1-15.vsエリンギマン
リリアナ嬢は21歳で
そのリリアナ嬢は口を半開きにしてぼうっとボクを見つめたままだ。
――紛いなりにも魔獣のボクを見て無警戒に突っ立ってるのは如何な物なん?……まあいいか。
そこで視線を前に向けて、そいつを睨む。眼前では二メートル近くある巨大エリンギがゆっくりと身体を起こしている最中だった。傘下にある幾重のヒダには無数の目玉が生えていて、根本はうねうねとした職種の様な脚が幾本も蠢いている。こいつはレベル40の”従魔エリンギマン”、マヌケな名前だが、その名前から誰かに仕えている事が伺える。
未だに上体が起き上がりきらないエリンギマンだが、それを悠長に待ってやる義理もないだろう。一先ずリリアナは無視して走り出す。この距離なら直ぐに接敵出来るので、両の爪を剥き出しにして腕を降ろして走る。タイミングを見て腕を振りかぶったその時、眼下で土が盛り上がるのが目の端に見えた。
《危険を察知。》
瞬間、下部から尖るとような不快感が突き刺さり、咄嗟に身を捩る。
途端、二つの盛り上がった地面からそれぞれ尖った何かが突出してきた。それはボクの腕や胴の隙間を縫うように通り過ぎて少し行って止まる。そこでそれが蔓で有ったと知った。瞬間的に奴のだと判断する。あでっ。
「くのっ!」
逡巡の間に身体が地面に倒れ、間髪入れず蔓に腕を伸ばす。けれど既の所で穴に戻ってしまった。なんか間抜けな気分だ、と意味を込めて睨みつける頃には奴は完全に起き上がっていた前方に項垂れている。刺さって居た二本の角が抜けて落ちた。
ボクも一気に身を上げて直ぐに攻撃出来るように構え直す。エリンギはぐぐっと頭を上げ、笠の影から無数の目が光る。地面から引き抜いた二本の蔓を怒ったように地面へ叩き付け威嚇してくる。間髪入れず二本の蔓が跳んできて、ボクはそれに爪を叩き付けて防ぐ。爪が切り裂いた蔓が力無くぼとりと地面に落ちて暫く暴れてから動か無くなった。
それに驚いたのか、エリンギが一歩たじろいだ。その隙きを逃さず横薙ぎに一気に爪撃を浴びせる。
――あれっ、浅い?
「ぎゃうん!?」
攻撃の勢いの割に奴に出来た傷が浅い事に一瞬戸惑っている間に、瞬間伸びてきた数本の蔓を叩き付けられて後方へ吹き飛んでしまう。暫くの浮遊感を感じた後背中から地面へ落ち慣れない衝撃を喰らう。くそっ油断した!
かっかっ、と咳き込んで体制を立て直す。茸は別の蔓をばちんばちんと地面へ叩き付けているが、距離が出来たので少し思考に余裕が出来た。
エリンギの身体には浅い傷が出来ている。奴を斬りつけた時、今まで感じた事のない抵抗感を覚えた。狼も兎も猪も鹿も鼠も蛇も、斬りつけた時は確かな手応えを感じたものだが、こいつはそうではなかった。単純にステータス差だろうか……?奴のHPも僅か程しか削れなかった様だ。
――……あ、もしかして。
一つ思いついて、確認の為に再度アタックをかける。跳んできた鞭のような蔓を爪で切り伏せ、もう一度エリンギに叩きつた。今度はエリンギマンも棒立ちではなく、複数の蔓を伸縮させ後方へ飛んだが、少し間に合わず僅かに爪を引っ掛けた。
――!やっぱりっ。
茸が後方へ飛んだ時ついでとばかり飛ばしてきた蔓をいなして、ボクも下がって距離を取る。安全圏でもう一度奴を見て、確信する。爪の引っ掛かった奴の下腹部にはぱっくりと割れた傷が有った。
そう、ボクは頭上に腕を振りかぶり、振り下ろす形で爪撃を浴びせていたのだ。つまり、
考えれば当然の事だった、茸は縦の裂けるものだ。HPの削られ方を見ても、縦の切り裂いたほうがダメージの通りが良いようだ。
そうと分かればこっちの物、蔓は素早く動くが対処できない程ではなく、本体は鈍重であるようなのだから懐に入るのは容易く、後は消耗戦だろう。ふふふ、エリンギ敗れたり。
再度突っ込んで飛んでくる蔓を切り伏せ、今度は下から縦に爪を食い込ませ一気に引き上げる。大きくぱくりと縦に裂けた。HPバーは残り六割、このまま行け――。
「ャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
「ぎう!?」
茸を裂いた瞬間、どこからか超音波のような悲鳴が響いて、思わず頭を抱える。
――あたまが、われる……!?
