1-13.本格訓練開始
「あーやだやだ……。」
「まだ言ってる。此処にいる間は我慢するしか無いんだ。私だって平気な訳じゃないんだぞ。」
「だってよう……。」
「直に着くんだ。気を引き締めろ。」
ユージィン率いる冒険者の一団”
「ほんと嫌だよなぁ。この不快感。お前よく平気な顔していられるよ。」
「言っただろう、別に平気な訳じゃないんだよ私は。ただ表に出さないだけだ。」
「それが凄いって言ってんだよ……不感症なんじゃないのリリアナちゃあんごっ!?」
「黙れ。」
落ち込む気分に任せてユージィンは軽快なセクハラをかましたが、リリアナと呼ばれた赤髪のセミロングは間髪入れず肘を脇腹に捩じ込んだ。ユージィンは短く悲鳴を上げ、余りの威力に頭を大きく前に倒す羽目になった。
「うご、ご……お、俺一応リーダーなんですけど……。」
「何度も言わせるな。私は平気な訳じゃない。」
「おおこわ。ほんと糞だな”障り”はよう。」
「これも強さの証明だ。受け入れろ。」
「強くなんかなるんじゃなかったぜ……。」
この場合の”障り”とは、一部の者が結界内に居る事に拠って起こる精神汚染症状の俗称である。一部の者と前述した通り、これは大抵の者達には無縁のものだ。
そもそもこの整備された人工道とは、唯の道では無く、その両の路側には一定間隔ごとに黒く聳える黒曜石製の結界柱が聳えている結界路なのだ。黒いオベリスクのようなその結界柱と結界柱の間は、幾つもの木製のポールを魔力伝導率の良い特性のロープで繋いで柵を作り道を形成している。ルーンの刻まれた漆黒の結界中から魔獣を寄せ付けない魔力の膜が形成され、それらの侵入を防いでいるのだ。
しかし、この黒曜石製の結界柱には欠陥が有ったのだ。比較的安価で製造出来、中ランク程度までの魔獣の侵入を防げる黒曜石製結界柱だが、軍人や高ランク冒険者等が原因不明の不快感を訴え始めたのだ。
研究の末、その不快感は一定以上の魔力を保有する者が患うのだと結論付けられた。もっと高位の結界柱ならばそのような事も起こらないのだから、研究者たちは大いに頭を悩ませた。一部から使用の取り止めの声も上がったが、前述の通り比較的安価で中々の精度を誇る黒曜石製結界柱の代わりはなく、影響を受ける者がごく小規模で且つ不快感という一見実害の無い副作用であった為現在に至るまで使用を推奨されているのだ。実際、多くの魔力を持たぬ者達には何の悪影響も無いのだから仕方の無い事だろう。
「馬鹿な事を言うんじゃない。お師様にどやされるぞ。」
「はいはい。……んん?」
リリアナのお決まりの小言が始まった、と早々に会話を打ち切りにかかったユージィンの視線の先には広場の入口が見えた。それ自体は何の変哲も無い物だったが、ユージィンが引っ掛ったのはそこでは無い。その手前、道の中央に聳えるクリーム色した物体だった。
「止まれ!」
途端、ユージィンが叫んだ。馬車は六台縦列で進んでいたが、前から順に声をかけ合い衝突する事無く停止する。彼らは冒険者ながら、日々訓練を繰り返している、その賜物だろう。
先頭の馬車の前に先行して馬に乗っていたユージィンが、馬を停止させ目を凝らす。因みにリリアナも馬でユージィンに並走していて、一歩後ろで待機している。
そこへ一台目の馬車、その荷台に乗っていた一見好青年が何事かとやって来た。
「なんだ、どうして止まるんだ?」
彼の問いかけに、目標物から目を離さず、ユージィンは指を向けるだけで答える。
「なん、だぁ……?」
「リリアナ。あれ、なんだと思う?」
「何って。でかい茸、に見えるが。」
「だよなぁ。」
その物体は下太リしたクリーム色の身体に、上部にヒダと共に短く外へと広がった色味の違う平らな頭。有り体に言えばそう、エリンギだ。一見して普通のエリンギ前とした姿をしているが、一目で異様だと判断してしまう。目算二メートル足らずもあれば無理も無いだろう。これだけ大きければ、不思議な威圧感を感じてしまう。
暫しの間場上で腕を組み思案するユージィンに、痺れを切らしたのか一見好青年が苛立たしく話しかけた。
「……いつまでこうしてるつもりだ?もう目と鼻の先なんだぞ?」
「うーん……。」
「なにちんたらしてるんだよ!?確かにでかいし俺が出る時にはあんなのなかったけど、所詮茸だろ!さっさと馬を進めろよ!」
尚も視線を外さないユージィンに捲し立てる一見好青年に、リリアナが馬を降りて止めに入る。この旅程で何度も見た光景だ。しかし。
「おい、少し落ち着いたらどうだ。迂闊に――。」
「うるさい!……もう良い、俺は行くからな!」
「おい馬鹿!」
「止まれリリアナ!」
