第11話 嘘つき令嬢 中編

「う、うそつき……? ゆい、うそつきはだめなのだ。ごめんなさいしないといけないのだ。なんでうそつくのだ?」



 ソフィーはよほど嘘をつくのに抵抗があるのか、語気を強めて否定の言葉を口にする。あれ? でも契約の時にソフィーがしたことだって、嘘みたいなものだと私は思うんだけど……まあ、これは今どうこう言ってもしょうがない。



 私は、気を取り直して話を続ける。



「それが必要だからよ。よく考えてみて、ソフィー。私たちが近い将来、あんな殺され方をすることが『乙女ゲーム』の『シナリオ』として決まっている、って言って誰が信じるかしら?」



「あ……」



「そう。ソフィーが私の言うことを信じてくれたのは、私の記憶から、私が元々いた世界に『乙女ゲーム』が存在していることと、『私の妹との会話の記憶』を見て、それが事実だと理解したからでしょう?」



 でもね、と私は言葉を続ける。



「それを見ていない他の人に、正直にあの話をしたところでどう思うかしら。そもそも、乙女ゲームをどうやって説明するの? きっと伝わるどころか、呪のせいで頭がおかしくなったとでも勘違いされるだけよ」



「そ、そんなこと……」



 ソフィーの顔が曇っていく。自分でも想像してみて、やはり信じてもらえなさそうだと思ったようだ。



「本来であれば、惨殺される予定っていうのは、私とソフィーだけの秘密でもよかったんだけど……眠る前のソフィーがわがままで勉強や鍛錬から逃げ回っていたこと。それから私が目覚めた後、鳥の巣処理で結果的にわがままを言ってしまって、目が覚めたあともソフィーの本質が変わっていないと周りに思わせてしまったから……」



 そう、あの事件のせいで私は『呪いから目覚めたらいい子になってました!』作戦が使えないことに気付いた。くっ、私もソフィーのことを言えないアホじゃん! でも一応もう一つ案はあるのだ。



「もういっそ、嘘ついちゃおうよ。この世界の管理者であり、調和を司る『女神ハルモニア』から啓示を受けた、って」



「めがみハルモニア……けいじ? なっ、ハルモニアさまをうそにつかうのだ?! えええええ?!」



 ソフィーは驚きと、恐れと、畏れで、絶対にダメだと言わんばかりに頭を横に激しく振りながら叫んでいた。








『女神ハルモニア』



 私だって、自分の命その2がかかっているのに、考えもなく自ら死亡フラグを徒に増やすような、そこまでアホなことはしない。これは、ソフィーの記憶を見て、この世界には様々な神がいること、極稀にだが神が人の前に現れたり啓示を行うことがあること、そして世界を管理しているのが、あの女神ハルモニアであることから、いけると判断したのだ。



 地球にも同じ名前の神、調和を司る、女神ハルモニアがいる。



 クラオタならば、一度はその名を耳にしたことがあるかもしれない。調和を意味する『ハーモニー』の語源になったと言われている神であり、数少ない人間を伴侶にした神でもある。



 ギリシャ神話の神の一柱として、今も伝説が残るハルモニアと同じ神様かどうかはわからない。でも、司るものが同じで、女神で名前も同じというのは、単なる偶然とは思えない。



 そして、女神ハルモニアは人間を伴侶にした、と言ったが、その結婚式で受け取ったものが原因で、以後ハルモニアの夫も、二人の間にできる子どもたちも、そしてハルモニア自身も不幸な目に遭っていく。それが、ハーモニーの語源になった出来事なので、もしそれがなくなってしまえば歴史が変わるかとも考えたが……



 この世界の女神ハルモニアには、既に『調和を司る』という枕言葉がついている。それならば事件が起きた後で、もう手遅れかと考えたが……ハルモニア自身が世界を管理できる状態なのであれば、もしかするとまだ間に合うかもしれない。







 そう、女神ハルモニアの名を使って嘘をつくのは、もちろん自分たちのため。ソフィーが劇的に変わることを周囲に説明できる、強い理由が必要だから。





 でもね、





 私はクラオタなんだよ。





 今は楽器も楽譜もない。音楽も聴けない。でもクラオタなの。





 まだ間に合うなら、





 女神ハルモニアが、まだ女神のままなら、





 音楽を愛する者として、私は彼女を助けたい。





 愛する人と幸せになってほしい。





 愛する子どもたちを、全員不幸な死で失うなんて、そんな目に遭わないでほしい。





 この世界の神様が、時に人の前に現れるというのなら、女神の名を無断で嘘に利用する私をきっと見逃しはしないだろう。



 問答無用で神罰、とかだったら困るけど……悪事に使うわけではないのだから、そこまでじゃないと祈るしかない。



 そして、もし話を聞いてくれそうだったら、彼女に地球に残る伝説を、結婚式で起こるであろう事件を伝えたい。








「そうなのか……ハルモニアさまも、ソフィーみたいにひどいことされるのだ……それはおしらせしたほうがいいのだ! うそはよくないのだ。でも、ゆいとソフィーのため、それから、ハルモニアさまのためにもなるかもしれないのだ。ソフィーはさんせい、なのだ!」