ふらつきながらも何とか姿勢を保ち、エリンギに視線を向けると、奴の下腹部、蔓の密集で見えなかった位置に何やら空洞がある、三つ程だ。不思議と顔に見えるその空洞からこの怪音波は出ているらしかった。まるでムンクの叫びの様に絶望的な表情をしたそこから目が離せない。吸い込まれていくような……。
《危機を察知。》
次の瞬間二本蔓が飛んできてボクの胴を固定した。なんだ……?
途端、エリンギの笠が伸縮し白い煙を吐き出した。
「いけない!」
後ろでリリアナ嬢らしき女性の声が叫んだが、視界が潰れてそれどころではない。目に入って咄嗟に目を擦る。
――くそっ、なんだってんだ……!
そこで頭を過るこの場所。辺り一面白い雪景色のようになっていた。これは、胞子……?
腕をばたつかせて、僅かに視界が晴れる。目からは涙が溢れるが、擦って視界を確保した。そこで腕に変な感触が有る事に気づく。これは……?
――きの、こ?……あ、これって。
その意味に一瞬で血の気が引く。頭を過ぎったのは、無数の白いマッシュルームを体に纏い立った状態で絶命していた幾つかの死体。彼らはきっと、こうして奴の胞子に蒔かれてしまったのだろう。それが我が身にも降り掛かってるのだ。平静で要られる訳がないのだ。
「ぎゃう!?ぐぎゃ!!」
慌て身体中を擦り何とか茸を身体から剥がそうと努めるが、剥がした端から新たにマッシュルームが生え、次第にその数を増す。それでも諦められず身体を擦り続け、剥がれたマッシュルームがぽろぽろと足元に落ちる数が増が、絶えず茸は生えてくる。涙目に成りながら、頭の中はパニックだが止める訳には行かない。足元が完全に茸で埋まり、次第に動かなくなってくる。腰、胸、肩とマッシュルームに侵食され、腕も動かなくなって来た。此処までなのか……?だ、駄目だ、今は死ねない……!
――な、なんか、何か、できる事……。
頭には保護した子供達の事が過る。約束したのに、こんな所で終われな、い……。その時、頭に響く声。
《提案。》
ナビィの提案に、有無を言わさず実行した。
視界が白に染まる。
「はぁ……はぁ……。」
力無く地面に転がり、肩で息を整える。辺りからはぱちぱちと音が聞こえてくる。
――し、死ぬかと思った……。
白かった地面はすっかり元の色を取り戻す所か、円形に焦げている。
――ナビィのお陰やな……ありがとナビィ。
《決めたのはあなた。》
ナビィからの提案、それは”
”火球”、それは周囲に火の球を発生させるスキルだ。このスキルで作れる火球は精々こぶし大程度のサイズなのだが、魔力操作の得意で無かったボクが初めてこれを使った際、不本意に火球が大きく膨れ上がって破裂したのだ。それ以来怖くて使っていなかったので、状況を打破する手段として思い至らなかった。ナビィに提案され、これしかないと瞬間判断し、目の前に生み出した許容量オーバーの火球を一息に爆発させたのだった。”危機感知”スキルが反応していたが、構ってられないくらい切羽詰ってたしな。
そうして目論見通り体を覆う茸も胞子ごと焼却出来て、ついでに身体を拘束していた蔓も焼け、エリンギマン自身にもダメージを与えるに至った訳だ。
かなりの爆発だったようで、暫くは目が眩んでいた。これまでの人生でも目の前で爆発が起こるなんて経験は無かったが、一瞬の事で、後から感じたのも恐怖心ではなく安堵の方が強かった程だ。耐性スキルが仕事をしたのだろうか。
