第249話 二人の勇者

「俺は魔王を倒し、この世界を救った男だぞ?」


「お前のやってきたことは全て、私にもできる」


「――おい、なんだこいつは。失礼すぎるだろう!」


 アラービスは対戦相手を指差し、近くに立っていた審判の男に怒声を発した。

 しかし審判の男もアラービスに同調することなく、ただ無言を貫く。


「おい、お前。ここに教皇を呼べ」


 アラービスが今度は、審判の男の顔を突き刺すように指差した。


「まもなく開始となります」


「おい! 呼べと言っているだろう!」


「………」


 審判の男は聞こえないかのように、黙っている。


「審判の分際で……! お前ら、俺の国との国交がどうなってもいいのか」


「武器を構え、ご準備ください」


 審判の男は用意された言葉を淡々と放つ。

 アラービスは埒が明かないとわかったのか、舌打ちして剣の柄を握る。


「……この国の管理はいったいどうなっている? 一国の国王がわざわざ招聘に応じて参加してやっているというのに」


 アラービスは顎を震わせるほどに、苛立ちを隠せない。


 自分に頭を下げない人間が、アラービスは心底嫌いだった。

 これだけの力と名声を手にして、自分に従わない人間が居ること自体が異常だと理解している。


 誰のおかげでこの世界が残っていると思っている。

 ただ自分に平伏しろ。

 泣きながら世界を救ってくれてありがとうと、日々感謝していろ。


 アラービスが他人に求めるのは、なによりもそれだった。


「――試合開始!」


 審判の男が声を発すると、観衆がまた一斉に沸き立つ。


「あとで平謝りすることになっても知らんぞ」


 アラービスが忌々しげな顔のまま、剣を抜いた。

 剣は鞘から抜かれるなり、白いオーラをまとう。


 今回アラービスが用意した剣は『星屑の古代剣スターダストブレード』という広刃の剣ブロードソードである。


 この剣には相手の防御を20%貫通してダメージを与えるという【防御貫通デフェンスブレイク】が常時備わっており、防具の上からでも相手を損傷することができる。


 さらにアラービスがまとう鎧も破格である。

〈軽量化〉魔法が施された、|七色の鎧〈セブンライト・アーマー〉であった。


 この鎧には〈全属性耐性強化〉が備わっており、あらゆる属性の攻撃を25%カットするという万能さで、過去、古代王国の王がこの鎧を着て大軍の先頭に立ったとされている。


「いつでも来るがいい」


 アラービスが王者らしい貫禄を見せつけながら、静かに言った。


「なら遠慮なくいくぞ、アラービス」


 神官帽の僅かなずれを直すと、ケビンが剣を構える。


「『様』をつけろ!」


「くく、小さい男め」


 そこでケビンが動いた。

 見てとったアラービスが、余裕の表情で防御姿勢をとる。


「……な」


 しかしその姿勢のまま、アラービスが目を見開いた。

 ケビンが挨拶代わりにと振るった剣の一閃が、まるで見えなかったのである。


 ――キィィン!


