第28話 武装

 エリーゼと共に工房に篭り、三週間。

 武装『ドライツェン・エイワズ』が完成していた。

 パーツ毎のクリアランス調整を、使用者であるエリーゼが直接行った為、試行錯誤の時間が大幅に省略され、当初の予定より一週間ほど早く、作業が完了したのだ。


 それは直径一〇センチ、厚さ三センチ、重さ八キロ超の金属円盤だった。

 表面にはヘアライン状の研磨痕が刻まれ、独特の紋様が浮かび上がっている。

 そこへ特徴的な巻き上げ機……金属製ウィンチが十三機。

 整然と配置された十三機のウィンチは、強化ガラスの内側に納められていた。


 そのウィンチと連動する様、接続されているパーツは金属アームだ。

 左右に四本ずつ。

 合計八本の関節付き金属アームが、優美な曲線を描いていた。


 アームの先端部には、小さな滑車が取り付けられており、そこからフック付きの金属ワイヤーが、最大二〇〇メートルまで伸ばせる構造となっている。

 繊細な金属ワイヤーは、いわゆる鋼線を捩り作られた工業用ワイヤーでは無く、金属素材から置換練成した特別製で、その性質はオートマータの頭髪に近似しており、金属の強靭さと、絹のしなやかさを併せ持つ、極めて特殊な専用ワイヤーだった。


 レオンは組み上げた『ドライツェン・エイワズ』を、作業台上の可動アームに固定し、スチーム・アナライザーに接続、内部構造の最終確認を行っている。

 体内エーテルに感応し、蒸気圧で稼動するこの武装は、装着者とコネクタで接続する事で作動、操作出来る。


 体内エーテルに感応するという機構は、レオンが想定していた強化外殻とコンセプト自体は同じだ、しかし全身に着込み、直接トレース出来る強化外殻と異なり、完全に独立した感応パーツである『ドライツェン・エイワズ』は、いわば『強引に増設した八本の義手』の様な物であり、操作難易度が非常に高い。

 並みのオートマータでは、制御が困難な武装だった。


「お待たせ致しました」


 背後からの声に、レオンは振り返る。

 タイトな白いドレスに身を包んだエリーゼが、工房入り口に佇んでいた。

 背中の大きく開いたボディス・コルセットに、刺繍入りのボディースーツ。

 幾枚もの布地を重ね合わせた、膝上丈のスカート。

 華奢な身体に、ぴったりと誂えられたゴート風のドレスは、スカート丈が短く、クラシック・バレエのダンサーを思わせる。

 それはシャルルが、エリーゼの要望通りに手配した衣装だった。


「ドライツェン・エイワズの内部構造に、問題はございませんでしたか?」


「ああ……問題ない。あとは装着状態でのチェックと動作確認だけだ」


 歩み寄るエリーゼの姿を見つめながら、レオンは答える。

 白いドレスを纏った姿は、繊細なガラス細工の人形そのものだ。


 すらりと伸びた左右の腕――その両肘、両手首に、革ベルトで固定された円盤状の金属プレートが装着され、鈍い光を放っている。

 細く、しなやかな指には、それぞれ全てに幅広の指輪が嵌められている。

 装飾では無く、武装の操作に使用するのだと、レオンは聞かされていた。


 銀糸を思わせる長い頭髪は、丁寧に編まれ、頭の左右に丸く纏められている。背中に取り付ける武装『ドライツェン・エイワズ』に干渉して、巻き込まれる危険を防ぐ為の措置なのだろう。


「椅子に座って、接続ソケットを開放してくれ」


「はい」

 

 エリーゼは丸椅子に腰を降ろす。

 その白い背中には、皮膚から露出した金属の接続ソケットが並んでいる。

 脊椎に沿う六箇所のソケットを、レオンは指先で確認しつつ、可動式アームに固定された『ドライツェン・エイワズ』を、ゆっくりと接続する。


 低い起動音が響き、滑らかな金属板の隙間から緑色の光が漏れ始める。

 エリーゼの意識が『ドライツェン・エイワズ』とリンクした事を示していた。


「接続や体感に異常は無いか?」


「異常はございません、正常に機能接続が行われております」


 『ドライツェン・エイワズ』から伸びた八本の金属アームが、滑らかに関節を伸縮させる。

 小さな滑車が取り付けられたアーム先端部は、バイオリンのネックとスクロールに酷似しており、滑車部分にはワイヤーと金属フックが、そして滑車が納まるスクロール部分には、極小のワイヤーカッターと交換用のフックが、それぞれ仕込まれていた。


