第110話 ぷっちん


 手に入ったばかりのレシピ、ビニールプール。



 詳細プロパティによれば、無限に貯水出来るらしい。



 ってことは、パールゥの巨体も収まるってことじゃないだろうか?



 やってみる価値はあるな。



 ビニールプールのレシピはこれ。



・バスタブ×5 + クヴァールの実×10 = ビニールプール×1



 幸い合成に必要な素材は手持ちのもので賄える。



 クヴァールの実のネバネバがビニール素材っぽいのかもしれないが、ビニールプールの素材とは思えないレシピだよな。バスタブ×5とか……。



 でも、すぐに作れるのは確かだ。

 俺は早速、素材を整理してビニールプールを合成する。



「出来た。ほい」



 アイテムボックスから取り出し、そのまま目の前の床に置く。



 ブルーカラーの爽やかな見た目。

 ジャンボサイズと言っても、子供が三人くらい入ったらキツキツになりそうなくらいの大きさ。



 なんと言うか……本当に普通のビニールプールだった。



 最初から空気が入ってるのはありがたいが……本当にこんなので説明にあったような機能を備えてるんだろうか?



 不安になってくるくらい貧弱な見た目だった。



 まあ、とりあえず試すだけ試してみよう。



「パールゥ、これなんかどう? 狭くて落ち着くと思うけど」

「ぷぷぷぅ?」



 ビニールプールをお勧めすると、彼女は訝しげにそれを見つめていた。



 そりゃそうだ。

 いくらなんでも、こんな小っこいのに収まりそうにないもんな。

 でも、



「小さそうに見えるけど、結構たくさん入るみたいなんだ。気に入らなければ別のを探すけど」

「ぷぷぅ」



 入ってみるらしい。



 パールゥはビニールプールの側に寄ってくると、体の一部を伸ばして中に踏み入る。

 すると――、



 まるで掃除機にでも吸われたように、パールゥの巨体が小さなビニールプールの中へスルスルと入って行く。



 あっという間に並々と注がれた水のようになってしまった。



「おお……」



 ほんとに入りきった。

 すげー……。



 ビニールプールを覗くと、水面でパールゥの目だけがパチクリとしていた。

 まるで、でっかいゼリーかプリンみたいだな。



「どんな感じ? 大丈夫そう?」

「ぷっぷぷぅー」



 どうやら気に入ったらしい。



 しかし……このビニールプールって一応、罠扱いなんだけど……どの辺がそうなんだろうか……。

 未だ謎である。



 何か普通とは違った使い方があるんだろうなー……。

 これまでの罠もそんな感じだったし。



 そんなことを考えていると、苦しそうな声が聞こえてくる。

 パールゥだ。



「ぷ……ぷぷ……」



 どうやら、ビニールプールから出られないっぽい。

 水面が盛り上がるが、それ以上は無理なようだ。



 もしかして、入ったら出られなくなる……そういう罠?

 でも、こんな目立つものに、わざわざ入る侵入者もそうそういない。



 それはともかく、パールゥを助けないと。



 俺は彼女が伸ばしてきた体の一部を引っ張る。

 が、そんな程度では全く引っこ抜ける気がしない。



 あの巨体がこの中にみっちり詰まってるんだもんな。

 隙間でも作ってやらないことには抜けないんじゃないか?



 そう思った時、ふと視線がパールゥの体を透かした先――ビニールプールの底に行く。

 そこには排水用の栓が見えた。



 これだ!



 栓の口は底から横に向かって伸びている。

 俺はすかさず、その栓を抜いた。



 ポンッ



 まるでシャンパンのような音がしてパールゥの体が飛び出した。



「ぷふぅ……」



 元の大きさに戻った彼女は安堵の息を吐いていた。



「なんかヤバそうだな。これは使わない方がいいんじゃないか?」

「ぷぷぷぅ」



「え? 結構、居心地は良い。寧ろ最高。自由に出入り出来るんだったらこれがいい」



 なんだか彼女はこのビニールプールがとても気に入ってしまったらしい。



「じゃあ栓を開けっぱなしにしておけばいいんじゃないか?」

「ぷぅ!」



 彼女はそのまま元の場所に戻ってみる。が……、



「ぷふぅ……」



 入れなかった。



 どうやら、栓をすることで大容量のものを圧縮出来る仕組みらしい。

 ってことは、誰かに開け閉めしてもらわないと使えないな。



「なら、こういうのはメダマンに頼むのがいいな。パールゥの合図で開け閉め出来るように指示を出しておこう」



 俺は新たにメダマンを作り、ビニールプールの排水口係に任命した。



 これでOKだろう。

 それにしても栓を開けないと出てこれないなんて、まるでぷっちんプリンだな。



 俺は逆さまにして皿に落ちるプリンを想像する。



 と、そこで、何かが思い付きそうな気がした。



 そういえばこのビニールプール、底が吸着素材だから壁面や天井にも設置可能って書いてあったよな?



 ってことは、天井に設置しても栓を開けない限り、中身は落ちてこない……。

 そんな罠アイテム……。



「……」



 もしかして、これって膨大な量の水を頭上から降らせて溺れさせる……そんな罠なんじゃ……?



 無限に水が入るってことは、細い通路や落とし穴に仕掛けたら簡単に水攻めが出来る。



 そうか、そういう使い方に違い無い。

 だが……。



 俺は嬉しそうにしているパールゥに目を向ける。



 これはこれで彼女の落ち着ける場所として使ってもらうことにしよう。



 ただ、せっかくだから、侵入者対策の一つとしても活用できたらと思う。



「ちょっと借りるよ」



 俺は何も入っていないビニールプールを強欲の牙グリーディファングで挟んで持ち上げる。

 そのままそいつを真上に放り投げた。



 ピタッ



 説明書き通り、天井に張り付く。



「あの場所でもいいかな?」

「ぷっぷぅ!」



 いいよ! って言ってる。



 パールゥが飛び跳ねると、そのままビニールプールの中へと吸われて行った。

 もちろん、彼女が落ちてくることはない。



「もし、侵入者が来たらメダマンに栓を開けてもらってね。そのまま押し潰しちゃってもいいよ」



「ぷっぷぷ!」



 彼女は「了解!」と叫んだ。



 これで、ぷっちんプリントラップの完成だ。


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