第105話 捜査

 トーナメント予選・第四仕合。

 ギャンヌ子爵所有、暫定序列五位の『コッペリア・アドニス』。

 美々しい彼女は艶消し仕上げの青い鎧を、身体の要所に装備していた。

 胸元を覆うのは、蛇腹構造で可動域を確保したバック・アンド・ブレスト。

 前腕を覆う精密な甲冑小手、足元にはグリーブ。

 両手に構える得物は、重厚にして長大なロングソードだ。

 光輝く刀身に、グランマリーを讃える聖句が刻まれていた。

 その魂は、咎人を断罪する激怒の精霊・ボーグルだった。

 

 対するはダンドリュー男爵所有、暫定序列八位『コッペリア・ブロンシュ』。

 緑色のテールコートに黒いキュロット、白いタイツという、男装スタイルだ。

 ショートのブロンドヘアに端正な相貌、やや小柄な体格も相まって、育ちの良い美少年の様にも見える。

 手にした得物は長さ六〇センチほどの戦槌――フランジメイス。

 小柄なブロンシュには、不釣り合いとも思える武装だった。

 その魂は、気まぐれと誘惑の精霊・グレイスティグ。

 その様に紹介が成されていた。


 管弦楽団の演奏と貴族達の合唱が響き渡る中、二人は闘技場で激突する。

 ギャンヌ子爵所有のアドニスは、過去の仕合に於いて、ただの一度も劣勢に陥った事の無い、精強なコッペリアとして周知されていた。

 一方のブロンシュは、下位リーグで低迷している時期もあったが、最近になり、急激に頭角を現したコッペリアだ、本戦での仕合実績は二戦二勝。

 

 激しくも美しい二人の攻防に、観覧席の貴族達は拳を振り上げ声援を飛ばす。

 剣の術理を極限まで突き詰めたかの様な、精緻極まるアドニスの太刀筋。

 重厚な戦槌をめまぐるしく振るい、高速の連撃にて詰め寄るブロンシュ。

 仕合開始直前までアドニスの圧勝とも囁かれていたが、そうでは無かった。

 新進気鋭のブロンシュが、圧倒的な手数で果敢に仕掛け、打って出る。


 一撃必倒の威を秘めた戦槌による打撃が、止まる事無く繰り出される。

 右から左から、或いは背面に旋回しつつ、大きく踏み込み、突き込む様に。

 その猛攻を、光と化した神速の太刀筋が、火花を撒き散らしつつ打ち落とす。

 アドニスもまた、噂に違わぬ実力の持ち主だ。

 猛攻に曝されつつも決して退く事無く的確に対応し、カウンターを狙う。

 まさに一進一退。


 ハイレベルな仕合展開に、闘技場全体が沸き立ち揺れる。

 管弦楽団が紡ぎ出す激しい調べに、スチーム・オルガンの音色が哀切に響く。

 そして青いドレスを身に纏ったマスクの女が、高らかに歌い上げる。


 舞い踊るが如くに斬り結び、祈るが如くに血花咲かせよ!

 斬り結びてこそ輝ける魂、我らが神に闘争を捧げよ!


 ◆ ◇ ◆ ◇


 熱気と狂喜が渦巻く闘技場にあって、その一角だけが妙に醒めていた。

 闘技場最前列上段に設けられた、関係者用ボックス席の隅。

 黒い修道服姿の男達が複数並んでいる。

 グランマリー教団の代表であり『グランギニョール』序列三位の地位を有する団体――『マリー直轄部会』の面々だった。


「……一仕合目、ジュスト男爵所有の『コルザ』。そしてこの仕合、ダンドリュー男爵所有の『ブロンシュ』か。過去の戦績を踏まえると、確かに訝しく思えるな」


 そう呟いたのは、眉間に深い皺が刻まれた瘦身の司祭・ランベールだった。

 右手に保持したオペラグラスを闘技場へ向け、レンズを覗き込んでいる。


「確証は無いがね。とはいえジュストも、ダンドリューも、予てよりマルセルと懇意にしている貴族だ。お抱えの錬成技師もマルセルに心酔しとる――」


 ランベール司祭の隣りで、しわがれた声が低く返答する。

 枯れ枝の如くに痩せた、黒衣を纏う高齢の司祭だった。


「――ウチの人員で調べたところ『グランギニョール』下位リーグで、急激に戦績を伸ばしているオートマータは、他にも数体確認された。その所有者も、マルセルと近しい間柄の貴族だったよ。お抱えの錬成技師もまた然りだ」


