心象風景

 頑張れる人が羨ましかった。

 努力なんてつらいだけ。頑張っても報われないのなら、しても意味がない。

 そんなことを思っていた。


 もちろん、私もそんなに悲観的ではない。

 昔は努力を重ねていた。

 身体能力を上げるために、走り込みをしたり、自主学習に取り組んだり。

 でも、結局、それになんの意味もないことに気づいてしまった。

 いや、それは言い訳か。単に、面倒になっただけ。

 不意に糸が切れたようになにもしなくなった。やる気が失せて、遊びに熱中する毎日。成績は落ちるし、できていたこともできなくなった。


 努力をするメリットとはなにだろう。自己満足に浸れることか。努力家と思われることか。その成果を身を持って味わえることか。

 誰に言われたことでもなく、自分の意思で頑張ったことならば、山程ある。

 うまくなりたいと思って練習を重ねた。でも、自分は底辺のままだった。だからやめた。それだけの話。


 もし仮にと思ったこともある。本気でうまくなろうと思って、自分のできない部分を直そうとしたり、研究を重ねたらと。

 努力の仕方が分からなかった。ただ、がむしゃらに行程をこなせばいいとだけ思っていた。だからなにも進歩をしなかった。

 なんのための努力なのか。私は知らなかった。


 だけどきっと無理なのだろうと感じてしまう。私は好きなものを嫌いになった。それだから、苦痛にしか思えない。

 なんだってそうだ。たとえ好きなことでも、やりすぎると飽きてしまう。うまくなることを目指せば、その分だけ苦痛になる。


 努力をしなくなった理由はなにだろう。

 嫌になったから? やる気が失せたから?

 もっと肝心な部分があるような気もするけれど、はっきりとしない。

 本当はなんだってよかった。報われなくても、褒められなくても。

 期待なんてしていなかった。誰に言われてやったことではないのだから。


 だけど、なにも得られなかったのは確か。

 なにもしないことで得られる、楽も知ってしまった。

 その安寧に浸り続けた。

 なにもない。

 それが今の私。


 時々、思い出す。

 中学校時代のこと。

 皆、輝いていた。未来に向かって、努力を重ねていた。

 スポーツに勉強に、習い事に。

 私はなにもしなかった。全盛期にわずかな期間だけ全力を尽くして、その後はその貯金を使い潰した。


 ふと思う。

 私は彼らの中にいてもよかったのかと。

 当時はなにも気にしていなかった。ただ楽しいと。このクラスでいるのは幸福だと。そんなことしか考えていない。


 友達はいなかった。知り合いはいた。

 クラス全体が仲間だったから。


 私は消極的だった。否、無関心とも呼ぶべきか。

 声をかけることはまずない。

 周りから話しかけてくれるのを待つだけ。

 それでも構ってくれる人はいた。仲良くしてくれる人はいた。

 だからそれで満足していた。


 友達なんて欲しくはない。

 付きまとわれ、遊びの約束をする。

 それが当然だ義務だと押し付けられる。そんな関係にはなりたくない。

 それならば広く浅くのほうがいいでしょう。

 私とはそういう性質を持っていた。



 私たちは最強だった。

 チームワークも実力も。

 下の学年からも慕われ、卒業式では大勢が泣いていたと聞く。それくらい、影響力も大きかった。


 だけど、私はその中で唯一、なにもなかった。

 なにも、活躍なんて、できなかった。

 逃げたのだ。全てから。

 努力から、前に出ることから。そのほうが楽だから。


 あのクラスは好きだった。

 だけど今となっては素直に喜べないし、自慢もできない。

 いっそ目をつぶりたくなる。


 光が影を濃くするように、私そのものも、暗くなる。

 あのクラスにおいて、私だけが影だった。


 それでも、ふと思い出してしまう。

 今でも毎日のように夢を見る。

 学校に通い、卒業をする日を。

 誰かの顔が見える。

 名を呼んだ。

 笑い合っている。


 その光景が好きだった。

 皆が仲良くできる環境が、力を合わせて努力をして、困難を乗り越えるビジョンが。


 でも、そんなものは砕け散った。

 もはや、手に入らない。


 その思い出はおぼろげで、曖昧。今はなにが起きたのかすら、覚えていない。ただいくつかだけ、鮮やかに残るものがある。

 それこそ、心象風景のように。 


 敵も味方も一丸となって戦った体育祭。

 体を張ってタイヤを奪い合った、タイヤ引き。

 声を枯らして叫んだ応援合戦。

 へとへとになって初めて頑張ったと実感した、フォークダンス。


 映画の挿入歌えある、英語の歌詞に挑戦した合唱祭。

 伴奏と式を合わせ、音を重ねる。

 映画と同様の手拍子に合わせ、笑顔で歌った。

 本当は笑うつもりはなかった。だけど後半、どうしても楽しくて、幸福で、思わず笑みがこぼれてしまった。

 指揮者がパフォーマンスのようにターンして、一時、「おお」と歌が止まる。そんな光景すら、鮮やかな流れだった。


 練習段階から評判がよく、本番も反響が大きく、下級生からもすごいと憧れの目で見られた。


 対照的に卒業式の合唱は泣きすぎて、ぐだぐだになった。


 その後の食事会。

 スキー場のレストランで、バイキングを食べた。

 それから皆で雪の斜面をソリのようななにかで滑り落ちた。


 ぱーっと遊んで、いっぱい笑った。

 楽しくて輝かしくて、だからこそ、寂しかったし、切なかった。


 大好きだった。

 あの日々も、仲間たちも、なにもかもが。


 絆なんてものじゃない。

 仲が良かった。ただ、それだけ。

 過去も考えも心情も知らない。

 ただ、私たちは一つだった。

 だからこそあの学校で、あれだけのことを遺せたのだと思う。


 時が流れて過去になった後も、私の魂はいまだにあの校舎に閉じ込められたままだった。

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