の罪を。

 そんな自分が誰を責められようか。いくら潔癖を貫こうとしたところで、自身が清らかな身でなければ、どうにもできないというのに。

「そうね。お前は、そういうものだったのね」

 心の中のもやもやは消えない。

 罪は罪。

 どこまでいっても盗人だと。分かっていたから。

「でも、今だけは罪とお前は切り離して見ることにするわ。今だけはお前を見る。そう決めたの」

 女はそっと微笑みかけた。

 その様を見て彼もまた笑った。


 それから旅を進めた。

 分かったことがある。

 相手は宝玉を狙っている。それは集めた分だけ力が集まるような代物だ。

 その宝玉に心当たりがある。

 ダンジョンの森に先回りして行ってみると、確かに彼は姿を見せた。


 仇を目の前にしても自然と心はないでいた。

 一人では分からずとも二対一。

 勝てる。

 そして戦いは始まった。

 剣を抜き、剣戟を交える。

 青年が攻撃をひきつけ、隙を作ったら、女が攻める。

 攻防一体。

 相性は抜群。

 あっさりと男を追い詰めていく。

 しかし、それでもなお、男は余裕だった。

 そしてついには嗤い出す。

 なにかがおかしい。おかしくてたまらないというように。


「なんだ、なにが言いたいの、お前は?」

 問いかける。

 男は答えない。

 その代わりに皮膚には紋章が浮かび始めた。それはまた呪詛を肉体に帯びたように。

「まさか」

 合点がいく。

「分かったか。ならば仕方があるまい」

 すっと口を引き結んで彼は答えた。

「俺を殺せばお前も死ぬ」

 男は告げる。

 一気に場の空気が静まり返り、冷却していくのが分かった。

 これは詰み。

 いや、違う。

 裏を返せば、殺せるということ。

 自分の命すら顧みなければ。

「お前、なにを……」

 一歩を進む青年。その背中に向かって女が呼びかける。

「俺はいままで散々悪事を働いた。ただの盗人。小者だったかもしれない。けど、罪は罪なんだ。だからこうして、その泥を請け負う義務がある」

「待って。お願い」

 悲痛な声を背中に浴びる。

 けれども青年は迷わなかった。

「リッド!」

 彼女の声が聞こえた。

「やあああああ!」

 剣を振るう。

 斬り裂く。

 血が吹き出す。

 男が地に沈んだ。


 呼応するように闇が空を塗りつぶす。

 そしてそれは青年の心臓に釘のように刺さり、呪った。


「私はお前を絶対に許さない」

 彼の元まで駆け寄って、涙ながらに訴える。

 けれども男は薄く笑って、返すだけだった。

「よかったじゃないか、これで。大切なものも取り戻せた」

 ああ、ああ。

 自分の代わりに彼が殺した。

 彼がその身を穢れから守った。

 彼が、守ってくれた。

 救ってくれた。

 自分は生きている。

 それなのに、満たされたのに。

 どうしてこうも悲しいのか、むなしいのか。

 それはきっと彼を想っていたから。

 大切だと分かっていたから。

 彼と共に過ごした日々は宝物。かけがえのない日々だった。

「あああああああ!」

 夜の森に慟哭が響く。

 涙に濡れる女の顔を雨が濡らした。

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