第335話 敵対する新入生


 入学式が開始された。新入生は前方に集まり、二年生以上の生徒はその後ろに集まるような形になっている。改めて、一年前の自分があそこに立っていたと思うとなんだか感慨深い。


 入学式は問題なく進行していき、新入生代表の挨拶となった。この挨拶は入学試験(筆記と魔術実技)における成績の最も良い生徒が務めることになっている。去年はアメリアだったが、今年は……男子生徒だった。


 壇上に歩みを進めていく彼の姿を見つめる。


 俺は彼のことを伝聞にはなるが、知っている。というのも、アルバートに話を聞いたからだ。曰く、今の上流貴族の中でも最も勢いのある貴族だとか。


 名前はネイト=ホスキンズ。


 ホスキンズ家の長男であり、魔術の技量も知識量もズバ抜けているとか。三大貴族に匹敵する、またはすでに超えているのではという呼び声も高いと言う。



「この度は歴史あるアーノルド魔術学院の新入生代表として挨拶できることを、心から誇りに思います。魔術学院の中でも最も優れ、優秀な生徒たちを排出しているこの場所が、自分の母校になるなど夢のようです」



 凛とした声で彼は挨拶を始める。


 容姿は遠目からにはなるが、かなり整っていると思う。全体的に少し長めの金色の髪を緩やかにまとめ、鼻も非常に高く全体的な顔のバランスが非常に整っている。


 身長は男子の平均よりは高そうだ。それに姿勢がいいのか、雰囲気もかなりある。流石は上流貴族といったところだろうか。


「それでは、以上になります」


 拍手が起こる。


 特に一年生のある一角からの拍手の音が非常に響いている。もしかすると、もう派閥のようなものが固まっているのかもしれないな。


「アメリアは知っているのか? 彼のことを」


 隣にいるアメリアに話を聞いてみることにした。


「えぇ、もちろん知っているわよ。普通に優秀な人だと思うけど」

「そうか……」

「気になるの?」

「気になるというか……」


 壇上を降りる際に彼が俺のことを、視線で射抜いてきたからこその質問だった。


 それも明らかな敵対の意識をもって。あの視線は間違いなく俺に対して送られたものだろう。


 といった話をアメリアにすると彼女は顔を少しだけしかめる。


「ホスキンズ家は三大貴族に食い込みそうな勢いを持っている。特に、周りの貴族との親交を広げているって話は聞くわ。貴族の中でも一大勢力になるとか。それに加えて、血統主義なの。だからこそ、レイのことが気に食わないのかもね」

「なるほど、な」


 血統主義。


 確かに血統によって生まれる才能とは必要な要素であり、重要ではあるだろう。理解はできる話だが……それだけでもないのも、真実だ。果たして彼は俺に対して、どんな心情を抱いているのか。


 いや、もしかすれば俺の気のせいかもしれないな……と思っていたが、俺とホスキンズはすぐに出会うことになるのだった。



 ◇



 入学式は無事に終了した。その中でも師匠が教師として紹介された時は、おそらく一番の盛り上がりを見せただろう。師匠は魔術師の世界では有名人であるものの、表舞台にはほとんど姿を見せないからな。


 また、師匠が教員として働く情報は今まで隠されていた。そのこともあって、驚いている生徒がほとんどだった。


 俺は師匠の挨拶を見守る最中さなか、少しだけ泣きそうになってしまった。今までは車椅子に座っていたが、今はもう杖があればなんとか歩ける。また「自分の経験や知識を、後続を育てるために使いたい」という言葉には感動を覚えた。


 あぁ。やっぱり師匠は師匠なんだな、と。


 教室に戻りながら、みんなでそのことで盛り上がっていると後ろから声をかけられた。



「おい」



 振り返ると、その場にいたのはネイト=ホスキンズだった。後ろには十人程度の生徒も控えているようだった。貴族の派閥と見て、間違い無いだろう。


「レイ=ホワイトか?」

「そうだ。君は、ネイト=ホスキンズだったな?」

「あぁ。それにしても……」


 軽んじている視線。明らかな軽蔑の視線を受け取って、俺はなんだか懐かしいような気がしていた。ちょうど一年前もこんなことがあったからな。アルバートとの出会いも、同じような感じだったからな。


