虚無

 死にたいと何度も思った。


 子どものころはいじめを受けた。

 味方は一人もいない。

 教師は何度も呼びかけた。


「クラスでいじめが発生していると聞きました」


 ただ、それだけ。

 時にはいじめっ子が呼び出しを食らうこともあったけれど、それでいじめが消えるわけではない。治まるのは一瞬だけで、彼らはまたすぐに調子に乗る。

 物を奪い、足を蹴り飛ばし、陰でクスクスと笑う。


 そうでなくても、学校は退屈だ。勉強は面倒だし、友達は出来ないし。

 とにかく苦痛で仕方がなかった。


 一日一日が長かった。

 一週間は地獄のようだった。

 そこを乗り越えて休みが来ても、また新たな週が始まってしまう。

 あのころの私はまるで、学校という檻に閉じ込められた、罪人のようだった。


 全ての日々を越えて、今に至る。

 今はなにもない。

 ただ、無なだけ。

 なにも起こらないし、なにもしない。

 なにも得られない。

 なにもほしくない。


 過去は過去。

 関係ない。

 私は私のまま成長した。

 結果、こんな日々を過ごしている。


 辛くはない。

 ただ、なにもないだけ。

 でも、死にたいとは思う。

 どうせなら今のまま、終わらせてしまいたい。


 希望はない。

 楽しみはある。

 それなのに、ときどき全てを捨て去りたくて、仕方がなくなる。

 夜になると急に泣きたくなる。


 どうして、こうなってしまったのだろう。


 繰り返されていく。

 その時間の中に溶け込んで、作業のように日々を生きている。

 私はどうして生きているんだろう。

 これではまるで、死人のよう。


 皮肉なものだ。

 死にたいと何度も祈っていたころのほうが、生きていた感覚がするなんて。

 必死になって食らいついていた。嫌で嫌で仕方がなくても、やりきることしかできない。そんな選択しか与えられなかった。


 楽だ。

 捨て去りたくないほどの安寧の日々なのに、どうしようもなく、むなしくてたまらない。

 結局私は、永遠の虚無の中に身を投じて、全てをなくした。

 前に進むための牙を失い、無限の時間の中に身を任せる。

 得られるものはなにもなかった。

 ほしいものもない。


 いろいろと考えて、もはやどうでもよくなってきた。


 これは確かに幸福なのに、なぜかつらくてたまらない。

 いっそ遠くへ、消え去ってしまいたかった。

 私が残した痕跡もろとも、なくなってしまえばいい。

 それくらい、価値のない私だから。


 こんな淡いだけの世界なら、まだ試練の渦にいたほうがよかった。

 そのほうがはるかに幸せだった。


 私はきっと、生きることを諦めたんだ。ただ、息をしているだけになってしまった。

 この選択を取ったのはまぎれもなく私自身。

 痛いを叫ぶ感情を消したのは私。

 中途半端に残った心でなにを思っても、もう後戻りはできなかった。


 ならばいっそ、残った全ても。

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