俺から見た彼女は/独りぼっちの空き教室『離れて初めて気付けた事/猫井 環の独白』

「……そうですね。俺の麗奈に対する印象は今と付き合っていた当時で違いまして、付き合っていた時は……。正直、と言いますか……。『何かを内に秘めているけど、それを言ってはくれないし、別に言う気もない。』と、そんな印象でしたね。」



 閉ざされた扉の内側で語る。過去の彼女の印象。俺は猫井会長から問われた麗奈の印象について、初めて彼女に会った時から、別れを告げられたあの日までを振り返りつつ、当時の率直な印象を猫井会長に告げていた。


 付き合う前からの彼女の人とあまり関わりを持たない生き方が、いつかの交際を経て変わっていけば良いと。それを望み続けて終わりを迎えた……。当時の俺を振り返って。



「(でも現実には……。麗奈はそれまで通り人を頼るような事は極力せず、俺との関わり以外では、誰も必要とする事はなかった。

 当時の俺はそんな彼女に必要とされている事が嬉しくて、俺が彼女の力になりたいって本気で思って、アレコレ行動していた。)」



 それこそ、彼女が所属する生徒会の手伝いから、彼女に関する事での他の人からのコミュニケーションまで、様々対応して彼女の力になろうとしていた。


 今に思えば、あそこまでの手助けは最早手助けの域を超えて、彼女に対する干渉でしかないのだが……、あの時の俺はそうしなければ、『彼女に必要とされない。』『見放されるかもしれない。』と、そんな風に自分で自分を追い込んでいたのかもしれない。


 だからこそ、彼女に必死になるあまり、彼女については何も知らず、見えていなかった俺には、彼女についての当時の印象が『』と、そんな風にしか言えない。


 ただそれでも、近くても遠くにいた俺が唯一抱いた彼女の印象は、冒頭に話したーー内に秘める彼女の想いを引き出せなかったと、そのような言葉になってしまうのだった。



 すると俺のその言葉を聞いて、猫井会長は『……成程。』と軽く頷き、目だけでそのまま話を続けるようにと促してくる。



「ですから、猫井会長が期待していたようには……、俺は麗奈の事を見てやる事は出来ていませんでした。でも、別れてからの彼女の行動とその印象は……。彼女自身、何を求めて行動しているのか分からない状態と言いますか……。何かを失うのに動けていない。そんな印象を受けましたね。」



 付き合ってた頃には見えていなくて気付きもしなかった。彼女と別れてから彼女の方から俺に会いに来た。あの日の昼休み。


 別れてすぐに俺に頼み事をしに来た事にも驚いたのだが……。それ以上に、彼女の方からわざわざ俺に会いに来た。その事実の方が俺には驚きが大きかった。


 そして、三葉先輩と麗奈の二人のどちらか一方を選ぶように迫られたあの時、彼女から目を逸らし三葉先輩の手を取ろうとした俺の事を、どこか縋るように……。何かに怯えるように見てきた彼女の目は、俺にそれまでとは違った印象を深く刻み込んだのだった。



 すると、それまで押し黙っていた猫井会長は、これまでのような戯けた雰囲気は一切見せずに、その口をゆっくりと開く。



「そっか……。相太くんには麗奈はそう見えているんだね。本音をウチに隠して他者には近づかない。けど、一度でも懐に入ればそれに執着して……、なぜか自分からそれを手放すような行動を取りつつも、その執着がなくなった訳ではない……。こんな所かな。あの子の何を求めてるのか分からない行動は。」


「そう…ですね。俺は麗奈の為に必死で何も見えていなかったんですが……。後になって麗奈の事を思い返すと、彼女の行動原理は初めからを求めての行動だったのかもしれないと……。今ではそう思えます。」



 いつも一人で過ごしていた彼女。そんな彼女に俺が話し掛けたのは、別に一人でいる事に同情したから声を掛けた訳じゃない。


 かつてのの俺を救ってくれた……。そんな彼女と仲良くしたい。他人ではなくて知り合いと認識されるような関係になりたいと願ったからこそ、俺は彼女に声を掛けてその関係を深めていった。


 何度冷たくあしらわれたとしても、何度でも根気強く、彼女に話し掛ける事を続けて。



 そうして手にした彼女との新たな関係。その立場は……。結果として、彼女の求める『何か』とは違っていたのかもしれない。


 それでも彼女が俺を求めて、あの日俺に声を掛けたのは……、何だろう?彼女自身についても知る必要があるのかもしれない。



「あの……。これは個人の内容なので、話せないのであれば大丈夫なんですけど……。麗奈について、何か知っている事があればお話して貰えませんか?次のミーティングが始まるまでの少しの時間で構いませんので。」


