第200話 武器祭・西地区予選
とうとうその日がやって来た。
『武器祭・真剣部門』。西地区予選当日。
今日ばかりは、朝の用事をすべて僕が引き受け、イシスには鏡の前に座ってもらった。
「ラモくん……」
「うわぁイシス、すごくきれいだ」
僕はやってきた彼女を見て、嘆息した。
結い上げられた髪、透き通るような頬、白い女性らしい肩。
白いワンピースから伸びる四肢はすらりとしていて、咲いたばかりの花のようだった。
「ホント? おかしくない?」
イシスも慣れないのだろう。
さっきからせわしなく、自分を見回している。
「全然。世の男が全員目を向けるくらい、綺麗だよ」
お世辞ではなく、僕は本当にそう思っていた。
彼女は磨かれていなかっただけの、ダイヤモンドだったのだ。
12歳でこれほどに美しかったら、将来が想像できないレベルだ。
アーノルドとやらも、イシスの魅力に虜になることだろう。
イシスが頬を染め、ありがとう、と小声で言った。
「ラモくん、ノットさんは」
「まだ来ていないね。あの性格だから忘れることはないと思うけど」
「そうだね」
イシスは頷いて、ふふ、と笑った。
「よし、じゃあ行こうか」
「うん」
◇◇◇
開催場所はイシスの家から30分くらい歩いて街道に出たのち、その街道沿いにさらに一時間ほど歩いた領主邸の庭だった。
涼しい季節だから歩くのもそう苦ではなかったけれど、街道に出ると、同じ方角に向かっている人が結構いた。
「領主邸だろ? 後ろで良ければ乗ってきな」
「ありがとうございます!」
幸い、途中から馬車に相乗りさせてもらった。
歩くのと大差ない速度だったけど、脚を痛めているイシスに楽をさせてあげられるのがありがたかった。
馬車の後ろの下部にある足台に二人で進行方向と反対向きに座り、カタ、コト、と揺られること、しばし。
黒い鉄格子の門をくぐって、馬車が止まる。
降ろしてもらった僕たちは、送ってくれたおじさんに丁寧に礼をした。
「これが庭なんだ」
僕は伸びをしながら、あたりを見回した。
「領主邸だもの」
庭と呼ばれる場所は、小綺麗に整えられていて広大だった。
馬車なら千台くらい停めてもまだ空きがありそうだ。
少し歩いた先で受付らしいことをしているひとだかりがあり、その先に闘技を行うための四角く括ったスペースがあるのが見えた。
特に遅れてきたわけじゃないのに、そこにもすでにたくさんの人が集まっていた。
「あっちだね」
「うん」
僕たちは観戦なので、そこを素通りして闘技スペースの方へ向かう。
「……そういえば、ラモくんは武器祭に参加しないんだよね?」
観戦者がごったがえしている場所に着き、ちょうどよい木陰を見つけて腰を下ろしたところで、ふとイシスが訊ねてきた。
「まあね」
「考えてみればラモくんが戦うところ、一度も見たことなかった」
花のようなイシスが顎に人差し指を当てて、頭上の葉を見るようにする。
「そうだった?」
「うん。ラモくんは狩りも罠仕掛けでやるから」
言いながら、イシスが僕に目を向け直す。
その顔には木漏れ日が差している。
そうか、夜盗から助けた時、イシスは早々に気絶して見てなかったんだな。
「ラモくんって、本当は強いんじゃないかしら」
「かなり強いと思うよ」
僕は得意げに力こぶを作ってみせる。
「うんうん。罠仕掛けも上手だし、うまくやればゴブリンに勝てるかも」
イシスが褒めてくれる。
「実は優勝したら『20金貨』っていうからさ、さっき通りすがりに参加できるか興味本位で訊いてみたんだけど」
僕は受付があった方向を指差しながら言った。
「うん」
「職業なしは論外だって」
僕は口をへの字にして、肩をすくめた。
僕の職業は相変わらず【???】なのだ。
ノットと戦えるだけの実力があるのはわかったし、無意識に影を抜けたり、鉄を切断するような不思議な技を使えたりもしたから、そんなに弱くはないと思うんだけど。
「アハハ。それは仕方ないわ」
イシスが口元を押さえて笑う。
「うちの家で、職業を持っているのはお父様だけよ。ラモくんが特別変なんじゃないわ」
イシスが僕の背中をさすって、慰めてくれる。
イシスの家庭では、母親が職業を持たない人だからか、四人の娘は揃ってそれを持たないという。
まぁイシスに関してはまだ十二歳だから、これから天啓があるかもしれないけど。
「なんだよ、出れたら僕が優勝してイシスに賞金をあげたのにな」
「じゃあその時は、私がラモくんのお嫁さんになるわ」
イシスが笑いながら言い返す。
「なら毎日、芋を焼くよ」
「それ、むしろ幸せよ」
すごく美味しいもの、とイシスが言う。
「お爺さんになっても焼いてるかもよ」