辺りを見ても結構な範囲に火がまわっているようだが、ボクへのダメージはHPバー半分で済んだ。火耐性のお陰も有るだろうが、そもそもこの”火球”は大した威力が出ないらしい。ナビィ曰く威力はスキルのレベルと自身のステータスに左右されるのだそうなので、ナビィの提案は絶妙だったと言えるだろう。ほんと感謝してます。
改めて”調子に乗ると痛い目を見る”と胸に刻みつけよう。チョウシノル、ダメ、ゼッタイ。
じわりと”自動回復”が効いているのを感じつつ身体を起こし、息を整えて茸を見据える。
エリンギマンは焦げた身体を横たえ、ぴくぴくと触手を漂わせていた。心無しかいい匂いがする。醤油かけたい。HPバーを確認すると既に赤くなっていて、奴が瀕死状態である事を指していた。エリンギマンは火に弱いらしいな。今後こういう敵が増えるなら、やはり魔力攻撃も積極的に練習していくべきだろうか。
等と考えながらエリンギへと歩み寄り、弱々しく抵抗する蔓を無視して頭上へ構えた腕を振り下ろした。
「あー疲れた……。」
身体もしんどいが、精神的にも大分疲れた。取り敢えず眼下で二つに別れた焼きエリンギを”
腕を伸ばすのもしんどいので尻尾の先を当てて回収する。この尻尾という未知の器官の操作もかなり慣れたものだ。今ではこれが無かった時の感覚が思い出せない程だ。
という所でそういや他にも転がっている死体の事を思い出し、回収の為に振り向く。あっ。
「忘れてた。」
すっかり記憶の端へ追いやっていたリリアナ嬢がへたり込んで居るのが目に入って、どうしたもんかと思案する。
流石に身内がいる前で、仲間の死体を頂戴していくのも気が引ける。結構な数の冒険者なので、良い肥やしになるかと思っていたが、ここは涙を飲んで諦めるべきだろう。そこまで考えて、最早、自分が自然に人を糧として見ている事に内心驚いた。こんな特殊な状況も慣れてしまえるものなのだなぁ。
あ、いや待てよ?馬も死んでるし馬車で此処を出るのは不可能。と言う事は徒歩で森を出るだろうから、その隙に頂いてしまうのも手かもしれない。なら此処は一旦引いて、さっさと彼女を帰らせようそうしよう。
そうと決まれば彼女にそっと一言つぶやいてクールに去るぜ。と彼女へと歩みを進める。
歩き出したボクを見てびくりと肩を震わせた彼女だが、腰が抜けたのだろうか、その場から動く気配がない。そんなリリアナ嬢に構わず彼女の隣まで歩いて行き――。
「さっさと帰りな。」
――スピードラゴンはクールに去るぜ、と通り過ぎた。
気障ったらしい自分に内心吐き気が止まらないが、後のスキルや経験値の為。耐えるのだ。
結局ベースを出てから帰るまで三時間半程かかってしまって、帰りが遅いとユーライカを始め子供達に要らぬ心配をかけてしまったようで、一部涙目で迎えられて何だか申し訳ない気分になってしまった。夕飯の席ではさっきの出来事を慰み者として提供したほうが良さそうだ。
◇◇◇◇◇ ◇◇◇◇◇ ◇◇◇◇◇
「もォー、つまんなーイ。」
ダンジョン”
「折角時間かけて準備したのに、壁に邪魔されて進めないんじゃ意味ないじゃン!」
どうやら目的が達成出来ずにご立腹のようだ。
「これあたし一人でどうにか出来っかなァ……一回帰ったほうが良い気がするゾ。でもなァ……また虫が湧かれると面倒だしなァ……。」
彼女が出直すべきかとうんうん腕を組み頭を捻っていると、ふと違和感を覚えて広場の入口へと顔を向ける。
「あレ、エリーゼどこ行ったんダ?」
ダンジョンへ潜る前、この広場の入り口に自らが配置したエリンギ型魔獣”従魔エリンギマン”、通称エリーゼが持ち場に居ない事にどうやってか気づき、不審に思ったらしい。通称とは言ったが、そう読んでいるのは彼女だけだが。