 幸いなことに、勘で立てただけの剣がその一撃を防いでいた。


「……ぬぅ!」


 アラービスが表情を一変させ、跳び退く。

 おおぉ、というどよめきとともに、周囲からは歓声が上がった。


「貴様……」


 アラービスの背中を、冷たい汗が流れ落ちる。


「恐怖するがいい。お前はこれから、こっぴどい恥を晒すことになる」


 ケビンは口元を歪めるようにして笑った。

 もしこの男をよく知る者がいたとすれば、腰を抜かすほどに驚いたであろう。


 そう、この男は数年ぶりに、心の底から笑っていた。


「次はどうかな、勇者兼国王殿」


 ケビンが飛ぶ。

 一瞬で間合いを詰めてくると悟ったアラービスは、剣の柄をぐっと握り直す。


「――そう何度もやられるか!」


 アラービスが串刺しにせんと、やってくるであろうケビンに、真っ直ぐに突きを入れる。


 だが突き出したそこに、ケビンはこなかった。


「なに」


 なんの手応えもなかった突きに、アラービスが青ざめる。


 フェイントであった。

 実際のケビンは体を前傾させ、飛んだように見せかけただけだったのだ。


「――愚かな」


 アラービスは剣を突き出した姿勢で無防備になっている。

 そこへ横から近接してきたケビンが、アラービスの頭部へ遠慮のない斬撃を放つ。


「うぬっ!」


 剣はやはり見えない。

 しかし頭を狙われた、と直感したアラービスはなんとか剣を戻し、それを受けた。


「ぐっ」


 予想以上の衝撃に、アラービスが顔をしかめる。


 普通の者なら、このようなとっさの受けは不可能である。


 勇者のスキル支援【三大神の加護】による【行動修正】があるアラービスであったからこそ、驚異的な動きの変化が可能になっているのだ。


「さすが勇者殿。常人離れした動きだ」


 ケビンが嘲笑う。

 当然、ケビンの攻撃は一撃では終わらない。

 袈裟、突き、横薙ぎ、と次々と剣撃を入れてくる。


「ぬううぅ――!」


 体勢が崩れるのも構わず、アラービスは体をねじってそれを避ける。

 スキル【加速回避】による回避支援で、二撃、三撃まではそれでよかった。


 だが四撃目までになると、ケビンもさすがに回避の癖を掴む。


「甘すぎる」


 ケビンの剣が、そのやみくもな回避を咎めようと振るわれる。


「ぬぅあぁぁ!」


 アラービスがさらに回避を加速させて、剣を避けに行く。


 だが、完全には避けきれなかった。


「――うっ」


 茶色の髪が散る。

 剣がアラービスの髪とともに、左頬を目元から顎までを裂いていた。


「――おあああぁ!」


 やられっぱなしでは終われぬと、アラービスが崩れた体勢のまま、大振りで剣を振るう。

 勇者の能力【加速反撃】が発動し、それはそれなりの鋭い斬撃になっていた。


「ほう」


 追撃に動いていたケビンは虚をつかれた。

 わずかに自分の追撃より早いことを瞬時に見抜き、深追いせずに距離を取った。


「――おおぉぉぉ! 我らが枢機卿様!」


「なんという強さ、あの勇者アラービス様を相手に優勢だぞ!」


「アラービス様~! そろそろ本気を~!」


 白熱した戦いに見えたのか、観客席からは大歓声とともに拍手が巻き起こる。


「その剣筋……」


 アラービスが頬を流れる血を拭いながら、ケビンを睨んだ。


「……誰かに似ていると思えば、俺か」


 ケビンがなにも言わず、ただニィ、と笑った。


「お前は誰だ? なぜ俺の剣を知っている」


 ケビンはたまらず、ククク、と笑い声を漏らす。


 初代勇者の剣は『ユラル源流剣術』として世界に広められ、『剛よく柔を制す』で知られる剛の剣であるが、アラービスの剣術はそれではない。


 記録上3代目にあたる過去の勇者リトが残したとされる『真・勇者剣術ブレイブ・ソードマンシップ』を倣ったものである。


 この『リトの教書』で知られる書は複写され、今はどこの図書館でも閲覧できるが、実践するとなると勇者並みに祝福された高いステータスが必要になるため、誰でも模倣できるというものではない。


「言っておくが、私がお前の剣を真似たのではない」


「……なに?」


 アラービスが眉をぴくりと揺らす。


「私の職業を知れば、おのずとわかるだろう」


「……貴様の職業だと?」


「【勇者】なのだよ。私が、本物の」


 ケビンは優越に浸るような笑みを浮かべて言った。


「なんだと……?」


 アラービスが耳を疑う。


「今日、この場を楽しみにしていた。やっと私が本物であることを証明できる」


 ケビンは空を仰ぎ見て、小声で神への祈りの言葉を口にした。


「非常識だ。同じ時代に勇者が二人生まれることはない!」


 アラービスは声を荒げてそれを否定する。


 アラ―ビスの言葉は正しい。

 聖女には例があれど、未だかつて勇者が同じ時代に二人遣わされることはなかったのである。


「ならば」


 ケビンがふん、と鼻を鳴らした。


「これを見てもまだ言えるか、アラービス」


 ケビンが跳躍する。


「むっ」


 アラービスがその動きを追い、剣で頭部を守るように構えた。


「【勇者の一閃ブレイブ・ストライク】」


 ケビンがその頂点で振り下ろすように剣を振るう。

 三日月型をした白銀の刃が剣より放たれ、アラービスへと飛んでいく。


「――馬鹿な!」


 アラービスがぎょっとした。

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