第336話 マリアの友達
マリア=ブラッドリィ。
姉であるレベッカとの確執を乗り越え、彼女はついにアーノルド魔術学院に入学することになった。去年の文化祭の時の騒動を経て、互いに長年抱いてい心の内を曝け出した。
それによって幼少期と同じ、とまではいかないが前よりはずっと距離感が近くなった。もっともマリアはそれをかなり鬱陶しく思っているのだが……。
「マリア。起きて、マリア」
「う……うん……」
マリアは朝が弱い。いつも登校するギリギリの時間まで寝ている。今日も入学式ではあるが、いつものように限界まで寝ようと思っていたのだがレベッカの声によって覚醒を促される。
「マリア。そろそろ準備しないと」
「あと五分……」
「もうっ! 早く起きてっ!!」
ベッドから放り出されるような形でマリアは起床する。眠気はまだ完全に取れてはいないが、仕方なく起床するマリア。
マリアがどうして鬱陶しいと思っているのか。
その理由はレベッカの世話焼きが限度を超えているからだ。今までは互いにいないものとして接してきた。その反動でもきてしまったのか、レベッカは過剰にマリアに愛情を注ぐようになった。それこそ、今までの時間を埋めるかのように。
だがしかし、何事にも限度はある。
マリアの入学式当日だからと言って実家に帰って来るのはやり過ぎだろう……とマリアは思っていた。
「お姉ちゃん。過保護すぎ……」
「む。これもマリアのことを思って──」
聞き流す。最近はウンウンと適当に頷いていれば、いいことを覚えたらしい。うるさいのに変わりはないが、これが最善と判断したようだ。
朝食を取ってから、制服に着替える。すでに試着は済ませているので、スムーズに着替える。もちろん、マリアは制服を着崩している。三大貴族らしくお淑やかに、というのはマリアには当てはまらない。
我が道をいく彼女は、派手な格好をするようになったのは周りへの当て付けなども含まれていたが、どうやら愛着が湧いて来たのか今は気に入っている。
「むむ……っ! マリア! そんなに着崩したらダメっ!!」
「いいじゃん別に」
「ダメです。妹でも容赦はしないわよ?」
「でもお姉ちゃん……最近スカート短いよね?」
「……」
視線を逸らす。
マリアは知っている。レベッカがレイに対して特別な想いを抱いていることを。去年騒動を経て、マリアもまたレイのことを知ることになった。
一見すれば、ただの
それに愚直で真摯な性格も嫌いではない。レベッカが恋に落ちるのも無理はない、と思っている。
「それに、ソックスも短くしてるし。綺麗な脚がよく見えるね?」
「べ……別にそんなことは……」
「レイはどう思ってるんだろうね」
「今はレイさんは関係ないでしょうっ!!?」
顔を赤くして否定しているが、丸わかりである。少しでもレイによく見せたいと思って、レベッカも色々と努力をしているのだ。薄く化粧もしているし、髪の毛も前よりもずっと綺麗になった。姉のそんな努力を馬鹿にするわけではないが、利用するにはちょうどよかった。
「はいはい。じゃ、行こっか」
「ちょっと……っ!!」
照れているレベッカを置いて、マリアは家を出ていくのだった。
「ふぅ……やっと終わった」
入学式が無事に終了し、クラスでのガイダンスも終わった。クラスメイトにはステラにオリヴィア。加えて主席のホスキンズも一緒になった。もちろんマリアに友人などいなく一人である。と、本人は思っていたが……どうやらそうもいかないようである。
「あ! マリアちゃんだっ!!」
「ステラじゃない……もしかして、同じ部屋?」
「うん! やったー! マリアちゃんと一緒で嬉しいよ!」
ステラ=ホワイト。
レイに妹がいることは知っていた。その妹が義理であることも。
顔つきは似ていないし、髪色も全く違うが二人はとても仲が良かった。登校する時に抱き合っている姿を見たが、誰が見ても本物の兄妹にしか見えなかった。
あのレイがあそこまではしゃいでいるのは初めて見たので、マリアも驚いたほどだ。
「そっか。ステラと一緒なのか……」