「どこ行ったんだあいツ……しかたねーなァ。」
大きな茸帽に入り切らない後頭部を片手でがじがじと掻きむしりながら、もう一方の手を前に出し指を二本弾くと、二本の指先から白い雫のような物が飛んで地面に黒い染みを作った。
少しして二つの染みの輪郭がうねりを始め、肥大化し始めもこも事地上に質量を産む。やがてそれはベレー帽のような
「ここで一戦交えテ、逃げた奴を追っかけたんだナ。ったくエリーゼの奴、勝手に持ち場離れんじゃねーっつノ。」
彼女が居る場所は普段は普通の土の整備道だが、今は白い胞子で染まっている。所々には血の赤とその持ち主だったであろう人物達の亡骸と、白く膨らんだ人型のオブジェとが点在していたが、彼女は特に興味はないようだ。まるで見てきたかのように言う彼女。その足元では堆積した白い胞子がじゅくじゅくと音を上げていた。
「しかシ、ここを離れて結構時間が経ってるってのに、戻ってこないのはどう言う事ダ?戦ってた奴らの大半はここで死んでるシ、逃げた奴らも大したやつじゃねェ。何に時間喰ってんダ?」
彼女はエリーゼ事エリンギマンの強さに自信があるようで、他愛の無い相手にかけている時間の多さに困惑しているようだ。実際、彼女がダンジョンから戻ってきた時には、広場前で戦闘が行われてから早五時間程度経過した後だった。
「解せなイ……めんどくせーけド、見に行ってみるかァ。どうせこっちも手詰まりだったシ……。」
一つ大きく息を吐いて、取るに足らない者達の亡骸を跨いで、跳ねるように歩みを進めた。
暫く行ったところで見つけた荷馬車と死体佇む胞子溜まりで、彼女は信じられない光景を目にしていた。
「おいおイ、嘘だロ……?」
彼女の視界には、愛しの
「まさカ、エリーゼがそこいらの竜畜生に負けるなんテ……。」
頭を下げ、余程ショックだったのか、黙ってしまう。しかしそれも、僅かの事だった。
「ふフ、ふふフ……。」
彼女の口角が見る見る上がって行く。
「んふふふッ、あぁーはっはっはっハ!良いねェ!凄く良イ!」
途端顔を上げ、天を仰いで良く通る声で笑い出す。
「良いなこレ!凄く欲しイ!」
言いながらばっと右手を横に伸ばすと白い胞子の地面から迫り出すように杖のような頭が曲りくねった刃が伸びて、身の丈程の武器らしき物が現れた。それを即座に掴みそのままどん、と杖の尻を地面へ叩き付けた。
その途端、脇の森からがさりがさり、ばちんと言う音と共に二匹の魔獣がその身を表した。一見して、四肢や灰色の毛並みに尻尾からそれがアルヴィエール狼で有る事が察せられたが、その目元から頭部には見慣れない物が張り付いている。それは先程少女が放ったベレー帽型の笠と硬質な虫の様な八本脚を持つ茸型従魔だ。このベレー帽型の茸魔獣は”寄生型”の従魔だ。持ち前の八本の脚を脳付近に突き刺す事で対象を意のままにする。
この従魔が今までそうしてきたように、二匹のアルヴィエール狼も例に漏れず上顎や首、頭部等にはベレー帽型の硬質な脚が深々と突き刺さっている。
それに一瞥もくれず、少女は口角を上げたまま指示を出した。
「探して来ぉイ!」
聞くと同時にベレー帽型従魔に寄生された二匹のアルヴィエール狼が飛び出して行った。未だこの場には件の地竜の臭いが残っている。それを瞬時に嗅ぎ取ったのだろう。
「んふフ、待ってろよォ、シロシロちゃン。」
何が彼女の琴線に触れたのかは分からないが、既に白い地竜の名前は決まっているらしかった。
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