Re:見守るロボットくんと告白されるユキちゃん

 4月24日 月曜日





 4階の人気のない教室の前。


 そこにいるのは林木さんと、向かいにいるのは男子生徒だ。


 男子生徒はふくよかな体型で、顔もカッコいいとは表現できない。

 汗っかきなのか片手には、小さなタオルを握っている。


 そういう僕は、作戦通り2人の様子を覗っていた。

 バレないように隠れている。


 そして、隣にはなぜだか朴野さんもいた。



 僕は、事前に告白される場所を知らされていたため待機していた。


 そこに朴野さんが現れたという状況だ。


 確か、林木さんは朴野さんに相談できないと言っていたな。

 しかし、なぜ朴野さんはこの場所を知っていたのだろう?


 まー、考えても仕方ないことか。



 「ロボット先輩は何でここにいるんですか?」

 「えー、それは林木さんに――」



 自分自身が言おうとしたことにストップを出した。


 いや待て。

 ここで、事実を朴野さんに伝えて良いのだろうか?


 林木さんは朴野さんを心配させたくないから、僕に相談したと言っていた。

 その場合、朴野さんに林木さんの気持ちを伝えたら問題だろう。


 とすると、ここは誤魔化す方法が無難な選択肢なのだろうか。



 「ユキに?」

 「林木さんに‥‥‥偶然会ったのでその後、様子がおかしかったので後をつけてきました」



 僕は思考をフル回転させ、嘘をついた。

 もっともらしい気もするが、僕がそんなことしたらストーカだろうが。


 しかし、朴野さんはあっさり納得した。



 「ロボット先輩もそうでしたか。付き合いが短いのに気付いたんですね」

 「えっ、それはどういう?」

 「私も朝からユキの様子がおかしいのがわかっていたんです。でも、ユキは何にもないと言って誤魔化してたので、黙ってついてきたんです」

 「な、なるほど」



 そういうことでしたか。

 

 僕と朴野さんは会話を終わらせ、林木さんたちの方に集中することにした。





 「あっ、あの、俺、クラスで林木さんを見た時から、その、ひっ一目惚れして、その、彼氏とかいるのかなと思って」

 「私に彼氏なんていないですよ!」

 「そ、そうなの! それなら、うん。俺と付き合ってよ!」

 「えっ、えっと」

 「俺ってこう見えてお金いっぱい持ってるんだ。パパが会社の社長でね。だから、俺といたら林木さんも楽しいと思うよ!」


 「あ、あの! 私、今は恋愛に興味がないんです!」



 林木さんの気持ちが入った声が、空虚な廊下に響いた。


 始まった――告白を断る作戦が。


 まず、林木さんはプランAの『今は恋愛に興味がない』発言をした。


 男子生徒は林木さんの声に口が一瞬止まった。

 それも束の間、再び話を始めた。



 「今はでしょ!? 全然気にしなくてもいいよ。後から興味を持ち始めてくれれば大丈夫! 俺と一緒にいたら絶対、興味を持つと思うし」

 「えっ、えっ」



 林木さんは予想外の回答に驚きを見せている。


 無理もないだろう。

 だが、これは予想の範囲内だ。

 リスクヘッジはしているから、問題はない。


 それにしても、林木さんが「怖い」と言っていたことが客観的によくわかる。

 この男子生徒は、気持ち悪いを通り越して、関心する領域にいる気がする。


 一方の朴野さんは、眉間にしわを寄せて、鬼の形相で男子生徒を睨んでいる。



 「家畜の豚の分際でユキに近付くとはいい度胸ね」



 憎しみがこもった言葉を僕は聞き流すことしかできなかった。


 朴野さんは、林木さんのことになると怖くなるよな。



 僕は再び、林木さんたちの会話に耳を澄ませた。



 「俺の家、別荘もあるんだ! 毎年、夏になったら家族で遊びに行くんだけど、林木さんもどうかな? パパに頼めば問題ないから大丈夫だよ」

 「あの」

 「その前に俺の家に来るといいよ! 俺の家は――」


 「あのっ、聞いてください! 私、あなたのことは恋愛対象じゃないです!」



 林木さんは勇気を振り絞て、言葉を吐き出した。

 顔は我慢して平然を装っているが、小さな手が震えているのがわかる。


 でも、プランB『恋愛対象ではない』をしっかり言いきった。


 僕は手に汗握り、男子生徒の反応を待った。


 このプランが上手くいかなかったらどうする?

 本当に告白を断れるのだろうか?


