第127話 不思議な重なり

 

 アラービスの剣の腕前に関しては、『第三相浄化』をあっさりと成し遂げたあたり相当だとは思うが、それ以上は正直わからない。


 火竜に飛びかかり、脳天に剣を突き刺して見せたとか、巨人ですら一撃で両断するとか、真偽の疑わしいものが巷に溢れているからである。


「もしあれが……」


 あれがアラービスでなければ、あれ程の剣の使い手は自分の知る限り一人しかいない。

 いや、なにより示すのは『存在感のない剣バックグラウンドソード』。


 ラモチャーである。


「ラモチャー様……」


 フィネスとも面識があり、そこではサクヤと名乗っていた男。


 サクヤ・ラモチャーという名だろうか。

 いや、ノペーラ・チカ・ラモチャーという名のはずだ。


「そうか……くふふ」


 フユナの顔に一瞬、優越に満ちた笑みが浮かんだ。

 フィネスには偽名で、自分には本当の名を名乗ってくれたのかもしれない、と考えたのだ。


「……いや、そんなわけがないか」


 すぐに真顔に戻った。

 よくよく考えてみる。


 あれだけの腕の人物である。

 特定されないよう、人それぞれで別な名を名乗っている可能性の方が高いだろう。


「サクヤ……様か……」


 頬が熱くなってくるのを止められない。


(それにしても)


 身近にいる妙な奴と同じ名前だが、ただの偶然だろう。

 それにサクヤの方が本名だったとしても、名は親がつけるもの。


 人を愛するにあたって、それは問題視するところではない。


「……いや、問題と言えば」


 ほかに大問題がある。


 フユナの見ていた角度からはよくわからなかったが、あの時、フィネスがラモチャーに抱きついて、なにか色っぽいことを仕掛けたように見えたのだ。


 まるでキスしたように見えてしまったのは、気のせいだろうか。


 いや。


「違う……気のせいじゃない……」


 フィネスは明らかに好意を抱いていた。

 思い出してわかったが、フィネスのラモチャーを見る目は、完全に恋乙女の視線だった。


 そう気づいてしまっただけで胸がどきん、どきん、と大きく跳ね始めた。


「………」


 まさかふたりっきりの上空で、いかがわしいことを……?


「………!」


 フユナの手綱を握る手がわなわなと震え始めた。


 いや、それはない話だ。

 上空ではまだフィネスはアラ―ビスだと思っていたような言い方だった。


 それでも、先に近づかれたと思うとどうしようもない嫉妬心が燃え上がってくる。


「きっとフィネスも、ラモチャー様を……」


 自分はフィネスと同じ人を愛してしまっているようだ。


「…………」


 だが、だとしたらどうだというのか。

 フユナは大きく息を吐いた。


 自分はラモチャー様への想いを到底止めることなどできない。

 ヴェネットから自分を守ってくれたあの時から、心は奪われてしまっている。


 フユナは左手を手綱から離し、鎧の上から自分の胸に当てた。

 風を切り続けているせいで、鎧も手もすっかり冷たくなっている。


 だが胸だけは火照るほどに熱い。


 あのお方は、誰にも渡したくない。


「こっちの方もライバルになるのか……」


 フユナはくすっと小さく笑った。

 頬に引っかかっていた一筋のブロンドの髪を、後ろに払う。


 いい、構わない。

 ぶつかりあってでも、自分はラモチャーに愛を告げる。


 そして……。


「あ、いけない」


 そんな決意を固めていて気づくのが遅れたが、フユナの跨っている馬の息が上がり、すっかり失速してきていた。


 当然と言えよう。

 もう2時間近くも、かなりの速度で疾走させているのである。


「ちょっと休もう」


 代えの馬を騎獣スフィアで数頭用意してきているので、すぐ乗り換えることも可能だが、仕舞う前にきちんと休息を与えないと、次に呼び出した時に動けないことがあるのである。


