第26話 僕イエロー

 


 山賊の数人が馬車に乗り込み、中を物色しだす。

 残る山賊たちは、武器を突きつけて御者を取り囲む。


「お頭、宝石がありませんぜ!」


「心配するな。こいつが持ってやがるんだよ」


 山賊の頭らしい男が、ニヤニヤしながら詰め寄る。


「てめぇ、宝石を出せ」


「ほ、宝石? なんの話だ……」


「とぼけるんじゃねぇ! さっさと出せ」


「なにか勘違いしているんじゃないのか! 私は学園から薬草農家への往復を頼まれただけだ……ほ、ほら、子供が乗っていただろう」


「………」


 山賊の顔にはしかし、疑うような視線を緩めない。


「……オメェ、これだけの人数相手にやり合うつもりか? え? 俺たちゃ子供はやらねぇが、大人の殺しは躊躇わねぇぜ?」


 頭の言葉に従って、山賊たちが下卑た笑いをしながら、武器を鳴らし始める。


「こ、こここ、殺さないでくれ! ほ、本当に持っていないんだ」


「馬車になきゃ、オメェが持ってるしかあり得ねえだろうが。おい、サンケ」


 頭がサンケという山賊に目配せすると、サンケは頷き、何かの魔法を唱えた。


 すぐに魔法は効果を発揮し、御者の男ががっくりと脱力する。

 眠りに落ちたのだ。


「ガキが仲間を呼びにいった。そろそろ潮時だろう。あとはアジトにこいつを連れて尋問だ。撤収!」


「――待ちたまえ」


 山賊たちがぎょっとして振り返る。

 いつの間にか彼らの背後に、髪を七三に分けた一人の少年が立っていた。


「あ? オメェさっき……」


 斧を持った山賊が、あれ、という顔をした。


「ガキが出てくるんじゃねぇ! 逃げねぇとぶっ殺すぞ!」


 他の山賊たちが凄む。

 しかしその少年はどこ吹く風で笑っている。


「ガキは殺さないんでしたよね」


「………」


 その言葉に山賊たちが舌打ちし、顔を見合わせる。


「このガキが持ってやがるのかもしれねぇ……おい、サスマ、脅かしてやれ!」


 頭が山賊のひとりに命じると、その男は頷いて少年に飛びかかった。


「このガキ! 宝石を出せ!」


 その腰にはファルシオンと呼ばれる、反り返った剣が下がっていたが、サスマという山賊は抜かなかった。


「――無駄が多い」


 少年が目にも止まらぬ速さで、動いた。


「ふぎゃ!?」


 男が殴りかかるまでに、少年はなんと左右から手刀で6撃を入れていた。

 男がぐったりとして倒れる。


「なんだこのガキ……!」


 仲間を倒され、山賊たちがどよめく。


「子供は殺さない、か。その義だけは気に入った」


 少年が意識を奪っただけだ、と肩をすくめた。


「……このガキ、ざけやがって! おい」


「おお、泣かしてやれ!」


 三人の山賊が少年に飛びかかる。

 背丈は熊ほどもあろうかという山賊だ。


 対して少年はひどく小柄。


 しかし少年は全く臆することなく、右手をゆらりと突き出した。


「――【闇の掌打】」


 次の瞬間、黒い光が少年の手のひらで弾けた。


「ブフォ!?」


「ほばぁ!」


「うべっ」


 三人の山賊が吹き飛び、空を舞った。

 どさどさ、と背中から地に落ちる。


【闇の掌打】は魔力による衝撃波を与えて、相手を吹き飛ばす魔法である。

 詠唱者に近接した敵すべてに効果を発揮し、近接状態を解除、さらに魔力に相応したダメージを与える。


「……うえぇ!?」


 残る山賊たちが、言葉を失って後ずさる。


「な、なにもんだこのガキ……」


「手加減しておいた。これをやるから黙って帰れ」


 少年が七三の髪をかき上げると、光るものを2枚、山賊の頭に投げて寄越した。

 頭がそれを受け取り、ぎょっとする。


「真ん中に穴……この文字……こ、これはまさか古代金貨か!?」