「……そうだね。まずは麗奈の生い立ちからアタシとの関係を含めて、色々知っている事を相太くんには伝える事にするよ。

 ……あの子の事を偶像アイドル視していない。キミの事ならアタシは信用出来るから。」



 ーーそして、猫井会長が話し始めたのは、猫井会長の知る麗奈の家庭環境について。


 簡単な説明ではあるが、それでも俺が知らなかった事も多く、改めて彼女自身について何も知らなかったと自覚させられた。


 当時、彼女が置かれていた環境。それを知った今では、なぜ彼女が一人でずっと過ごしていたのか……。何となくではあるが、それが理解出来るような、そんな気がした。



 その後、予定していたミーティングが行われて、その際にも麗奈とは顔を合わせたのだが……。彼女はこちらに視線を向けるような事はなく、いつも通りに見えるのだが。


 俺にはそれがどこか遠く感じられ、そしてその姿が儚げに見えたのだった……。




 ーーー???・空き教室の一室ーーー


「ふぅ……。やっぱりアタシに真面目な雰囲気は似合わないな〜。相太くんにはあの子の事を伝えた事だし……。あの子に何か変化が起きればいいんだけどね。どうなるかな?」



 先程までのミーティングを終えて、他の生徒が誰もいなくなった空き教室の一室。


 アタシ、猫井 環ねこいたまきはその一室で今日の出来事を振り返りつつそう呟いた。


 昔からの馴染みである黛 麗奈まゆずみ れいなについて、その元彼氏である相川 相太あいかわ そうたに話をした今日の一件をボンヤリと振り返りながら。



「あの子の家庭環境は……。アタシが言うのも何だけど……、複雑だからね。あの子は父親からの愛情を受けずに育った。だからこそ、その代償を相太くんに求めているのかもしれない。誰よりも愛情に飢えているのにそれを求める事をしない。それを求める事が出来る環境で育っていないから……、あの子自身、どうすればいいのか分かっていない。」



 相太くんにも話したけれど、あの子は父親からの愛情らしい愛情を受けずに育った。


 それも母親が10歳の頃に離婚してから、ロクな接し方を父親からされていない影響からか、あの子自身、誰かに甘える事も甘え方も知らないし……。それが分からない。


 だからこそ、自分に必要な存在だと感じた相太くんの事は側に置こうとして、『交際』という型に当て嵌めて、彼との関係を維持する事を選んだに違いない。


 ーーそれがあの子のやり方で、それ以外の方法をあの子は知りはしないのだから。



「でも、あの子の可哀想な所は……。一人を貫き通せる程の強さもなくて、周りはどうしようもなくあの子の事を遠ざけた事だよね。

 周りはあの子の才能や容姿などを褒め、時には非難をして、誰もあの子自身を普通の女の子としては見なかった。それがずっと続けば嫌でも……。ううん。あの子でもすぐに分かるよね。自分はみんなとは違うし、みんなとは一緒にいられないってね。」



 誰しもが最初はいい顔をして近づいて来た。それが異性であろうと同性であろうと。


 でも、その度にあの子は裏切られてきた。異性からは欲望に染まった瞳を向けられ、同性には嫉妬と畏怖に満ちたあの子を遠ざける視線を向けられ続けて。


 だから、あの子は強くなった。ううん、強くとした。周りの視線を断つようにして、誰もあの子には近付かないように。



「そうすれば、期待しないで済む。誰も自分の事を……。あの子の事を傷付けて来ないから。だから、初めて相太くんにあった時も冷たく当たったんだよね?何度も拒絶をして自分に近付いて来ないように。彼が自分に近付く理由が分からないその時のあの子は。」



 相太くんに聞いたあの子との初めての出会い。あの子が座る食堂のテーブル以外全て埋まっていて、でも空いてるあの子と相席をする生徒は誰もいなくて……。


 そこに相太くんがあの子に声を掛けて、全てが始まったんだと……。彼はどこか懐かしそうにしながらアタシに話してくれた。


 そう話す彼の瞳はとて優しく温かなものであり、大切な思い出を宝物のように話してくれた彼は……、確かにあの子の求めていた存在であると、そんな風にアタシには思えた。



「……そうだね。相太くんならあの子の事を裏切らないし、確かにあの子に足りない愛情の面も、それが友情なのか愛情なのかは分からないけど満たしてあげれるだろうね。」



 ……でも、それだけでは足りない。


 無償の愛なんてものがこの世にない事を誰よりも知るあの子には、彼と関わる中で心の成長を促さなければならない。



「だってあの子は……。アタシと違ってやり直せる。あの子の見方次第で周りが全て敵ではない事が気付けるだろうし……。

 何より、あの子の出方次第では、あの子の力になってくれる人も多くいるからね。」



 ーーそうだ。嫌われ者の独りぼっちはアタシだけでいい。


 あの子とをしたアタシだからこそ、あの子には同じ轍を踏ませない。


 それは勿論、あの子の過去を聞いた相太くんもきっと気持ちだろうから……。



「うん、やっばり今回の体育祭。に言って合同にして貰ってよかった。

 想像以上に面白くて興味深い相太くんと知り合えたし、何より……。あの子の事を育てるにはが一番だろうしね〜。」



 そうして、アタシは教室を後にする。開けっ放しにしていた空き教室の窓辺は、今はもう冷たくなっていたけれど……。アタシの座っていたその席は今もきっと温かい。


 アタシの席はもう無くても、あの子の席を用意する事。その手助けは出来る筈だから。

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