こんな感じでさ、と僕は腰を曲げて、よぼよぼとした様子で焼きいもを転がすふりをする。
「アハハ」
そう言って、いつものように笑い合う。
でも職業の問題がなくとも、どのみち僕は『武器祭』には参加しなかっただろう。
今はイシスから離れてしまう時間は少ない方がいい。
◇◇◇
正直、顔ぶれを見て驚いていた。
『真剣部門』であっても、子供から老人まで幅広い年代の人たちが予選に参加していたからだ。
近くにいたおじさんに話を聞くと、今、この国を代理で治めている美しい王女様が、どうやら優勝者への賞金を倍に釣り上げた影響らしい。
それだけではなく、優勝してこの国の代表になり、
夢みたいな話だ。
王女様と結婚したら、のちのちは王になるんかな。
まぁ、僕には関係ない話か。
「開始!」
「戦い、やめ! 勝者は――」
「はじめっ!」
杭を四方に建て、そこをロープでくくっただけの闘技スペースで、熱い戦いが繰り広げられている。
それが全部で四つあるが、ひとつだけ舞台のように特別に作られているものがある。
たぶん決勝とかは、あの舞台の上でやるのだろう。
「うりゃあぁぁ!」
小さい子が勇気を振り絞って戦う様は、見ていて胸が熱くなるほどだった。
皆、家庭のために賞金を手にしようと、一生懸命努力してきたのだろう。
負けて泣いている姿を見たら、ついもらい泣きしてしまった。
(みんな立派だ……)
記憶はどこかに行ってしまったけど、命がある間はこの国で役立つことでもしようか。
ここにいる人たちが少しでも貧しさから解放される手助けができれば、悔いはないだろうな。
「終了! 勝者は青!」
「司祭様! お願いします」
真剣を扱うといえど、命を奪う行為は断じて許可されていない。
それでもけが人は相応に発生してしまうのだが、司祭と呼ばれる
「アーノルド様だわ……」
「いらした……アーノルド様ぁぁ!」
そんな中、イシスの期待のアーノルドが登場した。
昨年地区優勝しているらしく、初戦から注目の浴び方が完全に違っていた。
「きゃぁぁぁ!」
「素敵ぃぃ! アーノルド様ぁぁ!」
イシスの言っていた通り、女性たちの興奮具合が激しい。
アーノルドは片手を上げて、その声援に応える。
確かに18歳くらいに見える長身の男で、金髪を肩まで伸ばしている。
イシスには悪いけどちょっと気取った感じが鼻につく。
「ほら、近くに行くよ」
「……ぁ……」
周りにすっかり圧倒されて出遅れているイシスを引っ張り、観戦しに行く。
「イシス、応援して。アピールアピール!」
「………」
「ほら、イシス。声でアピールするよ!」
しかしイシスは顔を真っ赤にしてカチコチになってしまい、言葉が出ないのだった。
◆◆◆
そうやって、午前の早い時間から行われた予選は予想以上の参加者で時間が押してしまい、午後の予定していた時間になっても全てが終わらなかった。
準決勝の勝敗がついたのが、18時すぎ。
決勝は体力回復の時間をとって、 19時から行うこととなった。
闘技スペースの周囲に篝火が焚かれ始めると、それだけで観戦している客たちから歓声が上がり始めた。
舞台の周りを取り囲む彼らは、すでに酒を片手に盛り上がっている。
まあみんなにしたら、なかなかない面白い娯楽なのかも。
「では両者、中に入って」
勝ち残った一人は、やはりアーノルド卿。
「アーノルド様!」
「こっち向いてー!」
もう何戦目かわからないが、相変わらず飛び交うピンクの声援に、耳がきんきんする。
僕たちは女性のわんさか集まるアーノルド卿側の席に陣取っている。
見れば、百人以上いそうな応援のほとんどが、着飾った若い女性たちだった。
アーノルドが手に持っている武器はレイピアと呼ばれる、突きに特化した細身の剣だ。
その軽やかな剣が繰り出す点の攻撃に翻弄され、見ていた限り、相手はひとりもまともな戦いをすることができずに終わっていた。
「あ……」
例によって、イシスはまた言葉を失くしている。
優勝が決まってから、おめでとうと言いに行くのが行きやすいね、と話していたけれど、この調子だと詰めかけている他の女性陣に押し退けられて、話もできずに終わってしまうだろう。
ここまで来たんだから、なんとか接近する場面を作ってあげないとな。
「これより西地区真剣部門予選決勝を行う」
「始まるね」
「……う、うん」
頷くイシスの姿は、篝火で暖色に染まっている。
ちなみにアーノルド卿の相手は、レイピアとは相性の悪そうな、レスラータイプのおじさんだった。
その手にはナックルと呼ばれる金属の武器を嵌めている。
うん、これ以上ないほどのヤラレ役だ。
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