7
*
それから三日間、おさむくんは姿を見せなかった。プールの約束もあったのに。電話で聞くと、熱をだして、寝込んでるという。
「おさむくん、すごく、こわいものを見たのかも」
三時のおやつ。
えんがわにすわって、スイカを食べながら、かおるは兄に聞いてみる。
「おさむくん。なんか言ってた?」
「いや。何も。おれが行ったときには、中庭のえんがわの下に、かくれてたよ」
「えんがわの下」
かおるは、すわったまま、えんがわの下をのぞいてみる。ブッチが丸くなって寝ていた。ちょうど日かげになって風も通るし、涼しいのだ。
小さくなれば、子どもが、かくれることはできる。
「おれが聞いても、何も話してくれなかった。でも、こわい思いしたのは、たしかだな」
「おさむくん、女の子が死んでるって言ってたけど……」
「ふうん。そんなこと言ってたのか」
「にいちゃんは見た?」
「見てないよ。とにかく、早く、おさむくんを外につれださなきゃと思って」
ぷぷっと、えんがわの下にスイカのタネをとばしながら、たけるが言う。
かおるもマネして、タネをとばす。
「ぼくのほうが遠くまで飛んだよ」
「よーし。見てろ」
今度は、兄のほうが遠い。
「負けないもんね」
しばらく、真剣にタネをとばしあう。けっきょく、兄には、かなわないのだが。
「にいちゃんばっかり、なんでもできて、ずるい」
「かーくんは、まだ一年生だから、しょうがないよ」
「ぼくが四年生になったら、にいちゃんは……ええと……」
「中学生だ」
「うう……」
永遠に兄には勝てない気がする。
どうにかして、自分だけ、いっきに四さい、年をとれないものだろうか。
「かーくん。今から、オバケ屋敷に行こうか?」
「ええっ!」
「もし、ほんとに女の子の死体があったんなら、警察に届けなきゃ」
「えっ? オバケでしょ?」
「オバケならいいけど、本物だったら事件だ」
そう言われれば、そうかも。
「かーくん行かないなら、いいよ。にいちゃん一人で行ってみるから」
「やだ。ぼくも行く」
たけるは笑った。
「かーくんは、にいちゃんのすること、なんでもマネしたがるなあ」
「ちがうもん。気になるだけだよ」
「わかった。わかった。じゃあ、いっしょに行こう」
ほんとは、こわいのに、なんで行くって言ってしまったんだろうか。わからない。
べつに、たけるのマネしたいわけじゃない。けど、たけるが行くと言ったら、行きたくなった。
「じいちゃん。かおると二人で公園に行ってくる」
じいちゃんは、ただいま、兄弟のために、夕食のハンバーグと格闘中だ。たけるが声をかけると、「気をつけてな」と返事があった。
(あーあ。なんで、何回もオバケ屋敷なんかに行くことになるんだろ)
たけるに手をひかれて歩いていった。
でも、今回はオバケ屋敷のなかに入らずにすんだ。板べいの穴がふさがれていたのだ。
「あっ、入れないね」
入れないとわかると、それはそれで悔しい。
たけるは、こぶしを口にあてるポーズで考えている。こぶしをおろしたとき、何をするかと思えば、おとなりの家の戸をたたいていた。
「こんにちは。すみません。だれか、いませんか?」と、たけるは中に呼びかける。
人は、いた。戸口があいて、おばあさんが出てくる。
「おやまあ。どこのお子さんでっしゃろ」
「こんにちは。夏休みの自由研究で、このへんの空き家のこと、しらべてます。そこのうちも空き家だって聞いたんですけど」
さすがは、たけるだと、かおるは、ひそかに思った。
「へえ。夏休みのなあ。それは大変どすなあ。おとなりさんどすか? あそこは、だいぶ前に、ご主人が亡うならはってなあ。息子さんが、いてはるんやけど、東京にいはるんどす。せやから、ふだんは人が、おれへんのどす」
おばあさんの言葉は昔風の京言葉で、かおるにはよくわからない。
かおるのばあちゃんは、かおるが生まれる前に死んでしまった。だから、お年寄りのつかう言葉になじみがない。
たけるは、ばあちゃんを知ってるから、わかるみたいだ。ちなみに、じいちゃんは東京生まれ東京育ち。
「息子さんは、よく帰ってくるんですか? お話を聞きたいんですけど」
「盆正月にも帰ってきはりまへんえ。りっぱな家やのに、どないするつもりか、知りまへんけどな」
息子は帰ってこないということは、わかった。
「お仕事が東京なのかな。にいちゃん」
「うん。たぶん」
「そうどす。なんや横文字の仕事してはりまっせ。あいてーとかなんとか」
「IT企業ですか」
「そうそう。それどす。昔から、頭のええ人やったさかいなあ。京大行かはるとばっかり思っとったら、東大え」
「東大かあ」
たけるは感心してる。けど、かおるは、きょうみがない。
「じゃあ、きっと、小さいころから私立の学校だったのかな」と、たけるは、まだ聞く。
かおるは、そろそろ、あきてきた。
「小、中は近所でっせ。家庭教師は来てはりましたけどな」
「家庭教師」
「なんちゅう名前やったか。二十年も前のことやさかい、忘れましたがな」
「ところで、あの家、管理人みたいな人がいますか?」
「おれへんと思いまっせ。あれほうだいでっしゃろ」
「じゃあ、カギを持ってる人は、だれもいないのかな?」
「さあ、そこまでは知りまへんけどな。おらんのと、ちゃいますか」
「ありがとうございました」
やっと、たけるは話をやめた。
と、思ったら、そこだけではない。
そのあとも、二、三軒、近所の家の戸をたたいた。住人から話を聞く。が、最初のおばあさんと同じ内容だ。
「たけるにいちゃん。もう帰ろうよ。ぼく、つかれた」
「うん。帰ろう。明日、おさむくんのお見舞いに行こうな」
「うん。スイカ持ってく」
「それがいいよ」
その日は、うちに帰った。
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