第45話 エリアーデの秘密

 突然の質問に私は面食らったが、お母様のことで特段知っていることと言えば、以前馬上で聞いたことくらいしかない。


「えっと、お母様がとっても強い騎士だということは聞きました。この国でお母様とまともに戦える人間は、レイモンドお爺様とお父様くらいだと」


 これでいいのかな、と思って首をかしげつつも、お母様に教えてもらったことを話してみた。すると、シウヴァ卿とレイモンドお爺様は大笑いし、お父様は頭を抱え、お母様は困ったような顔をしてしまった。


「がははは! それはエリアーデから聞いたのか? ソフィー、それは本当のことじゃ。あんな恐ろしく強い騎士、男でもそうおらんわ! 確かに、大事な情報じゃのう! がははは!」


「よもや、自分の娘にそれしか言うておらぬとは……エリアーデらしいのう、わははは!」


 レイモンドお爺様とシウヴァ卿が笑いながら話しているのを、呆れたようなため息をつきながらエリーゼお婆様が窘める。そして、お母様を責めるようにじろりと一瞥すると私に向き直って話し始めた。


「それじゃあ、きっとこの本の意味がわからないわね。まあ、詳しいことはいずれ親子で話してもらうとして……掻い摘んで説明することにしましょう」


 エリーゼお婆様はそういうと、昔を思い出すかのように遠くへ目を向け、そして私の方へ視線を戻し、ゆっくりと話し始めた。





 まず白の魔力に関する本がなぜここにあるのか。それは、お母様が生まれたその時は『白の魔力持ち』だったからだそう。だった、というのは、その後すぐ起きた事件が大きく関わっている。

なんと、生まれたばかりのお母様のところに突然戦神アレスが現れ、お母様が『白の魔力持ち』であることを見抜き、そしてなぜか加護まで授けて消えてしまったのだ。



 本来『白の魔力持ち』は、貴族の中でも魔力なしとともに軽蔑される存在だ。魔力の色は、7歳のお披露目式で確定となるが、それまでにどの家でも事前に魔法の練習をさせ、ある程度色の確認をしておくのが常識だ。そして、お披露目式までに白しか持っていない、あるいは魔力のない貴族は基本的には貴族としてお披露目されない。『元々いなかった人間』として秘密裏に始末されることもあれば、その貴族の監視の下平民として、あるいは孤児として生きていくことになるそうだ。



 そのくらい強い差別を受けてきた『白の魔力持ち』でも、お披露目式までに色が加われば貴族になることができる。まだ不確実だけど、一応人工的に色を増やす方法はあるし、お母様の場合は『戦神アレスの加護』を受けた時点でもう白単色ではなくなっていた。だから、お母様は貴族になることができたらしい。



 しかし、加護によって神の色が加わっていたとしても、異なる色の魔力が使えるわけではない。だからこそ、シウヴァ夫妻は娘のために、白の魔力について情報を集めようと手を尽くした。そして集めた情報から魔法の難易度によって種類を分け、お母様のために一冊の本を作ったのだそうだ。



「でもねえ……この子ったら、その本を一度も開けなかったのよ。もう十分すぎるくらい『身を守ることができる』からって」



 エリーゼお婆様は困ったように笑いながら続ける。



 せっかく本を作ったのだが、それまでに戦神アレスの加護を受けたお母様は既に強くなりすぎていた。加護である『狂戦士化』を使わなくても、アレス様によって戦闘に関する能力を全体的に底上げされたお母様は、周りを全く寄せ付けなかった。また、お母様はあんまり座学が得意ではなかったらしく、勉強になるからと本をノードレス文字で書いてしまったことで、ますます受け付けなかったということもあるかもしれない。



 結局お蔵入りしてしまったその本だったのだが、私のことを聞いて急遽引っ張り出し、できるだけ早く内容を把握できるよう、今度は一番簡単なグラーベ文字で全て書き直してくれたらしい。

 私の場合、ハルモニア様の使徒になった以上、きっと死ぬまでずっと白の魔力しか使えない。だったら、自分の娘の時には使わなかったけれど、孫にはこの本が絶対に役に立つ、と張り切って持ってきてくれたそうだ。



「この本はね、我がシウヴァ家が持てる全ての情報網を使って、国内外から集めた白の魔力に関する情報と魔法の使い方を載せてあるのよ。学校で習うような内容は省いたから、上級・超級と書いているけれど……いつかソフィーがここに書いてあるものを使いこなせるようになれば、一人の時に襲われても『自力で身を守る』くらいはできるようになるわ」