 今となっては同じ筋肉を愛する親友だが。


「お前が何か不正をしているのは、分かっている」

「不正?」

「あぁ」


 ホスキンズは俺に向かって指を刺してくると、その不正とやらについて言及してくる。


一般人オーディナリーという劣等な存在だというのに、この学院に足を踏み入れた。それにお前の周りには三大貴族や上流貴族も揃っている。それに去年の大規模魔術戦マギクス・ウォーではチームを優勝に導いた。おおよそ、一般人オーディナリーの功績じゃない。何か不正をしていると考えるのが、普通だろう」

「……ふむ。一理あるな」


 顎に手を持っていき、考える。客観的に見れば俺の境遇というか、存在は異質なものなのは同感だ。しかし、ここで俺の出自の話や冰剣の魔術師であることを話しても仕方がないだろう。


 どうせ信じてもらえるわけがないだろうしな。


「特に三大貴族のアメリア=ローズと仲が良いとか?」

「アメリアとはそうだな。友人だ」

「友人……か」


 ギュッと拳を握りしめて俺のことを忌々しく睨みつけてくる。アメリアの話をした途端、急に憎悪が膨れ上がったような気がした。ギリッと歯を食いしばり、忌々しそうに睨みつけてくる。


「ちょ、ちょっとレイ……!」

「どうしたアメリア」


 アメリアが後ろから小さな声で話しかけてくる。


「あんまり相手のことを怒らせちゃダメよ?」

「む……もしかして、怒らせるようなことをしたか?」

「うーん。まぁ……ね。でも難しい話よね。私が間に入ろうか?」

「いいのか?」

「貴族のいざこざは、慣れてるしね」


 と、彼女は軽く咳払いをすると俺の前に出ていく。


「えっと。ネイト君、話すのは初めてじゃないわよね?」

「アメリアさん! はい! ご無沙汰しております」


 打って変わって彼の態度は変化する。丁寧に頭を下げると、嬉しそうに笑っている。ふむ。よほどアメリアのことが気に入っているのかもしれないな。貴族社会についてはよく分からないが、アメリアならば円滑にコミュニケーションが取れると信じている。


「その、ね。レイはちょっと特別だから……あんまり気にしない方がいいよ?」

「特別……ですか?」

「うん。だからあんまり敵対しなくてもいいかなーって」

「やはり、本当だったのか……」


 ホスキンズはだらりと肩を落とす。まるで何かに絶望したかのような素振りだった。そして、目の前にいるアメリアではなく俺の方をキッと睨みつけてくる。


「やはり、お前がたぶらかしているようだなっ!!!」

「む……?」


 誑かしている? いや、俺はアメリアに対して何か騙すようなことなどしていない。自分の心当たりを探してみても、そんなものはない。だが、ホスキンズは絶対的な確信があるようだった。


「お前が、三大貴族の中でも一番の才能を持っているアメリアさんに近づけるわけがない……やはり、何かしているのは間違いないッ!! これは決定的だッ!!」

「いや、そんなことはしていないが。普通に友人だが」


 真実を伝えると隣にいるアメリアが、「そっかー。まぁ……友人だよね。うん……」と小さな声で呟いてた。がっかりしているようだが、そんなことよりも今は彼を落ち着かせるべきだろう。



「そこまでにしておけ」



 次に間に入ってきたのは、アルバートだった。この一年で遥かに成長した体躯は今やエヴィに迫るほどだ。現時点で二年生の中で一、二を争う筋肉の持ち主だろう。


 流石のホスキンズもアルバートの圧には腰が引けるようだった。


「っく。アルバート=アリウム。上流貴族の誇りはどうしたッ!! 一般人オーディナリーと一緒にいて、恥ずかしくはないのかッ!!」


 ホスキンズの言葉に対して、アルバートは毅然として答える。


「お前は一年前の俺だ。世界の広さをまだ知っていない。まぁいずれ分かることだ。今は引いておけ。そろそろ、目立ってきたぞ。入学初日に問題行動はまずいだろう」


 アルバートが諭すように促すと、彼はグッと唇を噛み締めて翻る。


「覚えておけ。お前の不正は、絶対に正す」


 吐き捨てると仲間を連れ去って移動していくホスキンズたち。


「なーんか、典型的な貴族って感じね」

「あぁ。ま、レイは大丈夫だと思うがな」

「う……うん! レイくんは不正なんかしてない……よっ!!」


 クラリス、エヴィ、エリサも近寄ってくる。そうだ。今の俺には、信頼できる仲間がいる。大丈夫だろう。


「レイ。あいつとの件は俺がどうにかしておこう」

「いいのか。アルバート」

「あぁ。それに、きな臭い噂もあるしな」

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