 不意に、アーム先端から繊細な金属ワイヤーが、つうっ……と、音も無く送り出され、ワイヤーに繋がれた八つの金属のフックが、エリーゼの腰辺りでゆらりと揺れた。

 複数のワイヤーが縦に垂れ下がる光景は、奇妙な弦楽器の様にも見える。

 次の瞬間、金属アームが勢い良く折り畳まれた。

 同時に伸ばされていたワイヤーも、一気に巻き取られる。

 それら一連の動きは、機械的でありながら、驚くほどに有機的だった。


「全ての機能が、完全にリンクしている事を確認致しました」


 エリーゼの言葉にレオンは頷く。


「良かった。アナライザーの数値では、体感までは判別出来ないからね……起動実験は問題無し――動作確認は、シャルルが所有するタウンハウスの中庭を借りる。駆動車で十五分ほどだ、このまま着替えずに移動出来る」


 起動実験に関しては、アナライザーでチェックを重ねていた為、大きな問題は発生しないだろうとレオンは予想していた。

 しかし動作確認となると、解らない点が多い。

 運用実績を全く知らない為だ。

 制作時にエリーゼから聞いた、武装を用いての戦闘説明が全てだった。


 金属フック付きのワイヤーをアームから射出。

 指先と腕でワイヤーを操作。

 別途用意した刀剣類に干渉し、対象に加撃する。

 正直、どの様に戦闘を行うのか、想像もつかない。


◆ ◇ ◆ ◇ 


 シャルルの邸宅は、三階建ての重厚なレンガ造りだった。

 芝生の敷かれた中庭を囲む形で、コの字に建てられている。

 濃紺の切妻屋根には、屋根付きの採光窓。

 壁に並ぶのはダブルハング窓で、枠の色は白。

 華美な装飾などは無く、落ち着いた風情のタウンハウスだ。


 かつてガラリア・イーサで暮らす貴族達のタウンハウスと言えば、豪華ではあっても、基本的に集合住宅である場合が多かった。

 自らの領地内に在るマナーハウスこそが本宅であり、都市部のタウンハウスなどは、あくまで仮住まいの別宅であるという認識であった為だ。

 しかし時代が変わり、各種利権の管理及び、政財界との繋がりが貴族にとって重要な物となるにつれ、首都イーサで過ごす時間も増え、彼らの住まうタウンハウスは徐々に大規模化していった。

 己の家柄や権勢を誇る意味もあるのだろう。

 

