第328話 おてんばな王女さま
疾走。
俺は捕らわれている少女を助けるために、行動を起こしていた。間違いなくこれは誘拐の類だろう。少女の浮世離れした容姿からして、貴族のお嬢様と言ったところだろうか。
ローブを羽織っている人間は全部で五人。後方には馬車が控えていた。察するに、ここで彼女を降ろして別の手段で移動させようとしている……といったところだろうか。
ともかく武力行使も辞さないと考えた俺は、相手の懐に潜り込むようにして疾走していく。姿勢を低くして、相手に気がつかれてもすぐに攻撃ができるようにと。
「なんだ……!?」
「追手か……!?」
「いや、さっき
「ならこいつは誰なんだよっ!!」
と、俺の存在に気がついたようでそれぞれが慌て始める。会話の内容から分かったが、俺の推測は当たっていたようだ。少女を誘拐して、追手を撒いたばかりといったところだろうか。
「こいつ……っ!!!」
魔術。
基本的に魔術の使用というものは、特定の区域を除いて禁止されている。緊急時には使用しても咎められることはないのだが、その中でも攻撃的な魔術の使用は大きな罪に問われる。
だというのに、躊躇なく俺に向かって
すでに人身売買の巨大組織は壊滅したと聞いていたが……その残党だろうか。
「……遅いな」
俺は魔術を使っていないが、相手の攻撃を避けることなど造作もなかった。見ただけではっきりと分かる。相手と俺の間に存在する、絶対的な実力の差というものを。
あの極東戦役を経験は伊達ではなく、魔術を使わずとも相手を圧倒するのは容易だった。
「ぐっ……!!!」
まずは一人。
鳩尾に拳を叩き込んで、意識を刈り取る。それを見て俺が普通ではないことを理解したようだが、もう遅い。魔術の発動は
それだけあれば十分だ。
俺は相手の間を縫うようして移動すると、一瞬で意識を刈り取っていく。暴力行為を働くのは些か抵抗はあるが、今回ばかりは仕方がないだろう。
「ふぅ。こんなものか」
普通の人間よりは明らかに、人に向けて魔術を使うのに躊躇はなかった。それに攻撃的な魔術もいくつか持っていたようだ。手練れ中には混ざっていたので、俺が対処することができてよかったと思った。
そして、震えている少女のもとへと近づいていく。
「大丈夫ですか?」
猿轡と彼女を縛っている縄を相手が持っていたナイフで切り裂く。
「……怖かったっ!! ありがとう……本当にありがとうございますっ!!」
少女を解放した瞬間、思い切り抱きつかれる。静かに涙を流しながら、俺のことをギュッと抱きしめてくる。
怖い思いをしたのだろう。幸いなことに、外傷はないようだった。商品価値が高いと判断されて、傷がつかないようにされていたのだろう。皮肉な話ではあるが。
「大丈夫です。自分がついていますので」
優しく背中をさする。嗚咽も止まったところで、彼女の名前を聞くことにした。憲兵に今回の件を通報するにしても、彼女の名前を知っていた方がスムーズに進むと思ったからだ。
「申し遅れました。ボク……じゃない。私は、オリヴィア=アーノルド第二王女。この度は窮地を救っていただき、本当にありがとうございました」
「お、王女さま……?」
◇
「この度は本当にありがとうございました。感謝状に金一封。ぜひとも、お受け取りいただきたいのですが」
「いえ……自分はそんな」
あの後、俺は街に向かうと憲兵に今回の件を伝えた。気絶している誘拐犯たちは、馬車にあった縄で俺が捕縛しておいた。それからは事情聴取が行われ、俺が行ったことを伝えた。
暴力行為を働いてしまったが、オリヴィア王女の目撃証言もあり正当防衛ということで話は進んだ。そして、俺は全てが終わったので今から自宅に戻ろうとしたが……流石に、時間はもう遅い。
二十一時を回っており、サーシャさんにはもしかしたら泊まりになるかもしれない……と伝えてあったので別にここで一夜を過ごしてもいいのだが、問題は場所だった。
そう。
俺は今、王城にいる。
アーノルド王国にいるとはいえ王族とは全くの無関係の生活を送ってきた。それこそ、王族の方々の名前を知らないほどには。しかし、オリヴィア王女を迎えにきたメイドと執事の方々にどうしても……と促されて、ついて行くと王城で破格の待遇を受けることになった。
そうして今は、謝礼をどうしても受け取って欲しいと言われているのだが、俺はそれを拒否していた。別に助けることは当然である上に、メイドが持ってきている金一封の量が尋常ではないのだ。
それにぜひ、王に謁見して欲しいという話まで出るのだから俺は面食らっていた。最終的に王城の一室で泊めていただくこと、感謝状は受け取って金銭は受け取らないこと、でまとまった。
