76 城からの依頼

 城に近付くにつれて、高級店が並ぶようになる。雑然としたいちの雰囲気から、建物の形まで揃いになって、呼び込みの声は聞こえなくなっていく。店の前には黒塗りの馬車や、逆に銀に光る馬車などが停まり、早足で歩いているような者は減っていた。

 ただ、観光の地ではあるので、敷地に続く門扉から望む城を一目見ようと、近づく客も少なくは無かった。縦格子の中央は見られることを重視したかのように模様が凝られている。


 いかにも街々を回る冒険者のように(今のビヒトは間違いなくそうではあるのだが)ビヒトは観光客に紛れて城を仰ぎ見る。

 セレモニーの時などに開放される、城前の広場に続く道の街路樹の向こうに、三角の屋根を乗せた塔が三本並んでいるのが特徴だ。

 城に湖、そして魔術師。お伽噺のようね、と誰かが囁いた。


 門が開くことはなく、大きな動きもない。

 門衛に怪しまれる前に、ビヒトは退散した。

 表通りから一本裏の道を戻りながら聞き耳を立てていたけれど、いつものように年末に向けて警備の強化が始まると、安堵と諦観の溜息が聞こえてくるくらいだった。


 特に収穫もなく、冒険者組合ギルドに寄ってひと汗流す。

 アレイアには留まる冒険者も多くないので、ビヒトには少し物足りなかった。やや遠くなるけれど、ワガティオを拠点にした方が良かっただろうか。

 などと考えながら、水分補給しつつビヒトが掲示板を眺めていると、せかせかと騎士団の制服に身を包んだ男が入ってきた。

 なんとはなしに目で追う。


 男は奥の受付で書類を渡しながら、小声でいくつかやりとりをして戻ってきた。

 ビヒトと目が合ったものの、すぐに逸らして早足で出て行く。受付の方は特段動きもないので、何か緊急ということでもないのかもしれない。

 宿近くの酒場で腹を満たすと、ビヒトは早々にベッドへと潜り込んだ。



 ◇ ◆ ◇



 翌日も早朝から採集の依頼をこなして冒険者組合ギルドへと向かう。人だかりのできている掲示板を不思議に思いながら、ビヒトは精算を頼んだ。

 ここではあまり見ない光景に、目の前の事務員に思わず声をかける。


「何かあったのか?」

「ええ……と、ちょ、ちょっとお待ちくださいね。……はい。これで大丈夫です。お受け取り下さい」


 銀貨と銅貨を数枚ずつ差し出すと、事務の女性は掲示板を見やった。


「緊急で城から依頼が入ったんです」

「城から? どんな……」


 昨日の騎士団員を思い出して、ビヒトは先を促す。


「依頼自体は護衛を数名、というものなんですけど、条件が少し変わってまして。『魔術に対応できる者』と……」

「対応って……どの程度?」

「さあ。あちらで面接もあるようですから、覚えがあるなら受けてみますか? 正直、そう数がいないんですよ!」


 後半は声も眉もひそめて、彼女は溜息を吐いた。

 渡りに船、なのか?