 シャルルの所有するタウンハウスは、そこまでの規模では無い。

 代々続く貴族の家柄では無い為だ。

 とはいえ、敷地面積はそれなりに広い。

 その広さが『ドライツェン・エイワズ』の動作確認に適していた。


 手入れの行き届いた芝生が広々とした中庭を、鮮やかな緑に彩っていた。

 瑞々しい芝生の向こうには、屋敷の敷地を取り囲む白い石塀が見える。

 石塀に沿って植えられた何本もの菩提樹が、白い壁に陰影を刻んでいる。

 そして邸宅脇に設えられた、木製ベンチとテーブル付きの白いガゼボ。

 豪華さは無いが清潔感がある、シャルルの趣味なのだろう。


 そんな中庭に、奇妙な物が並んでいた。

 ワインを貯蔵しておく為の、大きな酒樽だ。

 ぽつんぽつんと、距離をおいて置かれている。


 数にして八つ。

 それはレオンがシャルルに頼み、エリーゼの指定通りに配置して貰った物だ。

 更に八つの酒樽には、それぞれ陶製のティーカップが置かれている。

 これが、武装の動作確認に必要な道具立てだった。


 エリーゼは中庭中央に『ドライツェン・エイワズ』を装着した状態で、背筋を伸ばし、真っ直ぐに立っている。

 ティーカップが置かれた八つの酒樽は、立ち尽くすエリーゼを囲む様、ぐるりと丸く配置されている。

 樽からエリーゼまでの距離は、それなりに遠い。

 それぞれ八~一〇メートル、遠いところで一五メートルといったところか。

 この距離を間合いと考えた場合、人間が刀や槍を装備しても届かぬ距離だ、拳銃を使用しても当るかどうかは微妙だろう。


 レオンとシャルルは、邸宅脇のガゼボから、エリーゼを見守っている。

 足を揃えて芝生の上に立つエリーゼは、前方を見つめたまま動かない。

 身に纏ったタイトな白いドレスの裾が、そよ風になびき揺れていた。


 不意に。

 微かな風切り音が、二度、三度と連続で聞えた。

 直立したエリーゼの背中で、細い光がキラキラと乱反射している様に見えた。

 何時の間にか、エリーゼのしなやかな両手が、左右に淡く広げられていた。


 何が起こっているのか。

 風切り音は、鳴り止まない。

 エリーゼの両腕は、空間を愛撫するかの様に動く。

 緩やかに宙を薙ぐ。

 肘を捻り、手首を返し、艶かしく五指が波打つ。

 流れる様に、止まる事無く。

 それはまるで、舞踊を思わせた。

  

 その時、漸く気づく。

 中庭に配置された酒樽の上から、ティーカップが全て消失している事に。


 レオンとシャルルは、エリーゼの周囲に浮かぶ、半透明の白い球体を見た。

 合計八つ。

 エリーゼから二メートルほどの距離。

 下へ落ちる事無く、取り囲む様、宙に浮かんでいる。

 エリーゼの腕はたおやかに振るわれ、静かに空間をそよぐ。

 

「ティーカップなのか……?」


 シャルルがそう呟いた時、八つの球体は一気に散らばり、飛び去った。

 次の瞬間、八つの酒樽の上へ、同時にティーカップが現れる。

 その後、エリーゼの腕が振るわれる度に、指が踊る度に、酒樽の上から複数のティーカップが、消失と出現を繰り返す。


 それは、エリーゼの指先を介して『ドライツェン・エイワズ』から繰り出されたワイヤー――その先端に取りつけられた金属フックが、酒樽の上に置かれたティーカップを捕らえては引き寄せ、空中で高速旋回させた後、樽の上へ再び置き直すという作業を、澱み無く何度も繰り返した結果だった。