「どぅどう……」


 魔物の気配がないことを確認し、道沿いの大きな木のそばに馬を止め、木陰で水と多めのえさを与えて休ませながら、フユナも軽く食事をとることにした。


 草地にハンカチを敷き、膝を折って座ると、りんごを剥き、干し豆を皿に並べていく。


 たったこれだけでも、『女性らしい手つきと仕草』というものがあり、フユナは意識せずとも自然と滲み出ていた。

 フユナとて貴族の令嬢であり、無意識に出るほどにそういった教育を受けてきたのである。


 剣だけに没頭していたのは、『ユラル亜流剣術』の継承者を競っていた一時期くらいと言ってよい。


 容姿端麗、胸も大きくスタイルは群を抜いている。

 親からは『一切黙る、もしくはその言葉遣いをなんとかする』ことができれば男が寄ってくると言われるが、この男勝りの話し方は変えるつもりはなかった。


 まぁ、もしラモチャー様からそうしなさいと言われたら、考えてしまうかもしれないが……。


「ふぅ」


 水袋の水を口に含むと、自分も随分と喉が乾いていたことに気づいた。

 春になり、随分と暖かくなったせいもあろうか。


 食べ終わり、片付けをして身なりを整えたが、馬は疲労の色が濃く、もうしばらく休ませる必要がありそうだった。


「よし」


 丁度いいので、先日街角の店先で購入してきたものを手にとる。

 そして、ほんのりと笑みを浮かべた。


 鞘から抜かれたそれは銀色に輝き、柄に変わった色の宝石が埋め込まれている。


「これが魔人将アークデーモンの剣か……」


 魔界から持ち帰られた魔人将アークデーモンの剣は希少なものだが、人気がないため大抵の武器屋の店先で目にすることができる。


 この剣はエルポーリア魔法学院で詳細に研究され、なんの魔法効果もないことが知られており、現在はそれほど高価な品でもなく、むしろ刀匠たちに言わせれば、「なまくら」と揶揄されるほどの品である。


 なぜこんなものを購入したかなど、言うまでもない。

 憧れのラモチャーが使っていた剣だからである。


 ――少しでもあの人に近づきたい。


 今はその一心で、フユナは日々、剣を鍛錬している。

 その気持ちのおかげで、最近はフィネスやカルディエからも勝利できるようになっていた。


「思ったより長いな……」


 振るのはたやすいが、重心が愛剣と違う上に振り切った後にも癖が感じられ、使いこなすとなると少々時間が必要な気がした。


「うーん」


 いつもの型をこの剣で練習してみるが、すぐに断念した。


「買ってはみたものの、私では無理かな……」


 振ってみると、長身の者向けに作ってある気がした。


 確かに魔人将アークデーモンは二メートルくらいあると本には書いてあった気がする。


「でも……」


 ラモチャーもそれほど背が高いようには感じられなかった。

 以前学園で会った時は自分より低いかも、と感じたくらいである。


「………」


 もう一度、フユナは手にある剣を眺めた。


 実際にどれくらい違うのだろう、とフユナは自分の剣と魔人将アークデーモンの剣を並べて地に置き、自分のより長い部分に木定規を当てた。


「12センチ……たったこれだけでこんなに違うのか……」


 フユナの剣は1.18メートル。

 12センチを足せば、1.3メートルになる。


「………」


 あれ……?


「1.3……メートル……?」


 この数字、どこかで聞いた気がした。


 誰か、身近な人でこんな長さの剣を使う奴がいたような……。


「フィネス……?」


 いや、違う。


 フィネスの聖剣アントワネットは何度も見せてもらったことがある。

 自分の剣と長さがほぼ同じのはずである。


 ならカルディエ?


 いや、カルディエの宝剣ジュラーレもそんなに長くない。

 軽さをとことん追い求めるカルディエが、そんなに長いものを使うはずがない。


 ヴェネットでもない。


 誰だったか……。


「……えっ……?」


 そう思案し始めたフユナが、突然、呼吸を忘れた。

 石像になったかのように、硬直する。


 フユナの脳裏に、とある記憶が蘇っていた。




 ……ところで、お前の新しい剣もバスタードソードがいいのか。


 ――1.3メートルくらいのがいいですね。


 その背丈で、長すぎないか?


 いや、距離感が使い慣れてますんで。




 フユナの目が見開いていく。


「………」


 そして、はたと気づく。

 不思議な、いくつもの重なりに。


 1.3メートルの剣。


 サクヤという名。


 そして、『存在感のない剣バックグラウンドソード』の使い手。


「……うそ……」


 フユナの手から、剣がするりと落ちる。

 全身に、さぁぁ、と立つ鳥肌。


 フユナは横たわった剣を眺めたまま、立ち尽くしていた。

 これは本当に偶然の一致だろうか。


「……フィネスの言うサクヤって、まさか……」


 だがそう考えると、今まで不思議だった謎が氷解していくことに気づく。


 そう。あのヴェネットの件も説明がつくのである。

 もしあいつなら、水を汲みに行き、その帰りに自分がヴェネットと戦っているのに気づくのは、至極当然。


 姿を偽って加勢するだけで済む。

 学園の制服を着ていたように見えたのも頷ける。


「あいつが……ラモチャー様……?」


 だが、自分の中でどうしても腑に落ちない部分があった。


 あの人格の違いである。

 その差は文字通り、大人と子供ほどもあろう。


 フユナは剣を睨むようにしながら、腕を組んで思案し始める。


「………」


 大人が子供のふりをすることは可能だろう。


 が逆は成り立たない。

 中身も外見も12歳のサクヤが、果たしてラモチャー様のような人格者の振る舞いをすることができるのだろうか。


「いや、無理だ……」


 あんなにバカで下品なサクヤが、あんなに大人の男性らしく、しかもカッコよく私を助けてくれるなど……。


「ありえない……絶対にありえない」


 フユナは繰り返しつぶやく。

 自分に言い聞かせるように。


 だが、そう決めつけてしまうことも、どうしてかできない。

 胸の中に、言いようのない違和感が残るのである。


「確かめてみよう……」


 フユナの目が、ふいに研ぎ澄まされる。


 王族護衛特殊兵ロイヤルガードとなった上に第一学園に転校してしまった今、あいつに会うのはそう容易くはないが……。


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