 皺深い目許が拡大されて見えるほどに、度の強い眼鏡を掛けている。

 老司祭は眼鏡越しに闘技場を見据えたまま、続けた。


「そもそもオートマータの魂は、人の願望、理想、畏怖を具現したモノだ、よほどの事が無い限り、短期間で変化したりしない。そりゃあ、強烈な条件付けとセットで『命令』を下したなら別だが、それはオートマータにとって、かなりの負担だ。本来の能力を発揮出来ず、性能が落ちる可能性も高い。敢えて試みようという錬成技師は少ない筈だ。或いは全身を全て再錬成し直すか……が、酷く高額となる上に、タブレットが馴染むまでに相応の時間も掛かる――」


 老司祭とランベール司祭の他にも、小型のスチーム・アナライザーを抱えた司祭が一人、屈強な身体つきをした司祭が三人、同じボックス席に腰を降ろしていた。


「――実際のところ、頭蓋内の『エメロード・タブレット』を、別のタブレットに置換する行為自体は違法じゃ無い……もっとも上手く馴染まず、正常に起動しないケースも多々ある、基本的にオートマータは、魂の形に沿って身体的な形状も決めるものだからね。何れにせよタブレットの置換を行い、その個体を『グランギニョール』に参加させるなら、別個体として再度、申請し直す必要がある」


 水気を感じさせない乾燥した唇を歪めつつ、老司祭はそう言った。

 顔全体を覆う微細にして深い皺は、蜘蛛の巣を思わせる。

 ランベール司祭は微かに頷きつつ、疑問を口にした。


「仮に彼らが『タブラ・スマラグディナ』を不正利用していたとして――別個体として再申請しなかった理由はなんだ? 『コルザ』も『ブロンシュ』も、下位リーグで勝ったり負けたりを繰り返していたコッペリアだ、急激に戦闘スタイルが変化したなら、我々の様に訝しむ者が現れても不思議では無かろうに。『より強力なタブレットの錬成に成功した』と言えば済む話だ」

 

 老司祭は事も無げに答えた。


「訝しむ者が現れても、さっき言った通り、リスク覚悟で『強い条件付けに基づく命令』を行ったと、そう伝えれば事足りるからな。まあ……面子、体面だよ。ジュストも、ダンドリューも、一代貴族の類いじゃ無い。男爵とはいえ、古より領地を抱える『大男爵』だ。昨今の不景気で資金的に苦しい面はあろうが、一流と見定めた専属の錬成技師を抱え、貴族としての矜持を示すべく『グランギニョール』に参加しとる。にも拘わらず、戦績が振るわぬという理由で、高価なオートマータの身体はそのままに、タブレットのみ破棄、別のタブレットを搭載して再申請……それはプライドが許さんよ。オートマータの錬成費用をケチった、そんな噂が立つ事は、屈辱以外の何ものでも無い」


 貴族らしい物の考え方だと言えた。

 いずれも男爵位とはいえ古い家柄を誇り、堅実な事業を展開する事で財を成している名家だ。『グランギニョール』への参加も、己が実力と家名を誇示する為の有効な手段と捉えているのだろう、にも拘らず、保有するオートマータの勝率が振るわず、その対応策として、新たなオートマータを錬成するのでは無く、身体は再利用し『エメロード・タブレット』のみ交換するという手法を採ったなら、違法で無くとも経済的困窮を勘繰られ、家名に泥を塗る事になる――と、いう事か。


 ふと、ランベール司祭は自身の傍らに、淡く影が落ちるのを感じた。

 視線を送り、その姿に気づく。

 黒衣を纏った長身――シスター・マグノリアだった。

 腰まで届く漆黒のロングヘアを揺らしつつ、隣りの座席に腰を降ろした。

 鋭利な刃物を思わせる冷たい美貌に、暗い眼差しは何時も通りだ。


「――『錬成機関院』内部に潜伏しているシスター・ジゼルと、連絡が取れた」


 シスター・マグノリアは闘技場を見据えながら、低く告げた。

 ランベール司祭は尋ねる。


「報告内容は?」


「過去の資料から『タブラ・スマラグディナ』と、マルセルに関わる記録を探らせている。まずは四〇年前、ガラリア・イーサで発生した『オートマータ暴走』の記録――こちらに目新しい情報は無かった。既知の事柄のみだ」