「売れば金貨5枚は下らないはずだ。それを元手に、まっとうに暮らせ」


 はっとした山賊の目が、じわりと潤んだ。


「ま、まじかよオメェ……」


「こ、これで子供に飯を食わせられる!」


「ほら、話してる間にも支援が来たぞ」


 少年が彼らの背後を指差す。

 そこには土埃を巻き上げながら、学園の者と思われる者たちが馬に乗ってやって来ていた。


「――て、撤収! 撤収だ!」


 走り去っていく山賊たちに目を向けながら、少年はにやりと笑い、持っていた硬貨を親指で真上に弾いた。


 落ちてきたそれをパシッ、と握る。


「案外騙せるもんだ」


 そこには5円玉が握られていた。


 しかし少年は知らなかった。

 コレクターに買われ、本当にそれが、金貨数枚の価値があったことを。




 ◇◇◇




「おお、ゲ=リ、大丈夫だったか!」


 青い顔をして先頭を走ってきたのは、ゴクドゥー先生だった。

 その後ろには王都衛兵とともにフユナ先輩もいる。


 逃げたはずのスシャーナやピョコの姿もあった。


 皆は僕の姿を見て、見るからに安堵していた。


「僕が追い払っておきました。もう来ないでしょう」


 僕は手柄をゲ=リ先輩に押し付けるつもりだった。

 こんな山賊討伐程度の手柄など、むしろ害だと考えている。


 僕のようなプロは、こういう軽めのイベントはetc……エトセトラ化に使う。


 そうしておけば、大事な場面で誰も僕に注目しない。

 すんなりと縁の下に入ることができるのだ。


「お前な……おつかいクエストを馬車で行ったらなんの意味もねーだろが!」


 ゴクドゥーが青筋を立てている。

 いや、思いました。思いましたとも。


「卒論で手一杯でつい」


 僕は申し訳ありませんと謝罪した。


「しかし、いつも魔物に遭ったら真っ先に卒倒するお前が、山賊相手に新入生を守ってみせるとはな。本当によくやってくれた。学園から表彰されることになるだろうよ」


 ハッハッハ、と笑いながら、ゴクドゥーがゲ=リ化した僕の肩を痛いほどに叩く。


 わかってたんなら、そんな真っ先に卒倒する人を保護者にしてどうするよ。


「今日は漏らさなかったのか。成長したな」


 ゴクドゥー先生が僕の下半身を視認した。


「………」


 僕は一抹の不安を感じ、念のために訊ねる。


「先生、確認していいですか」


「なんだ」


「僕って、スカラークラスでしたよね」


 ゴクドゥー先生が笑って僕の肩を叩いた。


「なに夢見てんだ。お前は入学から今までずっと漏らし屋イエローだったろうが」


「………」


 一瞬、しーん、と静まり返った。

 僕の後ろに居たスシャーナとピョコが、硬直した気配を感じ取った。

 聞こえてしまったようだ。


 ゲ=リ先輩、後輩を前に強がってたのか。

 必死こいて知識ひけらかしていたのは、そういうことか。


 たしかに新入生を前にして「僕漏らし屋イエローでさ、アハハ」とは言えないかもしれない。


 なんか憎めない人だな。


「ところでサクヤが見当たらないようだが」


 フユナ先輩が辺りを見回す。

 彼女が初めて発した言葉がそれだった。


「どうしよう……居ないわ。サクヤくんまさか……」


「ゲ=リ先輩っ、サクヤさんは」


 スシャーナやピョコも青ざめた表情で僕を探してくれている。


「ああ、彼は」


 僕はクスリ、と笑い、言った。


「そっとしておいてあげてください。初めての実戦が堪えたんでしょう」


 そう言って、ゲ=リなる者は近くの草陰に目を向けた。


「怖がってそこに隠れてます」


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