 どれ程に精妙な操作が、そんな真似を可能足らしめるのか。

 人の成せる技では無かった。


◆ ◇ ◆ ◇ 


「……信じられない性能だ。こんな武装は想像を超えている」


 シャルルは驚きを隠す事無く口を開いた。

 ダークブルーのボトムに白いシャツ、ネクタイを着けていないラフな格好だ。

 木製ガゼボの下だった。

 円錐形の日除け屋根も柱も白く塗られ、風通しが良い。

 屋根の下には、テーブルと椅子が設えられている。

 椅子に座っているのはシャルルとレオン、そしてエリーゼだ。

 エリーゼはドレス姿の肩口を覆う様、タオルを羽織っている。


「僕もあんな物は、見た事が無い……」


 レオンもシャルルの言葉に同意しつつ、卓上に置かれた小型スチーム・アナライザーのキーをタイプする。

 動作確認を終えた『ドライツェン・エイワズ』に問題が発生していないか、音響測定でチェックを繰り返していた。


「とにかく動作確認も終了だ。測定で問題が見つからなければ、全ての準備が完了する……」


 前例の無い武装だけに、どの程度の運用で、どの程度の誤差が各パーツに生じるか解らない、出来る限り解析を繰り返し、データを集めるしか無い状況だ。

 とはいえ『ドライツェン・エイワズ』の動作確認は、成功と言えた。

 すぐにでも運用可能である事を、エリーゼが実践してみせたのだ。

 それはまったく、特異な武装運用技術だった。


「仕合の際には、ティーカップでは無く、刀剣類を使用致します。詳細は後ほどお伝えしますので、そちらの手配もお願い致します」


 エリーゼは椅子に座り、手元のティーカップに視線を落としたまま言う。

 小さな背中は、傍らのレオンに向けられている。

 『ドライツェン・エイワズ』の音響測定が行われている為だ。

 ケーブルを介し、小型スチーム・アナライザー・アリスと接続されていた。


「解った、必要な武装は全て手配する。……しかしなるほど、距離を詰めずに戦えるわけか、身体的なハンデを埋める事が出来るかも知れない」


 シャルルはエリーゼの言葉に頷く。

 しかしレオンは浮かぬ表情のまま、口を開く。


「だけどこれは実質、射出系の武装だろう。禁止されてはいないが……『グランギニョール』の仕合開始位置、対戦者同士の距離は、それほど離れていない筈だ。それに観客へ被害が及んだ場合、装備していた側が全面的に責任を負う事になる。『エルフ』と呼ばれる類いのコッペリアが『グランギニョール』に殆ど参加していないのは、弓の使用が難しいからだと聞いた事がある……」


 レオンの言葉はどちらも事実だった。

 グランギニョール規定の仕合開始位置、向かい合う対戦者同士の距離は六メートルほど――戦闘用コッペリアなら一呼吸で詰める事が可能な距離だ。


 そして円形闘技場は、石畳が組まれた戦闘エリアをぐるりと取り囲む様、観覧席が設けられている。戦闘エリアと観覧席との間には安全確保の為、五メートルほどの段差と壁、手摺が存在するものの、それでも射出系の武装を使用するコッペリアは少ない。


 例えば射出した矢が弾かれ、観客席の貴族を負傷させた場合、弾いたコッペリアでは無く、弓矢を使用したコッペリアの所有者が、全責任を負う事となっている。

 観客の安全を守るべく、取り決められたルールではあるが、貴族同士が家格と金銭を賭けて仕合う競技である為、このルールを悪用する者も少なからず存在した。

 故に射出武器を使うコッペリアは減少していったのだ。

 エリーゼは背を向けたまま応じる。


「ご主人様のご懸念は理解出来ます、ですが過去の仕合に於いて、第三者を巻き込んだ事はございません。どうかこの武装での戦闘をお許し下さいませ。先ほどの動作確認で、この身体の適性も正しく理解致しました。『ドライツェン・エイワズ』を操作する上で、何の問題もございません。これならば必ず勝てます」

 

 レオンは小さく首を振り、答える。


「……解った、エリーゼの判断を信じるよ」


 いまさら迷っても仕方の無い事だ、エリーゼを信じるしかない。

 二人のやりとりを見ていたシャルルは頷くと、話を切り出す。


「レオンのチェックで問題が見つからなければ、グランギニョールの参加手続きを進めようと思う……どうだろう。今、参加を打診すれば、恐らく二週間ほどで結果が出る筈だ。二週間あれば、多少はグランギニョールに向けた対策も取れるだろうし」


 レオンに異存は無かった。

 基本的にオートマータは、トレーニングや訓練を行う必要が無い。

 完全練成された直後の身体スペックがマックスであり、以降は調整と修理を繰り返しつつ、状態を維持する事になる。

 故に過度な訓練は、身体に掛かる負荷と磨耗を考えれば、逆効果でしか無い。

 但し、戦闘知識や状況把握、判断力は、経験を重ねる事で改善されて行く。

 エリーゼは過去に幾度と無く、仕合を繰り返した経緯があるという、内蔵されたエメロード・タブレットの規模から考えても事実だろう。

 ならば二週間という時間は、現在の身体で戦闘を行う為の調整期間と考えれば、十分だと言えた。 


「そうだな……工房へ戻っての最終チェックが良好なら明日にでも連絡する。エリーゼもそれで良いかい?」


「はい、問題ございません。ダミアン卿、よろしくお願い申し上げます」


 エリーゼも澱みなく応じる。

 グランギニョールへの参戦が迫っていた。

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