第70話 焚き火を囲んで

 


「けどね、西のリヴマイザーという、規模にして第三の街が飛竜ワイバーンの群れに焼け野原にされたあたりから、国防が変調したんだ」


「へ、変調……」


 ピョコがごくり、と息を呑んだ。


 人口80万人以上と言われた大都市リヴマイザー。

 近くの湖から水を引いた、人工の滝が随所に作られた芸術的な街だったが、突如飛来した飛竜ワイバーンが、狂ったように住民の惨殺を始めたという。


 そんなリヴマイザーに大胆に兵を割いていて、国の幹部たちは気づかなかった。

 どこからか現れ始めた屍喰死体グールが忍び寄り、各地の町や村を徐々に蝕んでいたことを。


 屍喰死体グール侵略の報を受け、兵を戻し、対応を初めた頃にはひと月以上が過ぎており、ほとんどの町ではすでに回復不能な状態にまで、屍喰死体グールに追い込まれていた。


 そのように後手に回ったミザリィ王国は、次々と街や村を失う。


 それからたった数ヶ月で、王都ハイランユは陥落した。


屍喰死体グールの討伐ランクは【上等兵】、下等不死者ゾンビにいたっては【一等兵】さ。3年生にもなれば、全く怖い相手じゃない。……でもね」


 ゲ=リ先輩が唇をなめた。


「知ってるかな。倒しても倒しても、屍喰死体グールの数が増え続ける理由を」


 僕ら三人は無言で頷いた。

 ピョコの顔が蒼白になっているのは、なにも寒さのせいばかりではないだろう。


「そうだ。屍喰死体グールは感染するんだよ」


 近接攻撃を受け、判定に失敗した者は数日のうちに自分も感染し、屍喰死体グールになってしまう。


 不死者アンデッドたちとの戦いが始まってまもなくの頃、『英雄』と呼ばれた名高き六人の冒険者たちが屍喰死体グールと化したことが、国の滅亡を決定的にしたと言われている。


 噂によると彼らは上級屍喰死体グールエリートとなり、第二の街ファルコンを陥落、今もそこを根城にして屍喰死体グールの王国を作っているという。


「一度感染してしまうと、屍喰死体グール化を防ぐ手立てはない。【第一の聖女】とも言われるミエル様のような超高司祭の癒やしでさえ、届かない」


 もうすぐこの内容も授業で習うだろう、とゲ=リ先輩が付け加える。


「うそ……」


「み、ミエル様でも……?」


 スシャーナとピョコが、言葉を失う。


「そうやって爆発的に増えた屍喰死体グールに王都は包囲され、落ちてしまったんだよ」


「包囲を打開できなかったんですか」


 スシャーナが訊ねる。


「……無理だったろうね。屍喰死体グールの怖さは、その圧倒的な数なんだ。当時の記録によると、王都の生存者一万弱に対し、取り囲む屍喰死体グールは十万以上に上っていたらしいから」


「じゅ、十万……!」


 屍喰死体グール化した住民たちが、敵に加わっていった結果だった。


 結果、各国からの支援も虚しくミザリィは滅び、亡国となった。


「でもね。亡国と言っても統治機構が失われただけで、国土にあった町や村が全て滅んだわけではないんだよ」


 ゲ=リ先輩は静かに言った。


 現在、王都の東、『四天の山』と呼ばれる山々の山間に点在する諸々の村郡アルドニア、海に浮かぶ離れ島郡サンパン洲、大地が光を放つ大地母神の加護の村ジューダスの3つに生存者が確認されている。


 この3つの領域には、屍喰死体グールは未だ到達していないためである。

 他にも発見されていないだけで、生存者が残っている可能性はあるという。


「なるほど……それで自分たちは、どのあたりに行くんですかっ」


 ピョコが不安げに訊ねる。


「みんなが行くのは点在諸村アルドニアさ。あそこの生存者はおおよそ五千五百余名いるらしい。君たちの役目は周囲の魔物の掃討、保存食の調達や野草の採集・調合、街道の整備、建物の修繕なんかになる」


「そ、そうなんですか……でもよかったですっ! そんなに生存者さんがいらっしゃるんですねっ!」


 ピョコが安堵した表情になる。


「一応、村に入るまでの道中も王国軍の護衛が定点で配置されているから、そんなに怖がらなくていい。まあ俺は下等不死者ゾンビを片手で足りないほどに毎年倒しているけどさ」