広場へと駆け出した一見好青年を静止しようと前に出るリリアナをユージィンが引き止める。
一見好青年は既に巨大茸を目前まで到達していた。どうやらこの足の速さが、彼が伝令を任された所以なのだろうと察せられる。一歩また一歩彼は巨大茸へ近付いて行き、遂にはその脇を通りすがろうとしたその時――。
「え?」
――瞬間身を縮めた茸の笠が、再び開いたと同時に真っ白な煙を吐き出した。
「全員戦闘態勢!!」
ユージィンが叫ぶ。茸が吐き出した白い煙は、周囲一メートル程で留まり、足元に落ちて、それから霧散していく。白い煙に腰まで浸かった一見好青年が咽て咳き込む声が聞こえてくる。
「げほっ、な、なんだぁ?……あ?」
咽ながら茸に目を向けた一見好青年は、その視線の先で、茸の笠下、幾重のヒダの中から覗く無数の瞳と見つめ合っていた。
◇◇◇◇◇ ◇◇◇◇◇ ◇◇◇◇◇
「ひっ!」
「エト!それでも
「ひゃ、ひゃいっ!」
結局、翌日のレベリングでも全員ノックダウンしてしまった。
前日の経験から皆にはナイフを構えさせてそこへボクが獲物を投げつける、と言う方法でレベリングを試みた訳だが、ぶつけた瞬間にぶっ倒れていくというのを五回連続で見る結果になった。
子供達にはかわいそうだが、これも彼らの為。この森で生きていくのなら耐えて貰う他無いだろう。しかし、皆結構レベル上がったからもう平気かも?なんて思っていたがご覧の有様、甘く見すぎたかもしれない。もしかしたら調子に乗ってレベル30過ぎの一角兎を使ったからだろうか。すまぬ。
しかし、二度の過酷なレベルアップ酔いの甲斐あって、みんな揃ってレベル16になったのは単純に好ましい事だろう。経験値がどう言う内訳なのか気になる所だが、まあ目下のレベリングを優先しよう。
「えいっ!」
「ぎゃんっ!?」
「わわっ。やっ!」
「アリー、ルーデリア、その調子です!」
そうしてその日は夜まで皆ダウンして、翌日の今日は河原の広場に囲いを作って子供達に魔獣退治をさせている。囲い、と言っても木製の柵を建てた訳では無い。全く使い途のなかったオブジェクティブスキル”
「クロ、投擲で後ろ足を狙えますか?」
「……ん。」
「ぐぎっ!?」
「お、当たった。やっぱあの子は天才かも知れんなぁ。」
と言う訳で今、現在進行形で囲いの中に子供達五人と捕まえてきたレベル23の
ボクが魔獣を捕まえに行っている間に子供達の中で唯一剣の覚えのあるユーライカに、他の子達に武器の扱い方をレクチャーして貰った。何ぶんボクの居ない間の事なので、どう言う指導をしたのかわからないが、今は皆それなりに上手く振るえているようだ。因みにナイフを持てなかったクロはレベルアップのお陰か軽々持てるようになっていた。
レベルアップの恩恵は至る所に見て取れた。筋力もそうだし、体力面や足捌き、心無しか度胸も出てきているように思える。体力の無かったアリーやローデリアがあれだけ動いてもへばっていないのは軽く驚きだ。逆にエトはどうやら荒事が不得意のようで、終始びくびくしている。基礎能力面は彼らの中でもトップクラスだと言うのに、勿体無いものである。彼がその気になればこのメンバー内での主力に成り得るだろうとステータスを見ながら思う。
「ひやっ!」
なんて思っている内にエトが後ろ手に転び、傷だらけのアルヴィエール狼が飛びかかろうとしていた。奴も必死だ。咄嗟にボクは大きく息を吸う。
「グォウア!!」
腹一杯に貯めた空気を一気に吐き出し、叫び声に”威嚇”スキルを乗せて放つ。”威嚇”スキルは魔力の塊を放って相手の初動を遅らせる効果を持つスキルだが、レベルが低い内は声とか強い視線などを介さないと効果が出ないのだと言う。自分が敵だと認識している個体にしか効果が及ばないので誤射も気にする必要は無い、筈だが……何人かの子は身を竦めて何事かと此方を見ている。当のエトなど頭を抱えて蹲ってしまっている。戦闘中だよ?どうやら単純にボクの鳴き声が怖かったようだ。すまぬ。
「てい。」
「ぼうっとしない!」
「は、はいっ。」
「ひぃ、ひぃ。」
そんな中ボクの”威嚇”を物ともせず、瞬間動きの止まったアルヴィエール狼の隙を付き、その後ろ足を斬りつけたのはクロだった。力が足りない所為かアルヴィエール狼の毛皮を軽く切り裂くに留まるが、それでも奴の動きを鈍らせるには十分だった。ユーライカに檄を飛ばされて他の子も気を取り直して切っ先をアルヴィエール狼へと向ける。奴のHPバーを見るに、既に残り七割程削れているので決着は近いだろう。
