第100話 あこがれ



「聞いただろ? アラービス様は【第三相浄化】を一人でやってのけるおつもりだったんだ。きっと第一相で放ったあの力を回復させるために、第二相は休まなきゃいけなかったんだよ」


「……本当にそうかしら」


「続きを急かしたのはあいつだぞ? それにそれならそうと事前に我々に言うべきだろう。パーティプレイをなんだと思っている」


 しかしゲ=リは臆せず、口を開き続ける。


「ただそれを男気で言わなかっただけだと思うんだ。考えてもみなよ。【第二相浄化】のあの魔物たちを見ても、ひとつも臆することなく、ひとりで【第三相浄化】をやるって言い切ったんだよ? やっぱ勇者の器だよ」


「ゲ=リくん……」


 レジーナは驚きを隠せずにいた。

 自分の息子がこの逆境でここまで他人を弁護し、自己主張する姿を、見たことがなかったのである。


「確かに言い方は良くないかもしれない。でも聞いただろ? あの人は将来の人々のためにアリザベール湿地を浄化しに来た。少なくとも俺はあの人を尊敬できるよ」


 珍しく話し続けるゲ=リを見て、フィネスは静かな笑みを浮かべ、失礼しました、と謝罪した。


「……私達も言い過ぎたかもしれません」


 しかし、カルディエやフユナはまだ不満げな様子を隠しきれない。


 経験から、信用に足らない人物とパーティを組むと勝てる戦いすらも落とすことがあることを、彼女たちは知っているのである。


 そしてアラービスは、それを満たすに十分な唯我独尊ぶりだった。


 そこでピョコが立ち上がった。

 

「じ、自分、皆さんについていくだけですっ! 皆さんのおかげですごく成長しましたっ」


 ピョコは彼らとパーティ設定されていたため、同等の討伐経験値が取得できていた。

 下級の不死者(アンデッド)たちとはいえ、今日だけで【第一相浄化】、【第二相浄化】を終え、彼女にとってはとてつもない数の不死者アンデッドを倒しているのである。


 ピョコが今日取得したスキルポイントは実に66ポイントにも上り、大いにスキルツリーを伸ばすことができていた。

 言うまでもなく、第三国防学園一年生の中では、すでにトップクラスである。


「それは私達にとっても嬉しいことです」


 フィネスがにっこりと笑うと、カルディエやフユナも表情を緩めて同調した。


「皆さんごめんなさいね」


 ピョコが緩めてくれた空気に便乗するように、レジーナが割って入る。


「ゲ=リくんは昔から勇者様に憧れていてね。毎日『勇者ごっこ』して遊んでいるくらいなの」


「……ゆ、勇者ごっこ?」


 フィネスたちが硬直していた。


「母さん、それは」


 さすがのゲ=リも、それは言わないでほしかったという顔をしていた。

 だがレジーナはゲ=リの頭を撫でながら、引き続き暴露を継続する。


「私が聖女でしょう? だから私が生んだゲ=リくんは幼い頃から、自分が勇者になるって信じて疑わなかったの」


 確かに、そう言う例は少なくなかった。

 聖女が結婚し、生まれた子が血を引いた勇者なり、聖女なりになって世界に貢献していくのである。


「でもゲ=リくんは戦うことはおろか、剣すら持てなかった。そんなこともあって、不敗の伝説を持つアラービス様には最高の敬意を持っているのよ」


 くすくす、と笑うレジーナ。


「違うだろ母さん。俺が最高の敬意をもっているのはアラービス様じゃなくて……」


 ゲ=リが即座に母の言葉を否定する。

 レジーナは、あっ、という顔をして小さく舌を出した。


「あぁそうね。アラービス様は二番ね」


 レジーナが言い直すと、カルディエが言葉を挟んだ。


「確かにアラービス様が破格の実力の持ち主なのはわかりましたわ。わたくしの【評価】ではマリッサ様と同じ【非凡】でしたし」


「マリッサ様と、同じ?」


 マリッサとは、フィネスたちに『ユラル亜流剣術』を伝承した女である。


 伝承者マリッサが前勇者と先代の光の聖女、そして第一国防学園学園長イザイ=リドニルーズと行動を共にし、魔王討伐に赴いた『生還者サヴァイバー』のひとりであることは、世間にはほとんど知られていない。


