第3話 私は私、あなたも私
あれからソフィーと二人、何もない空間で見えない床に座り、取り留めのない話をたくさんした。お互いのこと、私のいた日本のこと、ソフィーが暮らしているこの場所のこと、家族のこと、本当に色々なことを脈絡なく話した。
ソフィーは、態度と言葉遣いこそ高慢でわがままに感じるが、一度打ち解ければとても気のいい子のようだ。年齢を聞いてみたが、なんと今日5歳になったばかりらしい。やっぱり幼い子どもだったのか。大人から見れば、アホで当然じゃないか。バカにしてごめん、ソフィー。
アホ呼ばわりしていたなんて本人には言えないので、心の中でこっそり謝っておく。ソフィー本人は、私のそんな気持ちには微塵も気づく様子は無く、こちらの質問に一生懸命答えようとしてくれていた。
ソフィーに色々聞いたことをまとめると、
まず、ソフィーがいるのはミネルヴァ王国のヘンストリッジ辺境伯爵領。医療が未発達なのか、この国では子どもが幼いうちに亡くなることが多いらしい。なので平民はともかく、貴族の子どもは7歳のお披露目までは貴族の子どもとして認められないし、公表もされない。だからなのか、ソフィーも屋敷の外にはまだ出たことがなく、外のことはよくわからないようだ。
その上、ソフィーは3歳くらいまでは普通に過ごしていたそうだが、4歳を過ぎたあたりから毎日寝てばかりいるようになった。一度寝ると3日は起きないし、起きてもポーション入りのおかゆのようなものを食べたあとにすぐ寝てしまうらしい。
身体を拭いたり、着替えさせたり、最低限のことはメイドが多分やってくれているとのことだったが、1年近くほぼ飲まず食わず、風呂入らず頭洗わず。どおりで令嬢とは程遠い、ガリガリでボサボサでボロボロ、且つ鳥の巣状態だったのか。納得だわ。
ソフィーによると、寝てばかりいるのは恐らく病気ではないとのこと。何人もの医者の診察を受けたが、熱も無いし、身体に異常があるわけではなかったそうだ。ただ、ひたすら寝るだけだと、そんな病気はこの国では聞いたことないし、治療も検討も付かないと言われたそうだ。
「ゆい、ソフィーはねむるのがすきなのだ。いろんなゆめをみることができてたのしいのだ。だからなにもこまらなかったのだ。」
「そっか。でも4歳になる前まではそんなことなかったんだよね? 何かきっかけがあったの?」
私の隣でソフィーが身を固くしたのを感じた。
やばい、なんか地雷を踏んだっぽい。妹の時はあんなに気を付けていたのに。アホは私じゃないか。勝手な予想だけど、ソフィーはいわゆる奇病と呼ばれるやつなのだろう。だったら、今まで嫌なことだっていっぱいあっただろう。治してあげられないくせに、初対面の私が土足で踏み込んでいい部分じゃないはずだ。
「ごめん、話したくないならいいの。無理しないで。」
「ソフィーこそごめんなのだ。それはいいたくないことなのだ。だれにも、ちちうえにもははうえにもはなしてない。だから、ゆいにもいわないのだ。でも、ゆいがここにいるのは、ソフィーのせいかもしれないのだ。」
ソフィーは私の方を見ずに、まっすぐ前を向いて話続ける。
「ソフィーはずっとねむってばかり。ごはんもたべない。おみずものまない。からだをうごかさない。まそもうごかさない。だから、もうしばらくしたらいなくなるはずだったのだ。」
いなくなる? 死ぬってこと? 衰弱死ということだろうか。突然どうしたというのか。
「もうすぐだったのに、ソフィーのところにゆいがきたのだ。」
ソフィーが私の眼を見つめる。その眼は真剣だった。だが、その瞳からは真意は読み取れない。
「ソフィーはねむるのがすきなのだ。きっと、ゆいがおんがくがすきなのとおなじくらい。ソフィーはただねむっていたいだけなのだ。でも、それをずっとしたら、きっとソフィーはいなくなる。」
ゆいが死んで、ここに来たみたいに。と彼女は続ける。
「ソフィーはいなくなりたいわけじゃないのだ。ゆいみたいに、しんだらからだがなくなって、ちがうところにいくのもいやなのだ。ソフィーは、このまま、ずっとソフィーのなかでねむっていたいだけなのだ。」
「ゆいがさっきはなしてた、ゆいのいもうとみたいに、ソフィーはきっと『ひきこもり』なのだ。どこでもいいわけじゃないのだ。ソフィーはソフィーのすきなところでねていたいのだ。」
だから、と続けながらソフィーは両手で私の手を優しく握る。
「ゆいにはソフィーになってほしいのだ。ソフィーはソフィー。でもゆいもソフィーになるのだ。もしかしたら、そのためにゆいは、ソフィーのところにきてくれたのかもしれないのだ」
え? どういうこと? 私もソフィーになる? はい???