レベル的にはアルヴィエール狼に及ば無い子供達だが、多対一で有る事に加え、都度危ない場面では先程の様に威嚇したり、”角射出”等で牽制したりのサポートも合って十分戦える状況になっている。ユーライカの指導と基礎能力の向上に拠り戦闘経験が無いとは思えない程善戦しているだろう。まあボク自身戦闘に精通している訳でも何でもないので、あくまで素人目にはだけれども。
「畳み掛けます!エト、横から仕掛けて!」
「ひへ!?は、はひ……!」
指示を受けたエトが戸惑いながらも体勢低く駆けて突撃していく。右手に掴んだナイフを敵のその身に突き立てんと勢いに任せて振りかぶったが、アルヴィエール狼は上空へ飛ぶ事で躱す。それを待っていたかというようにユーライカが駆けていた。未だ空中に留まるアルヴィエール狼の少し手前で跳ね、切っ先が敵の肉を貫くかと思われたが、アルヴィエール狼は空中で身を捻り致命傷を避けた。右肩から少し引き裂いかれて赤い鮮血を撒き散らしたが何とか倒れるように着地し、即座に反撃しようと体勢を立て直したその時、
小さな両手にはその身には余りある大きさのナイフが握られ、短い刀身は根本まで深々と肉に埋まっていた。断面からは小さく赤い液体が吹き出て、ぐらり、アルヴィエール狼は遂にその身を砂利の地面に横たえた。HPバーは0になっている。
「クロ、助かりました。」
「ん。」
肩で息をしながら、ユーライカがクロの元へやってくる。クロもアルヴィエール狼から離れてユーライカを見上げた。何と無く誇らしげだ。
「や、やった……。」
「つ、疲れた……。」
「あうー……。」
ルーデリアとアリーは尻を地面へ落としてぜいぜいと息を整えている。エトはあの後、空振りした勢いを制せずそのままごろんと地面に倒れていた。スタミナはメンバーいちのはずなのだが、精神的な疲れだろうか、未だ身体を起こせずに居る。
ここまでだいたい30分前後くらいだろうか。比較的低レベルのアルヴィエール狼一匹にしてはかかった方だが、戦闘経験の無いメンバーにしては良くやったと言えるのでは無いだろうか。様子を見て何戦かするつもりだったが、命のやり取りというのは思いの外精神がすり減ってしまうのを身をもって知っている身としては、満身創痍の子供達に無理に連戦させるつもりにも成れず、今日の戦闘訓練はこれまでとする事にした。別に良いよね。
「皆、お疲れさん。」
「シロさま、かった。」
「シロ様、援護ありがとうございました。」
「二人共良くやったな、中々やったで。」
「んふー。」
「恐縮です。ですが、やはりまだまだだと痛感しました。」
「これからこれから。」
「はい。」
「あっちの三人は動けんようやね。」
「そのようです。何ぶん、彼らも初めての事ですので……。」
「ゆっくり出来るようになったらええよ。じゃあ、今日はもう休みや。」
「ありがとうございます。」
そう言って、ユーライカは三人を回収に向かう。ボクも一緒に行って動けないエトとルーデリアを抱え、クロを背に乗せ皆で川を渡って焚き火の前に皆を下ろす。まだ昼飯には早いので、事前に拾ってあった果物をアイテム欄で解体して器に並べてやる。先程褒めていなかった三人を労って、果物を一切れ口に放り込んで皆にも促す。
その場をまだ余裕のあるユーライアに任せて、岩壁から伸びる大木の根元まで離れて腰を下ろす。今の戦闘で皆レベルアップした様なので、ステータス諸々のチェックを静かにしたかったのだ。皆レベルが一つは上がっているな。クロには撃破ボーナスがついた筈だが、更に一つとまでは行かなかったようだ。
子供達のステータスやスキルを確認した後、何と無くワールドマップを開いて居ると例の縦穴前広場の手前に沢山の光点が有るのに気付いた。どうやら人間が亜人獣人が十数人居るようだ。冒険者だろうか。こんな所に居るんだからそれかそれに類する業種の人だろう。……あれ?
ぽつぽつと光点が灰色に変わっていく。あれ、現在進行形で死んでらっしゃる……?うわーこっわ、近づかんとこ。落ち着いたら死体漁りに行こうかね。
取り敢えずこの魔獣っぽい光点とまだ生きてる光点に数が許す限り”マーカー”をつけて動向を注視しよう。こっちに来ないとも限らない。
「シロさま、なにしてるの?」
「ん?」
声の方へ視線を投げると、いつの間にか眼下までやってきていたクロがこちらを見上げ小首を傾げていた。かわいい。
「あー、こないだ皆で行った広場あるやん?そこに人が来てるみたいでね。」
「ヒト……?ほかのヒトがいるの?」
「おう、戦ってるみたいやね。」
「……。」
「こっちには来んから、安心し。」
「ん。」
こくんと頷ずき、ボクの脇まで来て、太めの木の根に腰掛けて下を向いた。かわいい。
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