第141話 改変・魔王戦5

 

「――毎度毎度、同じ手を食うと思うてか」


 魔王が紅蓮の両手剣グレートソードを突き出すように構える。


「――【魔の破滅イービル・コラプス】」


 即座に勇者たち一行を【ターゲティング】した魔王は、両手剣グレートソードをその場で斬り上げた。


 アリアドネの顔が恐怖に歪む。

 しかしそれも一瞬のこと、彼女は凛として覚悟を決めた。


 次の瞬間、【魔の破滅イービル・コラプス】により、魔王が持つ両手剣グレートソードと同じ形をしたものがあらゆる場所から突き出つ。


 ――はずであった。


 だが、驚くべきことが起きていた。


「……えっ」


 アリアドネが、拍子抜けした表情になる。

 仲間たちも、唖然としていた。


 突き立つはずの魔法の剣が、随所で枯れた花のように萎れて垂れ下がっているのである。

 そんな姿を晒しただけで、魔の破滅イービル・コラプスはなんの意味もなく消え去っていく。


「なっ……なんだと……!?」


 これには魔王も動揺を隠せなかった。

 必殺の【魔の破滅イービル・コラプス】を完全に無意味にされてしまったのである。


 ここにおいて、未知の魔法が作用していた。

 出来上がった魔法攻撃を変性させてしまう魔法である。


 魔の破滅イービル・コラプスは、【集約拡散】すらも受ける以前に変性したのであった。


「――うぬぅ!」


 魔王が聖なる十字架に囚われる。


「……おい、いまのリタか?」


 魔王の剣撃が変性したのを見て、ラインハルトがリタを振り返る。

 しかしリタはすぐに首を横に降った。


「あたしにあんなこと、できるはずがないだろ」


「だとしたら……またあいつか」


 ラインハルトが、一人の男に視線を向ける。

 そして、フッと笑った。


「実に頼れる奴が最後に入ってくれたものだ」


 その時、魔王が叫んだ。


「我を舐めるなぁぁ! ――〈逆流の13クロノサーティーン〉」


 魔王が囚われの状態から一言言葉を発しただけで、なんと魔法を完成させた。

 事前に魔法を待機させていたのである。


 〈逆流の13クロノサーティーン〉 は世界の時間に干渉し、自身だけを13秒前に戻すことができる魔法である。


 魔王が今回〈聖なる十字架ホーリークロス〉に対抗するために、いにしえの魔法を蘇らせ、準備してきていた。


 しかし。


 〈『時の旅人』が近くに存在しています。現在、時間に干渉できません〉


 魔王の脳裏に魔法失敗のアナウンスが鳴り響く。


「なにっ!?」


 再び、魔王が驚愕する。

 最後の奥の手が、予想もしない手段で封じられていたのだ。


「いったい何奴が……」


 十字架に拘束されながら、魔王が一行を睨む。


『時の旅人』とは、時空魔法を使ってこの現在に存在している、本来いないはずの存在を意味している。


 彼らは概して未来からやってきて、何らかの方法で過去を変えようとしていることが多いとされている。


「……そういうことか」


 魔王は即座に理解した。


 時の旅人は『時間圧』により、歴史への干渉が制限される。

 それゆえ、無用な干渉をしないよう配慮した動きになることはたやすく想像がついた。


 そう。

 だからあの男は、仮面をつけているのである。


 魔王がほくそ笑む。


「やっと理解がいったぞ」


 ならば、全く難しくない。


 ただ時空魔法を切断してやればよいのである。

 そうすれば、あの男は時空の狭間に陥り、二度とここにも、元の世界にも戻れなくなる。


 悪魔の言語であれば、解除の魔法は磔の制限下にあろうと、詠唱できるほどに単純であった。


「Επομένως……」


 だが魔王はそれ以上言葉を続けることができなかった。


 刹那、その仮面の男が動いたのだ。

 光のように。


「なっ……」


 なんという速さ。


 驚く間もなかった。

 魔王が気づいた時には、自身の胸に魔人将アークデーモンの剣が突き立っていた。


「貴様、未来の勇……者……」


 魔王がごぶっ、と口から血を吐いた。


 詠唱はキャンセルされ、再詠唱は三分後まで行うことができない。


「――みんな、今だ! 勝てるぞ」


 剣を突き立てた仮面の男が振り返り、叫ぶ。

 その言葉に、仲間たちが雷に打たれたようにはっとする。