「……だろうな。その『事件』の詳細は、本部の資料室にも残ってるし、我々も把握している」


「問題は、先の事件が発生する更に一〇年前――今より五〇年前に行われた『エリンディア遺跡調査』の非公式記録だ」


 『エリンディア遺跡調査』。

 その言葉にランベール司祭は、眉根を寄せる。


「君がマルセルを注視する理由の一つに挙げていた件か。足掛かりになる要素が見つかったのか? 私は『エリンディア遺跡調査』については、概要を知る程度だが……」


 ランベール司祭の発言に傍らの老司祭が、しわがれた声で応えた。


「まあ、五〇年も前の非公式記録だからな。本部の資料室にも全容は保存されておらん、ランベールが良く知らんのも道理だ。とはいえ当時の帝国議会では、それなりに騒がれた事件だったよ。国交の無い『エルザンヌ共和国』内で、未確認の『錬金術』工房――『エリンディア遺跡』が発見されたのさ。『錬成機関院』内で働く錬成技師は色めき立ったが、『錬成機関院』は、なかなか調査の許可を出さなかった。なんせ『エルザンヌ共和国』とは国交が無い、しかもガラリアと対立関係にある『ウェルバーグ公国』に近しい国だからな……」


 一度、発言を区切った老司祭は、眼鏡の位置を指先で整える。

 改めて口を開いた。


「……にも関わらず、跳ねっ返りな錬成技師たちと神学者がチームを組んで、帝国と『錬成機関院』の裁可を待たず、勝手に発掘調査へ乗り出したんだ。しかも発掘調査を行う中で『事故』まで引き起こした。『錬成機関院』は面子を潰され怒り心頭……結局、発掘調査の『成果』は大々的に公表される事無く、非公式な事案として処理された。が、実際には、その調査で得た『成果』を利用し、『錬成機関院』は『タブラ・スマラグディナ』の研究と開発を行ったんだがね……」


「……話が見えてきたな。つまり『エリンディア遺跡調査』の一件は、シスター・マグノリアが鎮圧に参加した四〇年前の『オートマータ暴走』事件に、繋がる話だと」


 ランベール司祭の呟きに、老司祭は頷く。

 シスター・マグノリアが、後を引き継いだ。 


「そういう事だ。『オートマータ暴走』事件に関わった当時、私は『エリンディア遺跡調査』の非公式記録を確認している、関連事案としてな。その際、遺跡調査に参加した者のリストにも目を通した。その記憶に間違いがないか、シスター・ジゼルに改めて調査して貰った」


「五〇年前のリストとなると……マルセルの父親、或いは親族か?」


 確認するランベール司祭。

 シスター・マグノリアは応じる。


「リストには複数の錬成技師と共に『マルセルの父親』である『ファブリス・ランゲ・マルブランシュ』の名前が記載されていた」


「なるほど……『タブラ・スマラグディナ』とマルセルが繋がるか」

 

 ランベール司祭は呟く。

 シスター・マグノリアは、鈍く光る黒曜石の如き瞳で、闘技場を見下ろしたまま、更に言葉を続けた。


「問題はまだ残っている。シスター・ジゼルは『エリンディア遺跡』での『成果』について確認すべく、出土した『遺物』のリストも確認した……が、ここに複数の改ざん跡があると報告して来た」


「改ざん跡だと?」


「そうだ。出土した『遺物』――つまり『タブラ・スマラグディナ』についての記述が、何らかの形で歪めらている」


「……隠したい事柄があるという事か」


 そう呟くランベール司祭に、シスター・マグノリアは低く告げた。


「当時『エリンディア遺跡調査団』に参加していたのは、錬成技師だけでは無く、神学者も同行していた。恐らくは『枢機機関院』にも同様の記録が残っている筈だ。ローカ司祭の人員を借りたい――『枢機機関院』に潜らせている連絡員を使い『エリンディア遺跡調査団』の非公式資料を洗って欲しい」



※来週(7/3)の更新はお休みとなります><

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