81 攻撃

 さながら砲弾を吐き出す生きた大砲のように、ひとつ撃ち出すごとに身を縮める。

 狙いは細かくないようで、ほとんどが船からは逸れていた。

 海に向かって放たれた物は大波を作り、空へと放たれた物は港の方へと落ちていく。ビヒトからは良く見えていなかったが、帝国の船の周囲と岸壁には魔術で作られた護りが展開し、被弾を何とか避けていた。さすが帝国。人員と魔力量は充分に補給されているようだ。


 ほとんどの球が海に落ちる中、ひとつが真直ぐにビヒトに向かって飛んできた。その勢いのまま飛んでいけば、港の倉庫を壊しかねない。直径がビヒトの身長より大きなそれに向かって、ビヒトは短剣を一振りした。

 刀身は半ばまでしか球に触れていない。

 しかしその球は二つに割れたかと思うと、軌道を少し下に逸らしてビヒトの後方の海へ落ちていった。

 立ち上がった海が新たに波を作り、あちらこちらでぶつかり合っては、ビヒトや桟橋を濡らした。


「……大丈夫そうか?」

帝国あちらの動きがない限り、連続で何度もできる攻撃じゃないんだろう。確かに魔術じゃないが、魔力で海水を包んで形を整えてる感じだ。準備にそれなりの時間がかかると思う」


 ふっとヴァルムの笑う気配がした。


「さすがだなぁ。パエニンスラの専属顧問でもやらないか?」

「お断りだ。俺に押し付けて、てめえだけ自由にするつもりだろう。領主と領主夫人に、そう断られたと言っとけ!」


 ガラガラと緊張感も崩す笑い声が遠ざかる。


「警戒されてんなぁ。頼もしい限りだ。ついでに、どの国にも行く気はなさそうだって付け加えておこう」

「余計なことは言うな!」


 膨らんでいた薄灰色の物体が元の大きさにしぼんでいくのを見ながら、ビヒトは小さく舌を打つ。

 昨年、ラディウスの跡取りとしての正式なお披露目があった。領主の仕事を補佐し、数年かけて引き継いでいく。今の領主もまだまだ元気だから、完全に譲るまでには時間がありそうではあるけれども。

 それに伴って、セルヴァティオも副官の補佐に就くことになった。と、同時に結婚して一児の父となっている。驚いたは驚いたのだが、バタバタした裏事情を聞くと、実にヴァルムの息子らしいことで、内々の祝いの席で大いに笑ったものだ。


 親しい者が領の中枢に集うのだからと、今回のような遠回しの打診は何度かあった。

 もう何も気にかけることもなく、食べるための冒険者をやっていたなら受けていたのかもしれない。けれど、ビヒトの中にはまだ父の書斎にある本と、雷の魔法を紐解きたい気持ちが残っていた。

 他国の中で地位を得て、その肩書きでヴァイスハイトに近付く手もないわけではない。そう思いつつも、どうしてもその手に頼ることはしたくなかった。


 つまらない意地なんだろうなとは思う。

 結局、魔術師はいつまでもビヒトの憧れの職業なのだ。


 夜が来る。

 徐々に静まって行く波を見ながら、ビヒトは中空に剣を向ける。手首を回して円を描くと、そのままくうに魔法陣を描き始めた。他人には見えない陣。魔力消費は激しいが、その短剣を手に入れたからこそ、出来るようになったことだった。



 ◇ ◆ ◇



 ちらちらと揺れる灯りは光量を落とされていた。

 帝国側の港も、こちらの港も同じようにしているということは、は光にも反応するのだろう。距離をとりつつも警戒している船に灯りが見えないのは、そういうことに違いない。

 ビヒトが試しに小さな光弾を傍に飛ばすと、水の中から触手のような物が出てきて叩き落とされそうになった。外海の方へ動く明かりを追いかけるかと見守っていたが、月明かりで波間に貼りつく真っ黒な影に見える物体は、少し動いたくらいでぴたりと止まってしまう。思ったより単純ではないらしい。