のはずだったのだが……。
「レイ! 本当にありがとう! ボクは感激だったよっ!」
「あ、あはは……」
オリヴィア王女は俺にぴったりとくっついて離れないのだ。ギュッと腕を絡ませてきて、女性特有の甘い匂いが鼻腔をくすぐる。
どうやら今話している方が素のようで、とても明るいお方だと思った。
「もうねっ! 凄かったよ! ギューン! ビューンって! レイは物凄く強いんだねっ!!」
「えっと……まぁ、そうですね。鍛えてきましたので」
「ふふ。あー、本当にかっこよかったなぁ……」
うっとりとした表情で俺の一連の戦いを語るオリヴィア王女。王女さまということで無碍にもできず、愛想笑いを浮かべるしかない。またあろうことか、彼女は絶対に一緒に寝るといって聞かないのだ。
「だめ?」
「自分はその……王族の方と同衾するのは、流石にまずいと思いますが……」
ステラと一緒に寝るのとは訳が違うのも俺は分かっている。相手は王女殿下なのだ。一緒に寝るのは流石にまずいのだが……言うことを聞いてくれそうにないようだった。
「大丈夫! ボクが良いって言ってるから!」
「そうなのですか?」
「うん。その実は……まだ怖くてさ……震えが止まらないんだ。今日だけで良い。レイが一緒にいてくれると、嬉しいな……」
上目遣いでじっと見上げてくる。その揺れている瞳を見て拒否するわけにもいかず、俺は了承することにした。
「ボクはね。よく脱走してたんだ」
二人で横になると、彼女は急に何かを語り始めた。俺は静かに耳を傾ける。
「王族であることは誇りだけど、窮屈なことも多くてね。それで街に逃げることが多々あったんだけど……おそらく、誘拐犯はそれを知ってボクが一人で街中で歩いているときに襲ってきたんだ」
「……そうだったのですか」
「うん。縛られて、何もできなくなった時はどうしようかと思ったよ。でもね。レイが助けてくれた。本当の本当に、レイがあの場所にいてくれた良かった」
ギュッと抱きしめられ、背中に暖かさが伝わってくる。オリヴィア王女の体は、まだ少しだけ震えていた。
俺はその時、少しだけ思った。
奪うばかりの人生だった。仲間を守るために、必要以上の命を奪ってきたこの手は誰かを助けることはできないのだと。救いなどないのだと思っていた。
でも、誰かのために行動することはできた。
もしかしたら今までの人生も無駄ではなかったのかもしれない。そんなことを、俺は思った。
「ありがとう。レイ」
感謝の言葉を聞いて思うのは、ハワードの最期の瞬間だ。あの時も俺は感謝の言葉をもらった。俺は誰かに感謝されるような存在に、なることができているのだろうか。
もしそうなら、俺の人生は──。
翌朝。
俺は自宅に戻ることになった。手厚いお見送りをいただき、最後にはオリヴィア王女が俺の方に近寄ってくる。
「レイ。もう行っちゃうの?」
「はい。帰るべき場所が……あるので」
少しだけ間を空ける。そうだ、今の俺には帰るべき場所がある。自然と出た言葉だが、それは心から思っていることだった。みんな待ってくれているに違いない。
「……また、会えるかな?」
「そうですね。生きていれば、いつかまた会う日はあるかもしれません」
敢えて否定はしなかった。
俺が王族と接する機会など今後はないに違いない。しかし、寂しそうに俯いているオリヴィア王女に真実を告げるのは
「それでは失礼します」
踵を返す。
「レイっ!!」
大きな声が聞こえたので、振り向いた。すると自分の頬に暖かい感触を覚える。理解するのに一瞬だけ時間を要したが……どうやら、彼女の唇が俺の頬に触れているようだった。
「えっと……その、これは……」
「ふふ。レイはこれでお別れのつもりだけど、絶対にボクはレイとまた会うよ。これは運命だから」
「運命、ですか」
「うん! だから、バイバイ。またね」
小さく手を振る。
照れているのか顔に朱色が差していた。
またね、という言葉に対して俺はこう答えるのだった。
「はい。では、また」
自分の心の中の空白が少しだけ埋まったような気がした。
◇
五章(過去編)ですが、残り四話で終了になります。六章からは二年生編を予定しておりますので、お楽しみにしていただければ幸いです。五章が終了した後は、おそらく春休み編を挟んでから六章(二年生編)に入ります。
また年内の更新は過去編でストップし、年明けからまた再開する予定です。少しだけ(二週間ほど)おやすみをいただければ幸いです。
それでは今後とも本作をよろしくお願いいたします!
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