「え、ちょっと待って、なんでそんな話になるの? 私は、ソフィーの夢になぜか来ちゃったみたいだけど、それでなんで私がソフィーになるの? え? それって私がソフィーに魂ごと食べられちゃうってこと? それとソフィーが寝ていたいこととどんな関係があるの?」
うわああああ、もうわけわからん。ただでさえ、さっき死んで、気づいたらここはどこ状態。目の前には知らない子どもが知らない世界の話をしていて、その知らない子どもからなぜか自分の代わりに自分になってとか言われてるんだけど……
だ、だれか助けて! もう状況がわからなさすぎて、考えるのを諦めたい!
「たましい……? よくわからないけど、ソフィーがゆいをたべる? そんなことしないのだ。ここはソフィーのゆめのなか。だれかをたべるなんてできないのだ。」
「じゃあ、とりあえず食べられはしないのね、ちょっと安心したわ。」
「とうぜんなのだ。でもソフィーになってほしいのだ。」
おい、そこに戻ってくるのか。困ったな、考えるのを諦めるのはダメらしい。
「だから、それじゃ意味わかんないんだって。もうちょっとこう、なんていうか……詳しく説明ってできない?」
相手は5歳児なんだもんなあ。これだけ受け答えできるだけでもすごいと思うべきなのかな。ああ、これがゲームなら攻略本ほしいとかなる状況なのだろうか……
「かんたんなのだ! さっきからずっと、ここはソフィーのゆめのなかっていっているのだ。ゆいはここにいる。だから、ゆいはもうソフィーのからだのなかにいるのだ。だから、『ひきこもる』ソフィーのかわりに、ゆいがソフィーのからだのあるじになるのだ!」
ソフィーが期待に満ちた顔でこちらを見つめてくる。
「ゆいはかえるからだがない。どうやってソフィーのからだにはいってきたのか、でるのかソフィーにはわからない。でも、でたらからだのないゆいは、きえてしまうきがするのだ。それなら、ソフィーのねがいをかなえてほしい、なのだ」
なるほど。つまり、身体の主であるソフィーによると、彼女の夢に入ったことで既に私の魂はソフィーの身体に入ってしまっているということなのだろう。そしてソフィーにとっては、私がソフィーとして活動して生命維持をすれば、彼女の『ずっと自分の世界で眠っていたい』という願いが叶えられる。
私からすれば、どうやってここに来たのかわからないし、自分の身体もない。今消えるのも怖いし、しばらくの間彼女のささやかな願いを叶えるくらい大したことないだろう。まさか、自分の身体なのに永遠に他人に使わせるなんてことはないだろうし。いずれ消えるにしても、他人の身体を通してとは言え、地球と違う世界を見てみるのもいいかもしれない。うん、メリットを超えるデメリットが見つからないな。よし。
「とりあえず、私がソフィーの代わりにソフィーとして生活すればいいのかな? 基本、ソフィーを寝かせてあげられるようにするけど、わからないことも多いし、ソフィーも手伝ってくれるならいいよ」
「もちろんなのだ! ソフィーがねてたらおへんじできないかもしれないけど、おきてるときはだいじょうぶなのだ! あと、ゆめのなかなら、いまみたいにあえるとおもうのだ!」
私が乗り気になったのを感じ取ると、ソフィーは両手を挙げて嬉しそうにはしゃぎ始めた。そして、
「けいやくはせいりつなのだ! からだのあるじをゆいにゆずるのだ、あとはよろしくなのだー!」
ソフィーがそう言うと同時に、
『相互の承認の意思を確認しました。2つの魂を持つ者への特別措置第4条により、ソフィア・ヘンストリッジの身体の主導権を山川結衣へと移譲しました。変更は、再度両者の合意を以って可能となります』
「な、よろしくって、え? ソフィーちょっと待って……!」
知らない声が私の頭に響いてきた。そして、白い空間にあった私の身体が光り始め、どこかに急速に引っ張られていくのを感じた。
契約とか、主導権とか、あとはよろしくとか、引っかかる言葉がたくさんあって、私は今すぐソフィーを問い詰めたかった。
しかし私の抵抗も虚しく、とてもいい笑顔をしたソフィーを残して、私の意識は暗転した。
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