 全体像も見えなくてもどかしいが、少なくとも砲を撃てる腕とは別に触手のような腕がある。不用意に近づけない理由がよく解った。

 あまり刺激してもあちらに迷惑だろうと、それ以降は静観することにして息をついたビヒトに、誰かが桟橋をやってくる振動が感じられた。

 月明かりが木造の桟橋を浮き立たせてくれているからか、その足取りは意外と早い。いつくるか分からない攻撃に気が急いているのかもしれないけれど。


「様子は、どうだ?」


 差し出されたカップとビスケットに、夜食を持ってきてくれたのだと気付く。


「助かる。ヴァルムにもこうやって?」

「ああ。アイツが居てくれなかったら、街にはもっと被害が出てた。見張りを変わろうかという奴も何人かいたんだが、立つだけ無駄だと言われてな。今朝は交代を呼んだっていうから驚いたんだ。あんたが来て、さらに驚いたが……」

「腕力はあまりないからな。よく言われる。魔法陣を扱えるんだ。一つ仕込んだから、何かあっても朝くらいまでは保つはずだ。安心して眠っていいぞ」

「へ、え! 魔術師みたいだな! とは言いつつ、ヴァルムと同じようにアレを斬ってただろう? 彼が呼ぶだけはあると皆、納得してた」


 ざっと辺りを見渡したのは、陣を確かめたかったのだろうか。ビヒトは笑って、香ばしい香りのするカップに口をつけた。


「斬るのは腕力じゃないからな。魔術師のなりそこないさ……って……」


 暗くて中身は良く見えなかったが、その苦味に顔を顰める。


「薬湯か?」


 青臭さはないがとビヒトは首を傾げた。


「眠気覚ましさ。興奮剤とまではいかないが、ある程度意識がはっきりする。飲み辛けりゃ、砂糖かミルクでも持ってきてやるよ」


 笑いを含んだ声に、大丈夫だと断りを入れて、香りはいいのにと肩を竦める。

 夜は海獣も活動が鈍くなるのか、動きがないまま夜が明けた。白む空を背にヴァルムもやって来て、ビヒトに並ぶ。しばらく他愛もない話をしていたが、朝日が海を染めていき、その光が海獣に当たった瞬間、またそれは膨らんだ。

 朝の号砲さながらに、四方八方へと球は飛び散る。

 念の為、という程度にしか構えないビヒトを見て、ヴァルムはにやりと笑った。


「準備は万端か?」

「こちらに向かって全部撃たれればまずいがな。こぼれ弾くらいならなんとかなるだろう」


 言ってるそばから球がひとつビヒト達に向かう。それは海獣とビヒト達との丁度中間くらいの宙で弾けたかと思うと、滝のように水面へと落ちていった。

 岸壁のギャラリーがどよめきを上げる。


「壁とか盾とは違うのか」


 ヴァルムが目を細めて水の弾けた辺りを見やる。


「面であれを受ければ魔力がいくらあっても足りん。膜のように覆ってるようだったから、触れた魔力に穴を空けてやるようにしたんだ。中身が出ちまえば、威力は無くなるだろ」

「なるほど。理屈は簡単なんだがなぁ」


 含んだ物言いに、ビヒトは萎んでいく薄灰色の物体から目を離し、ヴァルムを振り返る。

 顎に手を当てて、にやにやしているのが気に障る。


「何だ? 何か問題が?」

「こっちはねぇよ。夜は岸壁にいる奴等でも見張りが出来そうだ。だが、おそらく――」


 ヴァルムは帝国の港がある方に視線を飛ばした。


「近いうちに面倒そうな奴等が来るぞ。船からはバッチリ見えてただろうからな」

「はぁ? 帝国には優秀な魔術師が山のようにいるだろう」

「おぅよ。習ったことを膨大な魔力量で上手に使いよる。だが、魔力の本質を知り、それを使いこなせている奴はどのくらいいるんだ? あの球が魔力の膜で覆われてるということをそもそも皆解っているのか? お前さんが今知っていることは、全て学校で習ったことだったか?」


 はっとして、ビヒトは口を噤む。

 ヴァルムと居て気付かされたことは多い。そして、今の世の中、それを応用して使いこなせるのは一部の人間しかいないということも理解している。道具が便利になり、必要のなくなった能力は人間からだんだん失われていくのだ。


「解ったら、ちょっと休んで来い。疲れた頭で対応して、言いくるめられたり、失言したりしないようにな」


 尻を軽く蹴りあげられて、ニシシと笑うヴァルムに諦めの視線を投げて、ビヒトは桟橋を後にした。




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