 私の考えと個人的な女神ハルモニアへの気持ちを聞き終わったソフィーは、最初こそ反対していたが、最後にはどうやら納得してくれたようだった。よかった、もし神罰を受けることになったらソフィーも道連れだからね。本人がどうしても嫌がるなら、この方法は取れなかった。そして、これ以外にいい方法が私には浮かんでいなかった。



「ソフィーみたいって言うけど、ソフィーは自業自得。女神ハルモニアは何も悪いことしてない被害者で全然違うからね! ソフィーは自分が悪いんだもん。もし他人だったら、私だってこんなに悩んで助けようとしてないからね」



「なっ、なんてこというのだ! ゆいはソフィーをみすてるのか? ソフィーはゆいとたにんじゃないのだ、みすてないでほしいのだ……」



 私が笑いながら言う冗談を真に受けて、ソフィーは慌てふためく。私は、ごめんごめん、と言いながら彼女の頭をなで、



「大丈夫、見捨てないよ。今はソフィーと二人で一人なんだしね。その代わり……」



 私は、ほっとした表情のソフィーをいい笑顔で見つめながら、



「これからは、ソフィーも日中は起きて、私と一緒に勉強やダンスや鍛錬をしてもらうからね?」









 嫌だ嫌だと喚くソフィーを無視して、私は明日の流れを確認する。いつまでこの白い空間でソフィーと打ち合わせができるかわからない。何より、多少は寝ないと自分が持たないだろう。手早くやらなければ。



 明日はせっかく両親だけでなくお爺様もくるのだ、このチャンスは逃せない。この身の上を無暗に言いふらしはしないが、色んな意味で強力な味方なのだ、力を借りるべきだろう。



「いい? 明日は私が『女神ハルモニアの啓示』ってことにして、私たちの未来について話す。でも不確定要素は話せないから、誰かわからない王子や男爵令嬢のことには触れない。あくまでも未来のソフィーの間違いのせいってことにするからね?」



「……わかったのだ。やるのはゆいなのだ。あとはうまくやってほしいのだ。でも、それとソフィーがねむったらだめなのはかんけいないのだ! なんでだめなのかちゃんとおしえるのだ!」



 関係大アリだ。頼むから、少しは自分でも考えるように練習してほしい。あ、でも5歳にはまだ無理かな……



「関係あるわよ。ソフィー、なんのために明日こんな話をするかって、脱アホ悪役令嬢のために協力してもらうからでしょう? つまり、勉強とか鍛錬とかするためじゃない? もちろん身体を動かすのは私だし、私が得た知識を記憶としてソフィーが見ることはできるけど……ソフィーは後から見る気なんてないでしょ?」



 私がジト目でソフィーを見ると、うっ、と言葉を詰まらせている。図星だな。



「だからよ。だって、考えてみて? 私は突然あなたのところにやってきた。ということは、私が突然消えることだってないとは言えないでしょう、もともとここにいなかった存在なんだから。ここにいる限り、私は死にたくないから頑張るけど、もしその途中で私が消えたらどうするの? 記憶が見られても、自分で学んでいない知識や技術は自分のものにはならない。だから、私の知識があってもソフィーは前より賢くなったりしてないじゃない?」



 ソフィーが今気づいたとばかりにはっとする。気づくの遅いし、なんかあっても私が勉強してくれるから何とかなるだろう、くらいに思ってたな。甘いわ。



「だから、いずれにしても一緒にやるのよ。もともとソフィーがやるべきことなんだし。もちろん、その日やるべきことが終わったら寝てていいし、貴族として身に付けるべきことを身に付け終わったら寝る生活に戻っていいの。期間限定なんだからさ、一緒にがんばろうよ」



「……きかんげんてい。ずっとじゃないのだ。おわったらねていいのだ。それならソフィーもがんばるのだ。ソフィーはゆいのまねをしながらがんばるのだ! まかせるのだー!」



 なんとかソフィーがやる気になってくれたところで、私も少しほっとする。ソフィーを説得できれば、作戦の準備としてはこれで完了だ。



 ソフィーはアホで尊大なところはあるけれど、人の話にちゃんと耳を傾けるし、納得すれば素直に協力してくれる。決して悪い子じゃないんだよ。ただ、アホなだけなんだ。



 だから、私はソフィーを死なせたくない。



 私がいつか消えたとしても、ソフィーがちゃんと一人で生きていけますように。



 追放されて、盗賊に殺されるなんて、そんな惨い死に方をせずに済みますように。



 私はもうすぐ身体の方の目が覚めるのを感じた。ソフィーのことと作戦が成功することを祈りながら、自分の意識が引き戻されるギリギリまで、すっかりやる気満々のソフィーの頭をよしよしと撫でていた。

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