 タイミングの良すぎる案件に訝しむ気持ちが無いわけではなかったけれど、現状、飛びこまない理由は無かった。

 面接は二日後の二刻、アレイア冒険者組合ここの二階です。と木札を渡されて、ビヒトは冒険者組合ギルドを後にした。




 当日、ビヒトが少し早めにホテルを出て、冒険者組合ギルドの向かい側から様子を見ていると、アレイアの紋章の入った馬車が一台冒険者組合ギルド前に停まった。

 先日見た騎士団員と、もう一人、紺色のローブを羽織った人物が下りてきて、ビヒトは思わず俯いた。

 ビヒトに気付いた様子はなく、真直ぐに冒険者組合ギルドに入って行く。やや距離があったものの、見間違えるはずがない。間違いなく長兄のヴィッツだった。

 ビヒトは冷や汗を拭いながら、早めに来てよかったと胸をなでおろす。少なくとも顔を合わせたときに狼狽えなくて済む。

 それでも、そわそわした気持ちが収まらない。面接官なのだろうけれども、気付かれても、気付かれなくても居心地が悪いに違いない。

 悪あがきのように、ビヒトは時間ぎりぎりになってから冒険者組合ギルドの二階へと登って行った。


 二階の廊下には数名の冒険者が順番待ちをしていて、階段を上りきったところで城の文官らしい男がビヒトに声をかけた。


「面接の方でしたら、札を回収します」


 ビヒトが差し出すと、書かれた番号を手持ちの書類と照らし合わせている。

 彼の視線が書類上で止まると、もう一度じっくりとビヒトを見つめた。


「ビヒトさん、ですね?」

「ああ」

「名を呼ばれるまで、少々お待ちください」


 ひとつ奥の扉が開き、中から髭面のごつい男が出てくる。新たに名を呼ばれて、待っていたうちのひとりが入れ替わりに入って行った。

 しばらく待ちそうだったので、壁に寄り掛かろうとしたビヒトの目の前の扉が開く。中にあの騎士団員が見えた。


「ビヒトさん、どうぞ」

「え?」

「どうぞ」


 文官はドアを押さえて、視線もビヒトを向いている。間違いではないらしい。並んでいた冒険者たちの不満気な顔を見回して、ビヒトは軽く首を振った。何も知らないと。


「おい。そいつは最後に来たじゃねえか!」

「面接の順番で合否が決まることはありません」


 背中を押されて部屋に押し込まれ、ドアを閉められる。荒くれ者達に臆することなくきっぱりと言い切れるのは、こういうことに慣れた人物なのだろうか。


「お名前は?」


 ビヒトはうっかりドアを振り返っていて、面接だったとその声で思い出す。


「あ、ビヒト。ビヒト、です」

「ああ。なるほど。外は気にしなくていい。問題無い」


 部屋には二人。騎士団員の男と、筆記具を持って待機している青年。兄の姿が無くて、ビヒトはほっとした。

 ビヒトの顔を見て、彼も先日のことを覚えていたのだろう。一瞬、おや、という顔をした。


「では、普段使う武器と、魔術的に出来ることがあれば教えてくれ」

「武器は……今は短剣。といっても、普通の短剣よりは長くて、標準的な剣より少し短いくらいの物。魔力の付与や移動、あと、陣が描ける」

「ほぅ。付与が出来るということは、陣を描いて発動できるということか」

「そうです」


 青年がサラサラと書類を書きつけるのを、ビヒトはちらりと確認した。

 魔法も付与できることは言うつもりが無かった。あれだけ物議を呼んだのだ。一発でバレる。


「では、防御的なことは陣で?」

「戦闘中は弾いたり……斬ったりも」

「斬る?」


 騎士団員の目つきが少し鋭くなった。


「あまり聞かんな。俺が知るのは一例しかないが」

ヴァルムにコツを聞いたんです」

「へえ。コツを」


 頷くビヒトに、男は半眼になって、組んだ手の向こうでぶつぶつと何か呟いた。

 隣の青年がぎょっとして騎士団員の袖を引く。


「アウダクスさん!」

「――水の矢アクアサギッタ


 ビヒトが真直ぐに飛んでくる矢から身体を捻り、腰の後ろから短剣を抜いてそれを斬ったのと同時に、隣の部屋で何かを倒す音が響いた。

 足音を立てて、誰かがこちらへ近づいてくる。


「あ。やべ。そうだった! 君、それ、しまって! 早く!」


 立ち上がりつつ、そう言うと、騎士団員は長机を飛び越えてビヒトを引き寄せた。

 乱暴にドアが開き、ビヒトの良く知った声が響く。


「アウダクス!!」


 ドアとビヒトの間に身体を滑り込ませると、騎士団員は大きく両手を広げた。


「あー! だ、大丈夫! 問題無い。全然ない!」


 ビヒトはそっと短剣を元に戻して、ドアから顔を背けていた。変な緊張に身体が強張っている。


「何が「問題無い」だ。確かにすぐに反応は消えたが、何をした? 建物の中で使う規模ではなかったぞ!」

「大丈夫だって! 建物にも、誰にも傷ひとつついちゃいないさ。面接の一環だよ。一環! もうしない。もうしないから、お前は仕事を続けてくれ」


 騎士団員アウダクスの肩越しに、彼が面接しているという人物を覗き込もうとして、ヴィッツは身体を反転させられた。まともな力比べでは魔術師は騎士団員に敵わない。


「冒険者にしちゃ細いじゃないか。無理な面接はしてくれるなよ」

「わかった! わかってるって! ほら、時間がもったいない!」


 ヴィッツを追い出し、ドアを閉めると、騎士団員は深々と息をついた。

 それから咳払いをしながら席に戻り、わざとらしい笑顔でビヒトを見上げる。


「今見たことは忘れてくれ。俺は、忘れないがね。君を採用させてもらおう」


 差し出された右手をビヒトはおずおずと握り返す。


「……あの、今の方は魔術師ですよね? 彼と一緒の仕事ですか?」

「ん? 驚かせたか? 俺と彼は古い付き合いでね。誰でも彼でも怒鳴るようなことはしないよ。常識的な男だから心配しなくていい。と、いうか、彼が行けないから代わりを探すことにしたんだ」

「そう、ですか」


 ほっとした様子のビヒトを見て、騎士団員はクスリと笑った。


「あれを斬れるのに、魔術師なんか怖くないだろう? 面白いものを見させてもらった。当日は俺、アウダクスも行くのでまたよろしく。ビヒト君」


 今度こそ、力を籠めてビヒトはアウダクスと握手をした。




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