第47話 画策

〈勇者側視点〉




 勇者アレクは焦っていた。



 王都に帰還して早々に城へ呼び出されたのだ。



 彼は謁見の間へと続く長い回廊を歩きながら考える。



 魔王討伐に向け、獅子奮迅の勢いで出発した勇者が、この早さで帰還するなど、誰しもが予想だにしない出来事だろう。



 ましてや、既に魔王を倒し、これが凱旋であるとの考えに至る者などいるはずもない。



 だからといって、ここで素直にゴーレムに敵わなかったと告げて、信じる者がいるだろうか?



 いや、いないだろう。



 そもそも、勇者がゴーレムに敗退したなどと、口が裂けても言えるはずもない。

 噂はすぐに他国へと伝わり、勇者のみならず、リゼル王国そのものの名を貶めることになる。



 そうなればアレクは敗退勇者のレッテルを貼られ、それが一生自分の身に付いて回ることになる。



 そんなのは御免だ。



 それに、そんなことになれば全てが無駄に終わる。



 アレクが勇者という名の国の使いっ走りに敢えて甘んじていた理由は、魔王を討伐したことによる多額の報酬と爵位が目当てだからだ。



 一生遊んで暮らしても使い切れない金。

 己が法であり、好き放題に出来る領地。



 それがなければ、こんな面倒なことを素直に引き受ける訳がない。



 他国の勇者の中には魔王討伐の責務を自ら放棄し、持って生まれたその類い希なる力を振るい、他者を暴力で支配する者もいるという。



 しかし、それでは余計な者を敵に回し、煩わしさが付いて回ることになる。

 それは得策ではない。



 やはり、誰の目から見ても勇者としての責務を果たしたと思える状態を作らなければならない。

 そうなれば多少の事は目を瞑ってもらえるというもの。

 それが勇者という名の免罪符なのだ。



 アレクはそれが欲しかった。

 だからこそ焦っていた。



 しかし、彼の足が謁見の間に到着したと同時に考えがまとまった。



 近衛兵に扉を開けてもらい中に入る。

 するとそこには、玉座に腰掛ける口髭を蓄えた中老の男――リゼル王、バルトロメウス四世が既に待っていた。



 アレクは王の前に跪く。



「よくぞ戻られた。勇者アレクシスよ」



 リゼル王は彼を送り出した時と変わらない厳粛な面立ちで迎えた。



 逆にアレクは「よく言う」と内心で思う。



 その心を知ってか知らずか、リゼル王はこう切り出した。



「して、何故戻った? よもや、もう魔王を打ち倒してきたという訳でもあるまい?」



「ええ、仰る通り、残念ながらそこまでには至っておりません。ですが、今回は偵察が目的でしたので」



「偵察だと? そのような話は聞いてはおらぬが?」

「ええ、わざわざ王様にお耳通しをするほどのことではないと思いましたので」

「ほう」



 リゼル王は意味ありげな視線を返した。



「確実な勝利をもたらすのは、確実な情報からと申しますので」



「なるほど、他国の勇者があの地に向かっている中、そのような余裕ある行動が取れるのも瞬足スキルを持つ御主が故のことというわけか」

「はい」



 互いに視線を合わせ口元を綻ばせる。



「それで、何か有益な情報を得ることが出来たのか?」

「ええ、とても」



 リゼル王は顎に手をやり、興味深く耳を傾ける。



「聞かせてもらおうか」



 かといって、ゴーレムのことをそのまま話す訳にもいかない。

 言葉を選ぶ必要がある。



「この度の魔王城ですが、正攻法で落とすには少々手間が掛かりそうです」

「その理由は」



「魔王城の周辺に特殊な魔物が守護兵として置かれていました」

「特殊な魔物とな? それは具体的には言えぬのか?」



「ええ、私もあのようなものは見たことがないので、特殊としか言いようがありません」

「ほう」



 間違ったことは言っていない。

 あのようなゴーレムは産まれてこの方、見たことがないのは確かなのだから。



「それで、見たこともないそのようなものを相手に……勝算はあるのか?」



 そこでリゼル王は勘繰るような視線を送ってくる。

 なのでアレクは毅然とした態度を装う。



「ええ、充分に」

「ならば向かうがよい。魔王を打ち倒す力を持つのは勇者しかおらぬのだから」



「その為にも二つほど頼みたいことが御座います」

「ほう、言ってみよ」



「腕の立つ魔法使いウィザード聖職者クレリックを用意して欲しいのです。特に魔法使いの方は水系の魔法に長けている者を」



「それがその特殊な魔物に対抗する手段になると?」

「そうです」

「分かった。用意させよう」



「それと、リゼルの魔法騎士隊を置いている町で魔王城に一番近いのはどこでしょう?」



 リゼル王は一瞬、言い淀む。



「ルギアスがそれにあたるだろう。一小隊規模ではあるが」



「では、その小隊を全てお借りしたいのですが」

「む……」



 リゼル王の眉がピクリと反応する。

 最早、勇者らしからぬ総力戦のような態を成し始めているからだろう。



 しかし、このリゼル王国にとっても、あの地を手に入れることは悲願である。

 リスクとリターンの配分計算。その駆け引きだ。



「よかろう。その旨を記した書簡を持たせよう」



 それでアレクの中に自信が蘇り始める。

 恐らくはこれで行けるはず。所詮はゴーレムだ――と。



 そして、



 全ての要望を聞き入れた後で、リゼル王は疑問に思ったようだ。



「しかし、瞬足の御主は良いとして、魔法使いウィザード聖職者クレリックを連れて今から魔王城に向かうとなると、かなりの時間を要すことになるのではないか?」



 それに対しアレクは含み笑った。



「そこは、なんとかなると思います」


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