 数秒の間は、僕の不安を膨張するのに十分だった。



 男子生徒は表情を一切、変えていない。

 まるで、林木さんの言葉が無意味だと言わんばかりに。



 「林木さん、大丈夫だよ! 今は恋愛対象じゃないだけで、付き合っていればそのうち恋愛対象として俺を見てくれるよ!」



 林木さんと僕は同じ気持ちになっただろう。


 これから、どう断るのだ? と。


 想定外の返答。

 男子生徒のメンタルが異常に強すぎて、プランが崩壊してしまった。


 林木さんはもう口を開けないでいた。


 僕も推測を見誤ってしまった。


 これはどう考えても断れない気がしてきた。


 僕は半ば諦めの気持ちが心の隅に現れた。

 


 男子生徒はこの後、親の脛を齧るような発言を繰り返し、絶え間なく自己主張していった。


 次第に、林木さんの表情は暗くなっていき、俯いてしまったいる。


 相手のことを考えず、一方通行に話す男子生徒。



 「俺と付き合えたら林木さんも楽しいと思うでしょ?」

 「えっ、えっと」


 

 もう、見ていられない。


 しかし、僕が出ていってどうなる?

 林木さんと僕の関係は友達でも何でもない。



 ・・・・・・でも、僕の心は決まっていた。



 「朴野さんすいません。僕、行ってきます!」

 「えっ?」



 僕は無我夢中で林木さんの元へ駆け寄った。


 今行かなかったら後悔すると思った。

 日曜日の僕と林木さんの会話が無駄になる。

 

 せっかく僕に相談してくれたのに、未解決になってしまったら今後、林木さんに顔向けできない。


 僕と林木さんは、友達ではないかもしれない。


 でも、今の僕にはそんなこと関係ない。



 「は、林木さんっ!」

 「えっ!? ロ、ロボット先輩!?」



 僕は2人の前になりふり構わずに現れた。



 林木さんと男子生徒は呆然と僕を見ている。

 その気持ち、僕も理解できる。


 感情で行動するのは、いつ以来だろうか。


 すると、男子生徒は汚物を見るような目で僕を睨みつけた。



 「何だ、お前?」

 「ぼ、僕は」

 「林木さんと俺の邪魔をするのか?」


 男子生徒は威嚇するような、怒りの感情が滲み出た声だ。


 僕は感情で行動してしまたがため、理由を発言できなかった。


 何のために行動したのか、を全く考えていない。



 ここは何て言えばいいのだ?



 「あのっ!」



 僕と男子生徒の不穏な空気を華麗に断ち切ったのは、林木さんだった。



 「私、このロボット先輩が気になっているので! 気になっているので!」



 林木さんは顔をトマトのように真っ赤にして、声を上げた。


 言葉はそれ以上出てこないみたいで、「気になっているので!」と数回繰り返していた。



 僕が気になっている?


 ‥‥‥そうか!


 これは、プランCの『他に好きな人、気になる人がいる』だ。


 まさか、ここで臨機応変に対応してきたのか!?


 林木さん、ナイスフォロー。



 男子生徒は林木さんの声を聞くなり、血相を変えて唖然としている。


 まるで、勝負で燃え尽きた敗者負のような表情だ。


 そして、我に返った男子生徒は僕に指を差した。



 「俺は絶対認めないぞ! 俺がお前みたいな凡人に負けるハズがない! 絶対ありえない! 覚えてろよ!」



 そう言うと、男子生徒は全速力で廊下を駆けていった。



 「俺が負けるはずがないんだー!!」



 何だったのだ今のは?



 いや、これは告白を断れたのではないのか?



 僕は呆気に取られている林木さんと目が合った。


 そして、林木さんの瞳は潤い、涙が頬を伝った。



 「ロボット先輩‥‥‥」



 林木さんはそのまま崩れ落ち、泣き始めてしまった。


 そして、廊下の端から朴野さんが駆けつけて、林木さんを抱きしめ頭を撫でている。



 やはり、朴野さんと林木さんは仲が良いのだな。



 僕は成功した安堵に心が高鳴っていた。


 友達ではないが、林木さんを守れたような気がして。



 こうして、僕と林木さんの『告白を断る作戦』は成功で幕を閉じた。





 男子生徒がなぜ逃げたか、僕なりに推測した。


 男子生徒は、僕みたいな平凡な人間に負けたことがかなり悔しかったのだろう。

 プライドが高い分、僕に負けているという状況が理解できなかった。


 そして、何もできずに逃げ出した、というところだと思う。


 裕福に暮らしているから、欲しいモノは手に入っていたのだろう。

 だから、欲しいモノが手に入らなくて、駄々をこねる子供のような対応しかできなかった。


 そう考えると、僕が出ていって正解だったのかもしれない。


 それに、あの場で林木さんが完璧に合わせてくれたのが幸いした。



 しかし、1つ疑問が残る。


 林木さんは嘘をつくのが苦手である。


 たぶん、言えばすぐバレてしまう。

 プランCを言えば、一瞬で嘘になってしまう可能性があった。


 しかし、あの時の林木さんは嘘をついているようには見えなかった。



 とすると、本当に僕のことが。



 いや待て。

 それは天文学的にもありえないだろう。


 すると、嘘をついたのか?


 そう考えると、やはり――


 女性は、まだまだわからないことだらけだ。

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