「――つ、続けぇ! みんなでとどめだ!」


 エドガーが言うと、ラモチャーに習うように、魔王に槍を突き立てた。





 ◇◇◇




「ぬおぉぉ!」


 好機と悟った勇者パーティの面々が、一斉に突っ込んでくる。


 続けてラインハルトやリッキーの剣も魔王に突き立つ。


「お……のれ………!」


 磔のまま血を吐いた魔王が、斬られながらもぎろりとラモチャーを睨む。


 断じて、このままでは終わらせるつもりはなかった。

 そしてちらりと、離れた位置にいる聖女に目をやった。


 最後の最強の一手を、魔王は思いついていたのである。


「……く、くく……」


 同時に気づいた。


 なぜ未来からあれほどの力を持つ勇者がやってきて、今の自分に干渉しようとしているかを。


 この一手がのちの世に大きく響くからなのだ。

 魔王は、笑いが止まらなくなった。


 馬鹿め。

 この一手を止めさせはせぬ。


「 ……Συμφώνησε με την κλήτευση μου Πριγκίπισσα του Καθαρτηρίου…… 」


 魔王はその身に武器を突き立てる人間たちを意に介せず、詠唱を始めた。


「死ねやー!」


 勇者たちの槍が、剣が、斧が、繰り返し魔王を貫く。


 とうとう魔王の首が飛び、石畳を転がった。


「Αριάδνη, η ιερή γυναίκα του πολέμου, κάτω στο χέρι μου」


 だが魔王の詠唱は止まらない。


「しぶといぞ! まだ生きてやがる」


「――アリアドネ、聖剣でとどめを!」


 大剣を振り下ろした姿勢のまま、ラインハルトが聖女を振り向く。


 離れた位置に居たアリアドネが頷き、最後の一撃を魔王の頭部に見舞おうと、踏み込んで聖剣アントワネットを振りかぶった。


 血を流す頭部だけの魔王と、アリアドネの目が合う。

 そこでとうとう魔王はニヤリ、と笑った。


 ……………………。


 ………………。


 …………。




 ◇◇◇




 空では星が競うように瞬いている。

 長かった【過去への訪問】を終え、僕は現代に帰還していた。


『時間圧』に殺されないよう、歴史に大きく関わらないようにするつもりだったが、やっぱり僕も人間、つい感情で動いてしまった部分があったことは否めない。


 アリアドネが煉獄の巫女アシュタルテとなり、皆が『祝福帰還』したところで、旅の終わりを告げるように時のゲートが開いた。


 帰り道が現れて、胸を撫で下ろしたのは言うまでもない。

 大きすぎる重大な変化をもたらしてしまった場合は、帰りのゲートが開かないからだ。


 そういう場合は、数日と経たないうちに、時間圧になんらかのすべで殺されてしまうとされる。


 生きて戻ることができたのは、本当に幸いだった。


「さて」


 僕は懐から一冊の本を取り出す。

 高額を支払い、図書館から貸し出し手続きを踏んで借りてきた、歴代勇者パーティに関する書物だ。


 僕は地面にあぐらをかいて座り込むと、しおりを挟んでおいたページを開き、月明かりの中で読む。


「……よし」


 僕の介入前後で、歴史に大きな変化は起きていない。

 僕の成した変化のほとんどは歪められ、なにもなかったことになっているようだった。


 変わっていたのは、ラインハルトとリタに隻眼という記載がなくなっていることと、あらたに第四代勇者パーティにラモチャーという名前が記載されていることだ。


 が、ラモチャーは魔王との戦いから生還できなかったことになっている。


 理由は詳細不明と書かれているが、僕はリタの出してくれた『祝福帰還』に乗らなかったので、煉獄の巫女アシュタルテに殺されたことになったのかもしれない。


「そろそろやるか」


 僕は本をたたんで懐に仕舞うと、立ち上がった。

 煉獄の巫女アシュタルテに会うのだ。


 過去に戻り、できることは全てやった。

 ここまで来たら、後はうまくいっていることを祈るしかない。


 うまくいっていたとしても、僕には少々悲しいことが待って……。


(いや、言うまい)


 それは、いつかはやってくるものだから。

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