「ソフィーは、エリアーデと違って勉強も嫌いではないようだからな。まずは基本をエリアーデから習いつつ、本の中身を早めに読んでおくことじゃ。そして自分には何ができて、何ができないのかを理解しておくことが大事じゃぞ」



 私はシウヴァ夫妻の言葉を聞きながら、手に持った植物紙の束をじっと見た。このプレゼントも手作りだし、シウヴァ家の長年の情報収集の結晶なのだ。他の人には何の役にも立たないかもしれないけれど、私にとっては生きるか死ぬかを分けるかもしれないくらい、大切なものになるだろう。

 いや、既に殺されるかもしれないルートに乗っているんだもの。これは出来る限り早く目を通し、自衛の方法があるなら身に付けるべきだろう。



「ソフィー。ヘンストリッジ家は確かに強い。きっとあなたを守り、魔法以外の部分を鍛えてくれると思うわ。

 でもね、こんな平和な世の中だからこそ、不穏な動きをする者は出てくるものよ。あなたがもしもそんな目に遭ったときに、ドレスを着ていたら? 剣が手元になかったら? 従者もおらず一人の時だったら? ……攻撃魔法があれば、どんな状況でも、身体を鍛えていなくてもそれなりに戦えるのに、それができないのはどうしても不利になってしまうわ。

 でも……だからこそ、あなたはあなたのやり方で身を守るのよ。ふふっ、あなたはヘンストリッジの娘ですもの。大人になっても自分一人さえ守れないのは、きっと許されないわよ?」



 エリーゼお婆様は、私の頭に優しく手をおいて撫でながら、私に言い聞かせるように話す。最後に笑いながら冗談とは取れないような冗談を言うと、「話が長くなってごめんなさいね」と付け加えた。



 今まで、周りの反応やエティエロ王子の暴言から、『白の魔力持ち』に対して「攻撃できない弱い存在」という漠然としたイメージを持っていたが、そのレベルではなかったことが分かった。

 私はハルモニア様の使徒、という肩書がついているので問題なく貴族になれるそうだが、もしこれがなかったら……そもそも貴族として認められなかった可能性だってあるということになる。人工的に増やす方法だって、確実じゃないんだもん。ハルモニア様に出会ったことで抱えた厄介事もあるけれど、こうして救われたことだってたくさんあるということだ。



 話題が変わって、大人同士での話の間、私はもらった本を丁寧に箱に戻してリタに渡し、部屋の机の引き出しに鍵をかけて保管するように頼んだ。そして、しばらくの間大人の話を聞いているふりをしつつ、頭の中は白の魔力のことでいっぱいになっていた。






 すると、しばらく考え込んでいた私に、思い出したようにシウヴァ卿が話しかけてきた。



「我らばかりで話をするのは、ソフィーも退屈じゃろう? 今日はソフィーのために来たのだから、仕事の話はまたにしようぞ。

 そうじゃ、ソフィー。儂らと少し外へ出ぬか? 屋敷の周りでも、領都の街でもよい。ソフィーが行きたいところへ一緒に行こうぞ」



 孫とお出かけしたいお爺ちゃん、といった表情で尋ねてくるシウヴァ卿に対して、不敬にもなんだか可愛いなと思ってしまいながら、



「それでは、領都の祈りの塔に行きたいです! せっかくですから、お爺様とお婆様に私の演奏を聴いてほしいです!」



 そう本心から言ってみた。しかし、シウヴァ夫妻は私の言葉に驚いたような顔をし、「演奏?」と言いながら険しい顔でヘンストリッジ家の面々を見た。私は、二人の反応が思っていたものと違って内心焦りながら、もう少し説明を付け加えた。



「えっと、女神の使徒として、祈りの塔にいる神獣リュフトシュタインを使って毎日お勤めをしているのです。その姿をお爺様とお婆様にも見てほしくて……」



「お勤めか! それなら何の問題もない。相分かったぞ、今からでも支度をして出かけよう」



 すると、今度は二人ともとても嬉しそうな顔に戻り、今すぐにでも祈りの塔へ向かうことになった。正直、何が引っかかっていたのか見当もつかないが、少なくとも『お勤め』をする分には大丈夫みたいだ。私は何か違和感を覚えながらも、両側に座っていたシウヴァ夫妻に手を取られ、ダイニングの椅子から降りた。



 そして、シウヴァ家のために用意されたヘンストリッジ家の馬車に乗って本日二度目の祈りの塔へと向かうのだった。

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