第70話 焚き火を囲んで
「けどね、西のリヴマイザーという、規模にして第三の街が
「へ、変調……」
ピョコがごくり、と息を呑んだ。
人口80万人以上と言われた大都市リヴマイザー。
近くの湖から水を引いた、人工の滝が随所に作られた芸術的な街だったが、突如飛来した
そんなリヴマイザーに大胆に兵を割いていて、国の幹部たちは気づかなかった。
どこからか現れ始めた
そのように後手に回ったミザリィ王国は、次々と街や村を失う。
それからたった数ヶ月で、王都ハイランユは陥落した。
「
ゲ=リ先輩が唇をなめた。
「知ってるかな。倒しても倒しても、
僕ら三人は無言で頷いた。
ピョコの顔が蒼白になっているのは、なにも寒さのせいばかりではないだろう。
「そうだ。
近接攻撃を受け、判定に失敗した者は数日のうちに自分も感染し、
噂によると彼らは
「一度感染してしまうと、
もうすぐこの内容も授業で習うだろう、とゲ=リ先輩が付け加える。
「うそ……」
「み、ミエル様でも……?」
スシャーナとピョコが、言葉を失う。
「そうやって爆発的に増えた
「包囲を打開できなかったんですか」
スシャーナが訊ねる。
「……無理だったろうね。
「じゅ、十万……!」
結果、各国からの支援も虚しくミザリィは滅び、亡国となった。
「でもね。亡国と言っても統治機構が失われただけで、国土にあった町や村が全て滅んだわけではないんだよ」
ゲ=リ先輩は静かに言った。
現在、王都の東、『四天の山』と呼ばれる山々の山間に点在する諸々の村郡アルドニア、海に浮かぶ離れ島郡サンパン洲、大地が光を放つ大地母神の加護の村ジューダスの3つに生存者が確認されている。
この3つの領域には、
他にも発見されていないだけで、生存者が残っている可能性はあるという。
「なるほど……それで自分たちは、どのあたりに行くんですかっ」
ピョコが不安げに訊ねる。
「みんなが行くのは点在諸村アルドニアさ。あそこの生存者はおおよそ五千五百余名いるらしい。君たちの役目は周囲の魔物の掃討、保存食の調達や野草の採集・調合、街道の整備、建物の修繕なんかになる」
「そ、そうなんですか……でもよかったですっ! そんなに生存者さんがいらっしゃるんですねっ!」
ピョコが安堵した表情になる。
「一応、村に入るまでの道中も王国軍の護衛が定点で配置されているから、そんなに怖がらなくていい。まあ俺は
「………」
ちらっと、スシャーナと目が合った。
うん、それは絶対に嘘だ。
「でも今のうちから魔物討伐はきちんとこなして、戦いに慣れておいたほうがいいのは確かだね」
ゲ=リ先輩の言葉に、みんなが頷いた。
◇◇◇
「夜は野営拠点から出歩いたりしないように」
「わかりました」
魔法の灯りを持った先生方の点検を受け、指示通りに行動する。
やがて、頭上で大規模な結界が張られるのが感じられた。
そもそも魔物は来ないのだが、念のための魔物排除用の結界を張ったのだろう。
これは恐らく、古代語で張る結界か。
そういや、結界学の先生いたな。
名前は確か、リベル。
男のエルフで、ちょっと堅物っぽかったけど。
結界自体はたいしたことのないものだが、ゴブリンやウルフならこれで十分排除できよう。
「サクヤン、どうかしたの」
「いや、なんでもない」
【隠蔽】されているらしく、結界に気づいたのは僕だけのようだった。
まぁそうだよな。
そもそもアナウンスされてないし、生徒に知れたらせっかくの研修の緊張感も台無しだもんな。
教師たちの親心と言ったところか。
「あー今すぐ帰って熱いお風呂に入りたいわ」
寒さで少し顔が青白くなっているスシャーナが言う。
「そうだね」
ずっとそんなものには入ってませんが。
そう言えば今日に限って、花柄の神官服を着た女の先生が、手伝いで参加してくれているようだ。
初めて見る人だ。
若々しく、マチコ先生と同じくらいの年齢に見える。
大地母神エリエルの紋章がついているから、そっち系の司祭だな。
ちなみに僕は、エリエルの司祭は好きだ。
大地母神エリエルは光の神ラーズと違って温和なのだ。
異端を崇拝する自分たちにも分け隔てなく接してくれる。
(ふむ)
その人がやけにこちらをチラチラと見ている気がするのは、気のせいか。
正確に言うと、僕ではなくパーティの誰かを見ている。
◇◇◇
「じゃあ最初、自分が見張りしますっ!」
夜は見張りを立て、時間を決めて交代する取り決めにする。
先生方の抜き打ちの点検が入るという噂だ。
このように、学園では夜の見張りを当然と習う。
ピョコは夜中の見張りが怖いらしく、できるだけ早い時間がいいとのことでこの時間にやってもらう。
「じゃああたし朝方にやるね」
「わかった」
僕が間の夜間になった。
「……スピースブブブブ」
ゲ=リ先輩は毛布にくるまり、夕食後からうつらうつらしていたが、いつの間にか横倒しになり、早々に眠りについている。
「相当疲れてたんですね」
「そうは見えなかったけど」
一応フォローした僕を、スシャーナがあっさりと切り捨てる。
僕は眠ったゲ=リ先輩を引きずり、先輩の寝床へと連れた。
当たり前だが、ゲ=リ先輩を夜間起用するのはだめらしい。
「僕らも寝ようか」
「う、うん……」
僕とスシャーナは隣り合って横になる。
「……サクヤンそれで寝るの」
「うん」
僕は毛布と、毛皮。
スシャーナは厚手の綿入れを着込んで、毛布と毛皮を掛けている。
「……それじゃあ寒くない? い、一緒に入る?」
スシャーナが気を遣って綿入れを持ち上げ、寄ってきてくれる。
この綿入れおばあちゃんのでね、すごく温かいの、と教えてくれる。
優しい子だ。
ポエロもスシャーナのこういうところを見てやれば、絶対あんなひどいこと言えなくなるだろうに。
「大丈夫、僕はもう一枚あるから」
と嘘をついて丁重に断った。
「さっきの話なんだけど」
スシャーナはきょろきょろとしきりに周囲を探り、聞いているのが二人だけなのを確認している。
「さっきの?」
「……フユナ先輩の転校の話」
「あぁ、どうしたの」
「………」
スシャーナがらしくなく、言い淀んでいる。
「なにか訊きづらいこと?」
「う、ううん、そうじゃないんだけど……」
ちょっと聞くのが怖くて、とスシャーナは変わったことを呟く。
「なんだろ」
「あのね、サクヤンって……」
「うん」
スシャーナは横になったまま、首だけを起こし、僕を不安げな視線で見ている。
茶色の髪が頬にかかる少女の姿は、焚き火の灯りで暖色に染まり、絵のようだった。
「サクヤンて、フユナ先輩がいなくなったら寂しい?」
「……寂しい?」
そんなこと、考えたこともなかった。
「うん。どうかしら」
「うーん。寂しくはないよ」
「……ホント?」
スシャーナの目が輝いた。
「本当ですとも」
「よかった」
スシャーナが、今日一番の笑みを浮かべていた。
「……よかった?」
僕ははて、と思う。
鍛錬がなくなったことを心配してくれたのだろうか。
「あ、こっちの話! ……じゃあもう寝るね! おやすみなさい!」
スシャーナが毛布にくるまり、背を向けた。
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