第139話 改変・魔王戦3
そうしている間にも、ラモチャーから突き出た白い両手が、2つ目の
そこから『赤き龍』が七体、荒れ狂いながら飛び出した。
「………!?」
アリアドネは、もはや声すらも出ない。
皆の驚きの視線を一心に浴びながら、ラモチャーは無言で左手を片合掌させる。
するとその意を得たように、取り巻いていた赤い生地が次々と
「す、すげぇぇラモチャー!」
「ひえぇ、いったいどんな魔法だい……」
エドガーが我を忘れて見入り、リタは見たこともないやり返し方に感嘆のため息を漏らす。
随所で放たれ始める、ギュオォォォ、という咆哮。
「………!」
次の瞬間、広間全体の空気が震撼した。
互いの『赤き龍』同士がぶつかり合ったのである。
「ギュォォォ――!」
「フオォォ――!」
彼らの頭上では十四体の龍が入り乱れ、喰い殺し合いを始めた。
いつもはつん、とすました表情の
「……あの勇者……今までとはまるで比較にならぬ」
その間にも『赤き龍』は互いに刺し違え、その数を次々と減らしていく。
やがて。
最後のぶつかり合いに勝利した一体が、宙を舞っていた。
それは負傷した龍を次々と食い殺す形で動き回っていたため、ほぼ無傷に近かった。
「どっちだ」
「どちらの龍が勝った!?」
皆が緊迫した表情になって身構えながら、龍の動きを注視する。
その一体は咆哮を上げ、狙いを定めて宙を走った。
「…………!」
金属音のような悲鳴が辺りに響き渡る。
なんとその一体は、
自己治癒を超える重傷を負った場合、最高峰の悪魔たる『ソロモン七十二柱』といえど、命令を離れて帰還せねばならないのである。
「ぬぅ……」
魔王が細めた目のまま、当事者たる片合掌の男を睨んだ。
「す、すげぇ……
「ら、ラモチャーひとりで……」
仲間たちが振り返り、ラモチャーを呆然と眺めていた。
感嘆する一方で、その顔には一様に同じことが書かれていた。
なぜ一介の
◇◇◇
「………」
アリアドネは、全身に鳥肌が立っていた。
タンクするほどの攻撃相殺力があるはずもなく、最強の敵たる魔王相手に前衛に立つなど、非常識との非難を免れない。
なのに……。
いや、それよりも不思議だった。
なぜこの人は、私を守ろうとしてくれるのか。
誰もが放置する自分を。
「当代の勇者は全くもって破格だな。そしてその後ろの女……ラーズではないな。ヴィネガーの奴が寄越した聖女か」
魔王が、魔剣で二人を指し示した。
「――ば、馬鹿野郎、勇者は僕だぞ!」
たまらず、エドガーが槍の穂先を突きつけるようにして叫んだ。
エドガーとしては、どうしても聞き捨てならなかった。
生まれてこの方、『勇者』とは唯一、自分を指す敬称であったから。
それを耳にしたラインハルトとリタが、揃って顔をしかめた。
魔王に誤解をさせておけば、メリットこそあれど、デメリットはなかったのである。
「……ほう。貴様が? ではこいつは何者だ。どう見ても勇者の力量であろう」
魔王が顎をしゃくるようにして、般若の仮面の男を指し示した。
「そ、それは……」
エドガーが口ごもる。
「まあよい。先に殺す奴は決めてある」
言いながら魔王が再び宙に舞い上がり、能力を解放し始める。
間もなくして、魔王の胸に十二の紋が浮かび上がった。
魔王が体内に飼う鬼神の能力を覚醒させたのである。
「また来るぞ! 陣形を! コモドーを守れ!」
ラインハルトが叫ぶと、皆が戦いに意識を戻し、予定していた通りの動きに入る。
光の神官コモドーは、聖杯を片手に相変わらず詠唱を続けている。
なかなか完成しないのは、たった今2度目の詠唱失敗となり、3度目の詠唱に取り掛かっているためである。
「――死ね。愚劣なるラーズの下僕め」
魔王が左手をかざし、宙に1メートル強もある石塊を召喚した。
ひゅん、と音を立てて、石塊が飛来する。
狙われたのは言うまでもない、コモドーである。
「――触れるな! 避けろ」
ラモチャーが珍しく声を張り上げる。
魔王が放つこの石塊は『散布の悪魔岩』と呼ばれ、勇者アラービスの代にもなれば、皆が知識として知っているものであった。
人の力が加われば多数の悪魔と化し、誰にも触れられずに地に落ちた場合は、そのままただの石で終わるのである。
「なに」
が、ラインハルトはすでに剣を振りかぶっており、止められなかった。
止められたとしても、コモドーが躱せたかどうかは定かではなかったが。
ガン、という音とともに大剣が石塊を捉える。
石塊はおかしいほどにたやすくばらばらになり、床に落ちた。
「むっ!」
皆が目を瞠る。
石の破片はそれぞれがむくむくと成長し、翼を生やした奇怪な悪魔へと姿を変えたのである。
それは
その数、14体。
「うわ、湧いた!」
「……どうするんだこれ!」
リッキーとエドガーが悲鳴を上げた。
「ちっ……これが狙いだったか」
ラインハルトが舌打ちする。
同時にそれを事前に見抜いていたラモチャーに舌を巻いた。
「手伝え、トブラ、リタ。エドガー、リッキー、ラモチャーの三人はコモドーを守りながら魔王を牽制しろ!」
ラインハルトが大剣を構え直しながら、指示を飛ばす。
「あやや、忙しくなりそうだね」
リタが顔をしかめて舌打ちすると、古代語魔法の詠唱を始める。
「キィィ――!」
ラインハルトの重鎧を
◇◇◇
失われた感覚器は治癒できないためである。
だが、『戦の神の聖女』は感覚器を含め、部位喪失しない加護を持つ。
だから
(臆してはだめ)
聖剣アントワネットを目の高さに構え、ラインハルトを狙い続ける
魔物を捉え、聖剣が微光を放ち始めた。
痛みは怖い。
でも仲間に怪我をさせるのはもっと嫌だった。
「やぁぁー!」
アリアドネは躊躇せずに飛び込み、自分に背を向けていた
「ギッ」
周囲にいた
その口からは、よだれが滴っている。
「………!」
畏怖し、思わずじり、と後ずさった、その時。
目を疑った。
アリアドネの顔が蒼白になる。
そう、
「――キュイィィ!」
それは全身を羽毛で覆われた、背に翼を生やす女。
羽毛は濃淡のついた黒褐色からすず色になっており、ところどころに美しく光る銀が混じっている。
明らかに人間ではない。
だが天使と呼ぶには躊躇われる程度の禍々しさがあった。
(これは……)
アリアドネはその目で見るのは初めてであったが、その特徴的な姿と色で、それがなんと呼ばれる魔物かを理解した。
その数20体ほど。
通常の
悪魔系統の一種とされ、海が近く、岩肌の露出した乾燥地域を好んで棲み、空から舞い降りて集団で人を襲うとされている。
灰色一色の
「なんだ、こいつら!?」
ぎょっとするエドガー。
「この毛並み……
リッキーが悪態をつく。
しかしリッキーは見ていなかった。
仲間のほとんども気づかなかった。
魔王の顔に、自分たちと同じくらいの驚愕が宿っていたのを。
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