0-12.明日へ
「ぐるる……。」
半身を流水に晒し、俯せで伏した身体を起こそうとするが、上手く力が入ら無い。水には血が混じり、川の流れに従ってゆらゆらと漂っている。数々出来た切り裂き傷が水に触れ更に痛みが増す。定まら無い思考の中、視界左下のステータスバーを見やると、HPバーが九割近く削れて、緑だったバーが赤く変わっているのがわかる。これが瀕死状態なのだろう。何だか視界もぼやけて来た。
何故自分がここでこうしているのかわからなくなるけれど、それも一瞬の事。森の入口付近には三体の狼魔獣がこちらへ歩みを進めるのが見えていたからだ。
左右には二匹の茶狼魔獣が、中央には一回り大きな灰色の狼が存在を主張していた。その頭部には下方に曲がり、再び天を衝くような形の角が聳えていた。心無しかばちばちと点減しているように見える。あの角で腹を突かれたのだろう、深く裂かれ今尚多くの血液を川に溶かしている。
何かボスっぽいな、とぼんやりした頭で思う。
ふいに茶狼魔獣が立ち止まる。こちらまでの距離はまだ大分開いている。一匹分前に出た灰色角狼魔獣も歩みを止め、その角は先程よりも更に光を増し始めている。その光景に、停滞していた危機感が戻ってくる。
――ま、まずい。早く、逃げ無いと……っ。
そう思考に鞭打って見ても、僅かに体が震えるだけで結果に繋がら無い。脳内で危機アラートがけたたましくびーびーと鳴いているが反応出来無いでいる。
――……あぁ、短い第二の人生やったなぁ。
覆しようの無い現実を認めて、自分のせいを諦める。
――まぁ、いいか。どうせ降って湧いた生やし……。
人生、諦めが肝心。醜く足掻いても仕方無い。良い事なんて無いさ。
――元々、生まれ変わりたくなんて無かってんから。成るべくして成った、それだけの話しやん。
なら、何故。
――なんでや……。
どうして、頭からは恐怖心が消えて行か無いんだ。どうして、今尚どうにか逃れられ無いか、考えている頭があるんだ。
――どうして、こんなにも、死にたく無いん……?
死ぬのが怖いか?ああ、怖いさ。どれだけ痛いのか、どれだけ辛いのか、どれだけ苦しいのか、考えただけで恐ろしくて身震いが止まら無い。
――……嫌や、いやや、痛いのも、辛いのも、苦しいのも、全部嫌や!
沸き立つ様な心臓の鼓動をに身を任せ、震える腕を地に突き立てる。灰色角狼魔獣の角がばちばちと大きな音を立てている。いよいよ終わりか。そう思っても、少しでも遠くへ行かんと地を掴む腕は止まら無い。
――死にたく無い……絶対に、死にたく無いっ!!
激しい音と光を発した灰色角狼魔獣の攻撃が、今まさに、仕向けられるかと思われたその時――。
「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!」
先程よりも異質さを増した咆哮が響いた。
その重厚な咆哮に意識を向けた灰色角狼魔獣は光を消し去り、こちらを一瞥した後、茶狼魔獣を連れ立って森へ去っていった。別方向の森の中に、赤い瞳が光ったような気がしたが、その頃にはボクの意識は刈り取られ、闇の中に落ちていた。
《……。》
《プレイヤーの危機的状態を検知。》
《危機対応プロトコルに従い、解決策を検索。》
《現在行使可能な救済処置手順を検出。》
《救済処置を実行。》
《検出結果に従い、プレイヤーの一時的主導権を申請。》
《受理を確認。》
《実行。》
《……。》
◇◇◇◇◇ ◇◇◇◇◇ ◇◇◇◇◇
耳の奥で、何かを貪るような異音が響いている。それを合図として、意識が覚醒して行く。
――……ぅ、……なんだぁ?
まず、視界に飛び込んできたのは、血に塗れた自らの掌。今まさに、と言った様子で暖かさを伝えてくる。その奥には砂利が見えており、自分の状況が決して安穏としたもので無い事を思い出す。
――お、狼は!?ど、どうなったんだ……?
慌ててその場を見回すが、狼魔獣達の姿は何処にも無い。
――助かっ、たんか……。
肩から力が抜け、大きく息を吐く。しかし、一体何が起こったのだろう。また襲ってこ無いとも限ら無いので、川を渡ってベースの岸に行き着く。ここが絶対安全圏である訳では無いが、何だかんだ此処に愛着が出てしまったので、心の平穏を保つ為の自己防衛手段だ。川を渡る際に血が洗い流してある。そう言えば、あれだけ手酷く付けられた傷も完全に塞がっている。HPバーも全回復してるし、寝ている間に自動回復で治癒したのか……?
ステータスバーを見ているとある事に気づく。
――レベルが2になってる!!なんでぇ!?
狼魔獣との戦いだけで経験値を稼いだのか……?いや、こっちの攻撃は一回も当たって無いし、やられるだけで経験値入るなんて事あるのか……?
こう言う時は頼もしいナビィペディアさんに聞いてみよう。
《あなたは瀕死状態になった。そのままでは出血死は免れなかったので、あなたは回収していた一角兎を喰らい、レベルアップした。レベルアップボーナスに拠り全回復し、04時間41分21秒の間眠っていた。現在の時刻は14時02分33秒。》
――えぇ……全然覚えてねぇ……。
夢遊病の気でもあるのだろうか……?
しかし、折角のレベルアップが自分の意識の無い時に起こるなんて…地味に、いや、普通にショックだ。
――……ショック、か。
頭がスッキリしてきたと同時に、昏倒するまでの自分の心の中を思い出して、妙にスッキリとした気分な事に驚いていた。驚きはしたが、戸惑いは無い。結局、ボクと言う人間は、何処まで行っても自分がかわいくて、醜く足掻いてでも生きようする、くだら無い人間と同じなのだ。死にたい、死にたいと嘯いてみても、いざ死の間際になれば生を望んでしまう。自分本位のくそったれ野郎なのだ。
それでも、前世においてボクが望んだ死も、また本心なのだ。自由と繁栄を謳い文句に、人を縛り、間違った社会正義で回る世界。綺麗事で溢れ、自己責任が蔓延する世界。豊かな者はより富み、貧民は更に搾取される。そんな世界から、自由という名の奴隷制度から開放されたかった。自らの道理を、正しく生き通したかった。物事が有るべくして有る。そんな世界が欲しかった。1+1は2である、そんな世界。そんな当然の世界が、欲しかった。でも、そんなものは手に入ら無い。あの世界では、1+1は光であり、闇だ。人によっては、それこそが正しいという事もあるだろう。だがボクには違ったのだ。間違った事が正しい事とされる世界には居場所がなかった。まさに、社会不適合者だ。だから、死を望んだ。望んで当然だと思っていた。偶発的だったが、結果的には死んだのだ。望みは叶った。それで終わりなら良かった。
でも、この世界に生まれた。生まれ直してしまった。
幸か不幸か、この世界は地球では無い。
それどころか、人間ですら無い。
なら良いじゃ無いか。
もう人間じゃ無いだ。
もう地球じゃ無いんだ。
此処でなら出来る。
此処でなら、道理のままに生きる事が出来る。
努力次第で、夢みたいな世界に生きられる。
こんな幸せは無いじゃ無いか!
なら、やろう。
この世界で、自分の思うまま生きよう。
いつか、いつの日か死ぬその時まで、精一杯、自分の道理を貫こう。
この新しい世界で。
上を見上げたボクの心には、此処に来てからずっと張り付いていた暗い何かはもう、無かった。
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