第97話 第一相浄化2
「来たぞ」
アリザベール湿地から湧き出るように現れたのは、数百体にも及ぶであろう、
それらは鳥肌の立つような不気味な呻き声を上げながら、同胞をつくらんとするかのように手を伸ばして、まっすぐにレジーナに向かってやってくる。
「落ち着いて。作戦通りに」
「ですわね。ピョコちゃんたちは下がって」
「は、はいっ」
ゲ=リとピョコがレジーナの作った結界の中に退避する。
「我らも下がりますぞ。御武運を!」
ヘルデンたちも邪魔にならぬよう、結界の中に下がり、武器を手にしたまま戦いの行方を見守る。
「準備は」
聖剣アントワネットを抜いたフィネスが魔物を睨んだまま、両隣の少女に問う。
「いつでもいけますわ」
「問題ない」
銀色に輝く剣を抜いたカルディエとフユナが頷く。
彼女たちの作戦は事前に練られたものと変わらず、
「すげぇ……」
「はいっ、すごいですっ!」
ゲ=リとピョコが目を奪われる。
レジーナの前に『ユラル亜流剣術』の継承者三人が横並びで構える圧巻の光景。
それを目の当たりにしたゲ=リは、再び興奮が抑えきれなくなっていた。
「……俺も」
ゲ=リが無意識に両手の拳を握りしめる。
ゲ=リは生まれて初めて、武者震いというものを経験していた。
「俺も役に立ちたい……!」
結界の中で守られながら、ゲ=リは脇差を抜いて構える。
血が流れかねない本物の戦だというのに、ひとつも恐れないこの三人の剣士。
その心の強さを肌で感じ、ゲ=リは武者の震えが止まらなくなり、ともに戦いたいと心底から思ったのである。
「よし、行きますよ!」
フィネスが黒髪を揺らし、両隣のフユナ、カルディエに声をかけ、戦いを開始しようとしたその時だった。
――ズシャァァァ!
3人の目の前を走る、真っ赤な剣閃。
それは一瞬で居並ぶ
「……えっ」
突然のことに皆が動きを止め、目を奪われる。
そして気づいた。
離れた場所から、ひとりの男が巨大な真紅の剣を振るっていたことに。
「……あ、アラービス様!?」
そう。
アラービスだった。
「なんと凄まじいこと!」
「さすがアラービス様!」
「お見事です!」
アラ―ビスの背後で、3人のボディーガードが大袈裟な拍手喝采を贈り始める。
「ぶ、【
目を見開いたゲ=リが、呻くように言った。
◇◇◇
今の一撃で、半数を超える
【
職業【勇者】を与えられた者だけが獲得できる武技で、三日月型の光の刃を剣閃によって発生させ、それで居並ぶ相手を切り裂く。
本来は無属性攻撃であるが、手に持つ剣の性質を引き継ぎ、剣閃の色は様々に変わる。
伝説の勇者たちが使いこなすこの光の刃は、大木とて幾本も減衰なく切り裂くという強力なもので、過去、この技によって多くの悪名高き魔物が討伐されている。
「ひとつくらいダメージを入れたらどうなんだ、この腐れ人間どもが。却って俺の凄さが伝わらないだろうが」
アラービスは忌々しげな表情で言ってのけると、三人のボディーガードがおおぉ、と声を上げて反応し、また「アラービス様、最高です!」と手を叩いた。
なおアラービスは今、武技を並列で発動させている。
【身体能力全強化+10%】、【生命力倍増】、【全魔法抵抗加算】。
【身体能力強化】や【生命力増加】はパッシブスキルにも存在しているが、勇者だけはさらに武技によって一時的に数値を伸ばすことが可能となっている。
これが他の冒険者たちと、能力で大きな格差を作る理由ともなっている。
「まだ終わりには早いぞ。腐れ人間どもめ」
アラービスは真紅の巨剣の切っ先を湿地に向けたまま、何やら念じ始める。
勇者に視線を集めていた周りの者達は、その動きを眺める。
【ターゲティング】である。
アラービスは次の攻撃のために、剣にターゲットを覚えさせていたのであった。
アラービスの手にある『紅蓮の魔剣・
百を超える魔物の【ターゲティング】が終わると、アラービスはニヤリ、と笑い、
「――
――ドドドドドッ!
次の瞬間、アラービスが持つ
あっという間に
「さすがアラービス様!」
再び巻き起こる、三名のボディーガード兼おだて役からの拍手。
「驚きすぎて声も出ないか」
アラービスが一行を舐めるように見回し、ニヤリと笑う。
想定していた通りの流れである。
◇◇◇
【第一相浄化】で現れた魔物が、勇者の力ですべて殲滅されていた。
「見事だ……」
一行の中で皮切りに言葉を発したのは、ヘルデンであった。
続けて精鋭兵士たちがおぉぉ、と沸いて、一斉にアラービスに拍手を送った。
「すごい……すごすぎる!」
いつの間にか座り込んでいたゲ=リ。
気づけば足の震えが止まらず、立てなくなっていた。
それも当然であった。
ゲ=リが毎晩耳にして心を踊らせてきた、吟遊詩人の奏でる戦いが、目の前で起きていたのである。
これこそ獅子奮迅。
このうえない強さ。
しかも最初に放たれた技は、いつもゲ=リが真似をする技。
吟遊詩人たちが熱く語ってみせる歴代勇者の秘技、【
「こ、これが……」
「勇者の力ですか……」
「とてつもないですわ……」
フィネスたちも、ほぼ一瞬で大群を殲滅した大技を目にして、驚きを隠せない。
勇者アラービスのおかげで、自分たちは出番すらなかったのである。
「――大地よ、浄化されよ!」
やがてレジーナの歌声が一際高まって、アリザベール湿地全体が淡い光に包まれた。
その光が塵となって、キラキラと輝き、静かに消えていく。
皆の目にも、【第一相浄化】が終了したことがわかった。
「……もう終わったのか?」
得意気に
当然のごとく皆が沈黙したのを見て、アラービスは満足げに頷く。
周りの連中は自分の力量を目の当たりにして、ぐうの音も出なくなっている。
アラービスはそれが実に心地よかった。
「……次はどうする? 俺は立て続けでも一向にかまわないが」
「30分ほど時間をください。魔力を回復します」
額の汗を拭ったレジーナは早々に終わらせてくれたことに謝意を述べると、そう告げた。
言うまでもなく、序の口たる【第一相浄化】とて浄化者たるレジーナは相応の魔力を消費していたのである。
「そんなに待てるか。五分にしろ」
「三十分は頂戴します。申し訳ありませんが、お待ちください」
ちっ、と舌を鳴らしたアラービスは、準備ができたら呼べと言い残し、ボディーガードたちを引き連れ、離れた位置にある馬車の屋形へと入っていこうとする。
「アラービス様」
それを引き止めたのは、フィネスだった。
アラービスが顔だけを向ける。
「なんだ、サクヤの女」
「その
「ああこれか。知りたいか」
アラービスがよく訊いたとばかりに笑顔になると、頼まれてもいないのに、それを振り回して見せた。
「言いふらすがいい。これは俺が倒した魔王の持っていた剣だ」
「………!」
フィネスたちが目を瞠った。
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