入寮に際して、過度な期待はしていなかった。貴族、中でも三大貴族は一人部屋を選択することもできるのだが、マリアはそうしなかった。
元々友人もいなく、孤独には慣れているが……もしかしたら彼女は期待していたのかもしれない。新しい出会いというものを。
マリアもまた少しずつ変化しているのである。
「マリアちゃん!」
ステラはズイっと近寄ってくると、マリアにあることを尋ねた。
「な、何……?」
「お兄ちゃんと仲良いよね!」
「まぁ……別に。普通だけど」
「そうなの?」
「そうよ」
「へぇ……でも、お兄ちゃん言ってたよ」
「な、何を……?」
ステラは年末年始に帰って来た時の話をマリアに伝える。純粋な笑みで、何の他意もないかのように。
「レベッカちゃんの妹はとっても可愛いって!」
「は、はぁ……!?」
別にレイのことは知っているので、今更照れたりはしないと思っていた。だが、本人に直接言われるのと伝聞で聞くのではかなり違ったようだ。
「それにお兄ちゃんは仲が良いって言ってたよ。とっても話しやすいって。だから私も、一緒の部屋になれてとっても嬉しいよ!!」
「……う。眩しい……」
眩しい笑み。根本的に性格が違う。マリアはそう思った。
例えるならば、ステラが太陽でマリアが月と言ったところか。容姿と性格もあって、マリアは部屋に閉じこもっていることが多かった。それに話し相手もほとんどいない。
そんな彼女と同じ部屋になったのは、眩しいくらいに明るい性格のステラだった。天然なところはレイに似ているし、笑った顔もどことなく似ている気がする……と思ってしまうほどには、マリアはステラとレイを重ねていた。
「まぁその……よろしく」
手を差し出す。
顔は横を向いており、赤くなっている。
「よろしくね!!」
「……うわっ!!」
握手をすると思いきや、ステラは思い切りマリアに抱きついて来た。すりすりと頬を寄せると、ぎゅーっと力強く抱きしめる。
「ちょっと、離れなさいっ!!」
「えー。だってマリアちゃん、可愛いから!」
「可愛い……? 気味が悪いの間違いじゃないの?」
「へ?」
マリアはまだ自分の見た目に関して受け入れているわけではない。真っ白な髪と肌、加えて緋色に染まる双眸。入学式の時だって、クラスにいる時だって観察されているような視線は感じていた。
それに三大貴族である上に、両耳にあるピアスと着崩した制服は何よりも目立つ。普通の人間は近寄ろうとはしないだろう。もっとも、マリアの雰囲気もあって近寄りがたいのもあるのだが。
だというのにステラはそんなことは全く気にしないで接してくるのだ。
「なんで?? 可愛いよ。真っ白な髪と目もルビーの宝石みたいで綺麗だよ! それにカッコいい!! マリアちゃんはスラッとしてて、脚が長いよね!」
「まぁ……身長は高い方だけど……」
マリアの身長は男子の平均身長をわずかに超える。レベッカよりも優に高い。遺伝的には身長が高くなることないのだが、突然変異的なものだとマリアは思っている。
「モデルさんみたいだよ! 私の憧れ! でも……おっぱいはもうちょっと欲しいかも……」
ポカンとした表情でステラのことを見つめる。
あぁ。そうか。こんなところまでレイに似ているのか、とマリアは納得した。そして彼女はニヤッと笑うとステラにこういうのだった。
「ふふ。ステラには難しいかもね?」
「えー!? なんで!? 一緒にお風呂に入った時、お兄ちゃんは絶対に大丈夫って言ってたよ!」
「うん? 一緒にお風呂に入った?」
「うん。家にいるときは、いつも一緒にお風呂に入るよ」
「なるほどね……あいつらしいというか……」
マリアは実は入学に対して少し心配している部分があったが、どうやらそれは杞憂に終わりそうだと思い微かに笑みを浮かべる。
「どうしたの?」
「なんでもないわよ。さ、荷物を解きましょう」
「うん!」
アーノルド魔術学院の四年間が、マリアの人生においてかけがえのない時間になることを彼女はまだ知らない。
◇
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