第314話 愛おしい弟子
私はレイの師匠として相応しかったのか?
そんなことをどうしても考えてしまう。レイとの出会いは今でも覚えている。数多くの人間が死んでいる中で、レイの気配を感じ取ったのはきっと運命だったのだろう。
その瞬間から私は無意識の内に理解していたのかもしれない。この子どもは私と同じであると。
才能があるのはひと目見て分かった。
全く同質の
だから私はレイを引き取った。
その才能に呑まれないように、そして心を閉ざした少年に何かしてあげたいと願って。
初めは全く話してくれなかった。話しかけても一言二言で会話は終わる。それでも、一生懸命何かを伝えようとしていることだけはよく分かった。
私はレイに色々なことを教えた。スポーツだってそうだし、勉学だって教えた。レイはまるでスポンジのように、あらゆることを吸収していった。
そのことが堪らなく嬉しかった。
きっと、自分の子どもの成長を喜ぶ親の気持ちというのはこんなものなのだろう。
レイとの出会いをきっかけにして私は大きく変わることになった。今まではただ自由奔放に生きてきた。学生時代はそれはもう、暴れたものだった。
けれどレイの師匠になったことで、もっと模範的な人間になる必要があると自覚するようになった。それは意識しての行動ではなく、おそらくレイに格好つけたいという些細な理由から始まったものだった。
でもその小さな動機が私を変えてくれた。
それからレイは成長して、素晴らしい人間に育っていった。ぐーたらな私と違って家事もできるし、社交性も身についた。
それは私ではなく、キャロルやアビー。それに他の
笑顔が溢れていた。
そんな日々がずっと続けばいいと私は願っていた。それと同時に、レイのこれからの行先も考えるべき時になってしまった。
レイはこのままこの部隊にいると、軍人としての道を否応なく歩むことになってしまうかもしれない。
選択肢など決まっている。レイのことはずっと面倒をみたいと思っている。まあ、今となっては私の方が面倒をみてもらっているとアビーにはため息混じりに言われているのだが。
だが、このままではダメなのは分かりきっている。すでに王国軍の上層部は気がついている。
レイのあまりにも大きな才能に。
もうすでにレイには自分の力を抑えるだけのことは教えてある。魔術に関して言えば、このまま順調にいけば私を超える魔術師になるかもしれない。
そう思うほどにはレイの才能はズバ抜けていた。
そんな時だった。
レイが正式に
当時は怒り狂ったものだった。どうしてこんなに幼い少年が軍人になる必要がある?
そんな人間を出さないためにも、私は自分の才能を王国民のために使っているんじゃないのか?
それに実戦を経験することだってあり得る。あの凄惨な世界にレイを連れていくことなど出来ない。
そう思っていたのに、レイはこう言うのだ。
結局人間は自分で決めたことにしか従えないと。
それは私が教えた言葉だった。そう言われたしまえば、どうすることもできない。けど、本当にそうなのか? そう思い込むように私が導いたんじゃないのか?
自己嫌悪に陥るが、もう止まることなどできなかった。そこから先はさらにレイに魔術や様々な技能を教えていった。
レイはさらに成長していく。伸び代があるのは間違い無いが、本当にどこまでいくのだろうか。私は内心でレイのことを恐れ始めていた。
この少年は本当に人間なのか……と。
そしてついに極東戦役が開幕した。そこから先は私は英雄になるために戦場を駆け抜けていた。
後ろを振り向くことはない。
仲間の死を悼んでいる時間などありはしない。
そんな時間があるのなら、その分だけ敵を屠る必要があるからだ。
徐々に精神が磨耗していき、擦り切れるほどに戦い続けた。
これこそが私の才能の責任なのだと信じて、最前線を走り続けた。そんな中、レイは淡々とこの戦場で戦っていた。
人に死に慣れてしまったのか、レイはその表情を失っていく。私はきっと、その時にもっとレイに寄り添うべきだったと今では思う。
だが、私にはそんな余裕はなかった。今はただ目の前のことにしか集中出来なかった。
既に英雄と謳われていたが、私はただの一人の人間だ。普通の人と同じ感情を持ち、心が折れそうになることだって一度や二度ではない。
それでも私は英雄で在り続ける必要がある。弱みなど決して見せてはいけない。特にレイには、レイだけには見られるわけにはいかない。
一人で静かに涙を流し続けるのはもう嫌だった。レイと一緒にどこか静かな場所で暮らしていたいと現実逃避するようにもなっていた。
それほどまでに私は追い詰められていたのだ。
「師匠」
「レイ……」
大きくなった。本当に、よくここまで成長したと喜びたいところだ。だというのに、今の私にかけることのできる言葉があるのか?
なぁ、私は正しいのか?
そんなことを考えながら、ついに最終戦を迎えた。
戦況は明らかにこちらが有利だった。あと少しで終わる。この長い、長い戦いもついに終わりが見えて来た。敵は明らかに疲弊している。間違いなく、私たちの勝利で終わるだろう……そんなことをこの時は思っていた。
しかし後ろで眩い光が現れた瞬間に、戦況は大きく変わることになった。
敵味方問わず光に呑まれた人間は全て絶命。焼け焦げたような跡だけがそこには残った。
そして、現れたのは異質な雰囲気をまとった男性と少年だった。相手の話していることの全てが理解できたわけではないが、私はこいつこそがこの極東戦役を引き起こした人物だとすぐに分かった。
どうやらレイに執着しているようだが……やはり、レイは特別な存在なのか?
私が知らないような何かを、レイは持っているのか?
そう思案している時、私は背後から爆発的な
だがそれは……自爆といって遜色のない攻撃だった。
この戦場で幾度となく見て来た光景だが、それがまさかこんな少年にすらやらせるなんて……と考えている間にも、相手は迫って来ていた。
どうやらレイを狙っているようだった。
この距離感、相手のスピードから考えて魔術で完璧に防御することはできないだろう。でもレイの命を守ることはできる。
私はとっさにレイの体を庇うと全身をありったけの
爆発した瞬間、私は自分の四肢が千切れていくのを感じていた。今となっては、感覚は残っていない。ふと、微かに残っている意識で周囲を見渡すと自分の左腕と右脚が無くなっていた。
「……レイ。大丈夫か?」
「師匠……!? どうして……!? どうしてですか……?」
「ごほっ……あぁ……どうしてだろうな。勝手に体が動いていたんだ」
そうだ。
勝手に動いたんだ。
あの時。あの瞬間。
私は間違いなく、自分の命よりもレイの命を優先した。だってそれは当然だろう? 私はレイの師匠なんだから。
「でも……師匠の腕と足が……っ!!」
「……はは。こんなものはどうともでも……なる……さ……」
最後まで痩せ我慢をするが……ははは。どうやら、ここまでみたいだな。
スーッと意識が遠のいていく。
あぁ。これが死というやつなのだろうか。
私は泣き喚いているレイの表情を見て、思う。
お前にそんな顔をして欲しいために、出会ったわけじゃない……と。
けどな、レイ。
私の命がこうしてお前のために役に立ったのなら、これ以上嬉しいことはないよ。
だからお前は自由に生きてくれ。私という枷から解放されて自由に進んでいって良いんだ。
意識が途切れていく刹那。
レイから溢れ出る
あぁ……そうか。レイ。お前はやっぱり……そうだったのか……。
全てを悟ったと同時に、私の意識はそこで途絶えるのだった。
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