「恐らく。わたくしのはあくまで大雑把な評価ですけれど」


 驚いたフユナに、カルディエが頷く。


神の聖騎士ディヴァインナイト』たるカルディエはアクティブスキル【聖者の評価セイクリッドアイ】を持ち、一定範囲にいる相手の強さをおおまかにだが判断できるのである。


「さすがは勇者。実力は折り紙付きのようですね……ですが」


 フィネスが黒髪を後ろに払うと、ふいに真剣な表情になった。


「明日の【第三相浄化】はやめにしませんか。レジーナ様」


 その言葉に、一瞬、場の空気が凍りついたのがフィネスにははっきりと感じられた。

 フィネスを見ているヘルデンの顔も、ひどく険しいそれに変わった。


 だがフィネスは、言葉を仕舞うつもりはなかった。


「………」


 レジーナは表情を崩さなかったが、目元を小さく震わせ、受けた衝撃を隠しきれなかった。

 が、すぐにそれをとりなすように微笑を浮かべると、フィネスを見つめ返す。


「理由を聞いてもいいかしら」


「残念ですが、私達はアラービス様との協調を行う自信がありません。今日の戦い方では、レジーナ様の身に危険が及ぶ可能性は十分にあったと思います」


「………」


 レジーナが大きく息を吐くと、フィネスの両隣に視線を向けた。


「フユナちゃんとカルディエちゃんも同じ考えかしら」


「はい」


 穏やかに訊ねるレジーナに、カルディエとフユナも頷いた。


「……わかったわ」


 レジーナが顔を伏せた。

 だが再び上げられた顔には、いつもの笑みが宿っていた。


「第二相まででも助かったわ。ありがとう。あとはこちらでやっておくわ」


「……あと?」


 フィネスたちが瞬きをする。


「ピョコちゃんも聖火だけ焚いてくれたら、みんなと一緒に帰っていいわ。 ゲ=リくんもこれ以上は危険ね。お母さん、終わったらすぐ戻るから先に帰っていてね」


「――か、母さん! 何言ってるんだよ」


 ゲ=リが動転して声を荒げた。


「フィネスさんの言う通り、ここでやめればいいじゃないか。なんで【第三相浄化】にこだわってるんだよ」


 しかし、ごめんなさいね、とレジーナはゲ=リに言う。


「私はなんとしても、 【第三相浄化】まで終わらせなくてはならないの」


「どうしてですか。レジーナ様の命に代えねばならぬものなど、この世に……」


 フユナも不思議そうな表情で、言葉を挟んだ。

 だがレジーナは微笑を湛えたまま、言った。


「これはエリエル様に与えられていた【神の試練】なのです」


「………!」


 皆がハッとして息を呑んだ。


【神の試練】。


 神は時として、自分の信徒に試練を与えることがある。

 信徒の生涯でたいてい一度か二度と言われているが、聖女においては七度与えられた例も存在している。


 与えられる試練の内容は信徒によって様々であるが、一般に能力の高い信徒には、求められるものは大きい。


 レジーナ自身は連合学園祭が終わってひと月を経た、とある夜に御告げを聞いていた。

 レジーナはエリエルの言葉に従い、すでに持ち上がっていた浄化対応班の者と交代し、アリザベール湿地に向かうこととなった。


 なお、このような苦難を極める試練に対し、信徒は逆らおうという頭すらないことがほとんどである。

 なぜなら、殉じるだけで信じる神に召されることが最初に告げられているからである。


「気にしないでください。皆さんが言う、【第三相浄化】を避けようとする理由も、私には十二分にわかっています」


 そう言って、レジーナは寂しそうに微笑んだ。


「レジーナ様、ならばどうしても第三相の浄化をなさると?」


 カルディエが訊ねる。


「なさねばなりません」


 レジーナは凛として言った。

『ユラル亜流剣術』の三人が、意を決した表情で顔を見合わせる。


「もうゲ=リくんもこんなに大きくなったし大丈夫ね。お母さん、もしお父さんのところに行ったら、みなさん、息子をよろしく――」


「――レジーナ様、縁起でもないことを」


 フィネスがつい、大きな声を発する。

 だがすぐにはっと気づき、口元を押さえると、立ち上がった。


「そのような理由であれば、レジーナ様お一人を置いて帰ることなどできません」


 フユナとカルディエも、同調したように立ち上がった。


「もちろん、俺も残る」


「じ、自分も最後まで残りますっ!」 


 フィネスたちの言葉に、ゲ=リとピョコが追随した。


「ゲ=リくん……」


 レジーナは皆に視線を通わせた後は、隣にいる息子を見ていた。


「母さんは俺がいると強く在れるんだろ? なら俺がいなくなるのはあり得ない」


 ゲ=リが母の手を握って力強く言うと、レジーナは感極まり、「ゲ=リくん!」と叫びながら抱きついた。


 レジーナは【最愛の保護】という、子を守る大地母神のスキルを持っている。

 これは我が子が近くに居る場合、様々なステータスが一時的に25%増加するものである。


 これ自体は他の職業のスキルと比較しても類を見ない上昇であるが、今回のように積極的に用いられることは稀である。


 大地母神の信徒たちは戦いを好まず、たとえ魔物と言えど、その棲み処に入って戦うことは最低限にする者たちが多いためである。


 彼らは大地を信仰し、そこに住むすべてを尊重しているのである。


「ゲ=リくん大好き」


 レジーナが息子の頬にちゅっ、とキスをする。


「………」


 皆が急に無言になって視線を逸らした。



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