「………」


 ちらっと、スシャーナと目が合った。

 うん、それは絶対に嘘だ。


「でも今のうちから魔物討伐はきちんとこなして、戦いに慣れておいたほうがいいのは確かだね」


 ゲ=リ先輩の言葉に、みんなが頷いた。




 ◇◇◇




「夜は野営拠点から出歩いたりしないように」


「わかりました」


 魔法の灯りを持った先生方の点検を受け、指示通りに行動する。


 やがて、頭上で大規模な結界が張られるのが感じられた。


 そもそも魔物は来ないのだが、念のための魔物排除用の結界を張ったのだろう。

 これは恐らく、古代語で張る結界か。


 そういや、結界学の先生いたな。


 名前は確か、リベル。

 男のエルフで、ちょっと堅物っぽかったけど。


 結界自体はたいしたことのないものだが、ゴブリンやウルフならこれで十分排除できよう。


「サクヤン、どうかしたの」


「いや、なんでもない」


【隠蔽】されているらしく、結界に気づいたのは僕だけのようだった。


 まぁそうだよな。

 そもそもアナウンスされてないし、生徒に知れたらせっかくの研修の緊張感も台無しだもんな。


 教師たちの親心と言ったところか。


「あー今すぐ帰って熱いお風呂に入りたいわ」


 寒さで少し顔が青白くなっているスシャーナが言う。


「そうだね」


 ずっとそんなものには入ってませんが。


 そう言えば今日に限って、花柄の神官服を着た女の先生が、手伝いで参加してくれているようだ。

 初めて見る人だ。


 若々しく、マチコ先生と同じくらいの年齢に見える。

 大地母神エリエルの紋章がついているから、そっち系の司祭だな。


 ちなみに僕は、エリエルの司祭は好きだ。

 大地母神エリエルは光の神ラーズと違って温和なのだ。


 異端を崇拝する自分たちにも分け隔てなく接してくれる。


(ふむ)


 その人がやけにこちらをチラチラと見ている気がするのは、気のせいか。

 正確に言うと、僕ではなくパーティの誰かを見ている。





 ◇◇◇




「じゃあ最初、自分が見張りしますっ!」


 夜は見張りを立て、時間を決めて交代する取り決めにする。

 先生方の抜き打ちの点検が入るという噂だ。


 このように、学園では夜の見張りを当然と習う。


 ピョコは夜中の見張りが怖いらしく、できるだけ早い時間がいいとのことでこの時間にやってもらう。


「じゃああたし朝方にやるね」


「わかった」


 僕が間の夜間になった。


「……スピースブブブブ」


 ゲ=リ先輩は毛布にくるまり、夕食後からうつらうつらしていたが、いつの間にか横倒しになり、早々に眠りについている。


「相当疲れてたんですね」


「そうは見えなかったけど」


 一応フォローした僕を、スシャーナがあっさりと切り捨てる。

 僕は眠ったゲ=リ先輩を引きずり、先輩の寝床へと連れた。


 当たり前だが、ゲ=リ先輩を夜間起用するのはだめらしい。


「僕らも寝ようか」


「う、うん……」


 僕とスシャーナは隣り合って横になる。


「……サクヤンそれで寝るの」


「うん」


 僕は毛布と、毛皮。

 スシャーナは厚手の綿入れを着込んで、毛布と毛皮を掛けている。


「……それじゃあ寒くない? い、一緒に入る?」


 スシャーナが気を遣って綿入れを持ち上げ、寄ってきてくれる。

 この綿入れおばあちゃんのでね、すごく温かいの、と教えてくれる。


 優しい子だ。


 ポエロもスシャーナのこういうところを見てやれば、絶対あんなひどいこと言えなくなるだろうに。


「大丈夫、僕はもう一枚あるから」


 と嘘をついて丁重に断った。


「さっきの話なんだけど」


 スシャーナはきょろきょろとしきりに周囲を探り、聞いているのが二人だけなのを確認している。


「さっきの?」


「……フユナ先輩の転校の話」


「あぁ、どうしたの」


「………」


 スシャーナがらしくなく、言い淀んでいる。


「なにか訊きづらいこと?」


「う、ううん、そうじゃないんだけど……」


 ちょっと聞くのが怖くて、とスシャーナは変わったことを呟く。


「なんだろ」


「あのね、サクヤンって……」


「うん」


 スシャーナは横になったまま、首だけを起こし、僕を不安げな視線で見ている。

 茶色の髪が頬にかかる少女の姿は、焚き火の灯りで暖色に染まり、絵のようだった。


「サクヤンて、フユナ先輩がいなくなったら寂しい?」


「……寂しい?」


 そんなこと、考えたこともなかった。


「うん。どうかしら」


「うーん。寂しくはないよ」


「……ホント?」


 スシャーナの目が輝いた。


「本当ですとも」


「よかった」


 スシャーナが、今日一番の笑みを浮かべていた。


「……よかった?」


 僕ははて、と思う。

 鍛錬がなくなったことを心配してくれたのだろうか。


「あ、こっちの話! ……じゃあもう寝るね! おやすみなさい!」


 スシャーナが毛布にくるまり、背を向けた。


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